114話 戦線とは唐突に開くものだよね
後方にて待機していた1000匹のイエティたち。前方で爆発音と強烈な神聖力が風に乗り吹いてきて、戦端が開かれたことを悟った。
そして、この新潟県を支配する魔王である『霧の巨人王』であるフロストも。
「むぅ………冬に侵攻しようとしたのがバレていたか? いや、偶然か?」
『霧の巨人王』フロスト。吐く息は超低温の氷の息であり、纏う空気には氷の粒が浮かぶ20メートルの背丈の巨人だ。毛皮を着込み、その手には美しい輝きを放つ凍結の剣を持っている。歩いた後は凍りつき、フロストが住む拠点は常に極寒の地域へと変わる。
大悪魔の一人、『霧の巨人王』フロストがここにはいた。戦国時代ならば、越前越中越後と、周囲を制圧している大悪魔であった。
「東北ではなく、関東を攻めようと思っていたが、まさか先んじて攻められるとはな」
忌々しそうに呟き、氷の剣を強く握りしめる。フロストは大悪魔の一人。スタートダッシュに成功した者の一人だ。
「我が権能が足を引っ張るとは思わなかったな。悪魔王の提案は素晴らしいものであったが、自分の強大さがこの時ばかりは忌々しい」
本来はメフィストフェレスの研究結果を聞いて、人間同士を争わせて、魔力を集める。その戦法を取る予定であったが、他の大悪魔と違うところがフロストにはあった。
それはフロストの権能だ。極寒の地域へと変化させると人間は凍え死ぬ。人間同士を争わせるどころではない。今までどおり極寒の中で何とか暮らさせるという、苦しめることでしか魔力を回収できなかったために、他の大悪魔よりもその侵攻もパワーアップも遅かった。
そのために、東北地方を攻めるのではなく、近畿地方を攻めるのでもなく、関東地方を狙っていた。関東地方は他の地域よりも土地は狭く、しかも神を名乗るものが支配する場所だ。人間のために作った土地ならば、勝ったあとに支配すれば、人々の心は魔力を産みだし他の地域よりも魔力の回収は多いはず。しかも関東は日本で最も人間が集まったところなのだから。
冬に敵の土地へと侵攻するのは下策。人間たちなら常識だろうが、それはあくまでも人間基準。冬の寒さと降り積もる雪の中で力を増す己が眷属には反対に有利な季節だ。
攻め入ろうと軍勢を集めていたら、まさか想定外に敵から攻めてくるとは考えてもいなかった。
「致し方ない。者共、前線で戦闘が始まっている。こちらも急ぎ合流して敵を迎撃、……む?」
イエティたちに命令を下そうとフロストが口を開こうとした時であった。遠く離れた戦線から極太のビームが放たれてこちらへと向かってきた。木々を焼き尽くし、地面を吹き飛ばし、こちらへと着弾した。
「むぉぉ!」
爆発と共にイエティたちがビームをくらい一瞬で溶けていく。フロストは剣を盾にしてビームを防ぐが、消えることなく薙ぎ払うビームにより、せっかく作り出したイエティたちが焼かれて消えていってしまった。
自身もビームを受けて、その威力に押されて後退る。積雪が溶けて地肌が覗き、高熱により溶けた雪が蒸発し霧のように水蒸気が辺りを包む。
「舐めた真似を!」
フロストは強く歯を噛み締めて、凍結の剣の力を発動させる。凍結の剣が氷の輝きを光らせて、フロストを中心にビームにより高熱の世界となった周囲の温度を一気に下げる。
荒々しく剣を一振りして、突風を巻き起こし、水蒸気を消し飛ばした。視界がクリアになり、ビームの威力を見て、舌打ちした。
酷い光景であった。もはや大地に積雪はなく、木々は焼け落ちて、遠く離れた戦場までの視界がクリアになっていた。未だに焼け焦げた木々から煙が立ち登り、イエティたちの焼け焦げた死体が辺りに散らばっていた。
そして、遠くに自身よりも小さいがそれでも巨体である金属の人形が立っているのが目に入った。しかも、その人形と比べると小さいが他にも何体も金属の人形が動き回って、手からビームを放ちイエティたちを倒していた。よく見るとなにか小さな物が空を飛び、ビームを放ってもいる。
しかもどれもこれもそこそこの神聖力を纏っているのがわかる。
「なんだ、あれは? ……まさかロボットとか言うやつか? いや、天使なのか?」
明らかに人の手で作られたものではないとフロストは首を傾げるが、その正体はわからない。だが、その戦力は侮れないと推察できる。
しかも同じレベルの悪魔よりも明らかに火力が高い。自身の眷属よりも遥かに殲滅力が高い。だが、手をこまねていることもできない。
「むぅ、仕方ない」
敵の力を見て、フロストはすぐに戦術を変更することに決めた。こめかみに指をつけると、思念を送る。
『我が眷属たる霧の巨人たちよ。急ぎ我が元へと集まれ。敵の強襲を受けたのだ』
王と名乗るとおりに、フロストには本物の眷属たる霧の巨人たちがいる。その数は100人近い。どれも自分には劣るが、それでも強者だ。攻めてきた敵を迎撃することは可能であろう。
本来は多方面から一気に攻めるために分散して、イエティたちと共に進軍させていたのだが仕方ない。敵の切り札とも思われる金属人形を殲滅するべく集めることにした。
だが、その返答はまたもや想定外であった。
『王よ。こちらに金属人形が攻めてきました。迎撃しております』
『数が多いのです。このひらひらと逃げおって!』
『我らに力は劣りますが、それでもこの数は侮れま、ぐわっ!』
『援軍を求めます!』
眷属たちから返ってきた思念はどれも慌てふためく答えであった。
「まさか、あの金属人形、他にも多数いるのか! まずい!」
あの隊長機はいないとしても、他の人形も侮れない。なのに、眷属の元にもあの人形たちが攻めてきたとあれば、極めてまずい状況にあると言えよう。
「我と同じく100体程度はいるということか。神を名乗るものめっ! 全戦力で攻めてきたのか!」
フロストは歯噛みをして、新たに別の者へと思念を送る。
『おい、どういうことだ、これは? 神を名乗る者は人形遣いであったのか?』
『んん? 誰かと思えばフロストか。なんじゃ、戦略には答えんと言ったじゃろ』
つまらなそうな声の少女の思念が返ってくるので、声を荒げてフロストはさらに思念を送る。
『それどころではない! おかしいではないか! 奴は人間なのだろう? なぜ、あれだけ強力な眷属を創り出している? 我が軍がやられているぞっ!』
『んーむ……たしかに人間であったが、今は神じゃ。この間の会合で言ったとおりに、神なのじゃ。お主の目の前にいる奴らは天使たち。神対悪魔のハルマゲドン。楽しそうな催しじゃと告げたはずじゃが? お主はニヤニヤと嗤っていたではないか』
『まさか……神を名乗っているだけではなかったのか? 本当に神なのか?』
『ちーと、妾の想定よりも強い。チートというやつかの。おっと、オヤジギャグではないぞ? お主はカモじゃなと思っていたようじゃがの。どうやら神様というのはヤバい強さを持っていたようじゃ』
『話が違う! これは大悪魔同士のゲーム! 神はちょっとしたオマケのようなものだったはずだ!』
負ける気はさらさらなかったが、このままでは自分の眷属が少なくなり、後の戦略に大幅な変更が必要となる。他の大悪魔の後塵を拝すなど王であるフロストには耐えられなかった。
『これはルールのないゲームじゃ。それで妾もこの未来は想像できんかった。まぁ、それでもお主はこのゲームに乗ったのじゃから、つべこべと文句はつけることはできぬ』
『神の元に貴様がいたら、最終的に貴様が勝者になるということなのだろう? 詐欺だ!』
『そんなに褒めんでくれよ。くふふ。で、どのような状況か想像がつくが、さっさと戦闘を開始した方が良いぞ』
そうして、あっさりと思念を切った相手に地団駄を踏み、歯ぎしりをする。
「あの詐欺王の口車に乗ったのが間違いであったか……あやつが強いと言うならば……まさか本当に強いのか?」
ハリボテの神だと考えていたが、どうやら状況は遥かにまずいらしい。他の大悪魔たちと連合を組む必要もあるかと考えるが、かぶりを振って、その考えを捨てる。他の大悪魔もプライドは高い。連合を組むなど絶対に無理だ。
それにあの詐欺悪魔王が本当のことを口にしている訳がない。あいつは常に混沌と混乱を敵味方関係なく振りまく悪魔なのだから。
「あの人形の力から推測するに、我よりも少し強い程度のはず」
眷属は自身の半分程度の力しか持てない。それは悪魔の常識だ。見たところ、あの隊長機は神聖力が150程度。それならば倍と考えても神の神聖力は300、多くて400だろう。
フロストの魔力は300ちょい。不利なことは認めるが
「我には『凍結の剣』がある。負けはせぬ!」
極寒の吹雪を巻き起こす自身の愛剣を強く握りしめて、フロストは強い眼光で遠く離れた金属人形を睨む。
「さっさとあの金属人形を片付けて、我が眷属を助けにいかねばな!」
腰を屈めて、足に力を込める。すうっと息を吸うと、力強く踏み出してフロストは跳躍した。踏み込んだ地面が窪み、土が舞い上がる。
一瞬で数百メートルの高さまで飛翔したフロストは、数十キロは離れていた敵を眼下におさめて、一気に落下していく。風圧により髪がバタバタと煽られて、強い凍るような風が自身を襲うが凍結こそが自身の力の源。フロストは痛痒も感じない。
「我は『霧の巨人王』であるフロスト! そこまでだ、下郎がっ!」
大きく剣を振り上げて、眼前に迫る金属人形へと襲いかかる。金属人形は落下してくるフロストに気づき、脚部のスラスターを吹かせると大きく後ろに下がっていく。
だが、フロストは気にせずに全力で剣を地面へと振り下ろした。凍結の剣は青く光り輝き、地面へと突き刺さると、その力を発動させる。
『極寒の猛吹雪』
吹雪が剣から吹き荒れて、一瞬の内に周囲をその吹雪で覆い尽くし凍らせていく。
慌てて、小さな金属人形が離れていくが、飛んでいたビットは全て凍りつき、地面へと落下していった。
猛吹雪が巻き起こるが、隊長機である金属人形はフィールドを張って、吹雪を寄せ付けず、ビットを回収して腰に付けている刀を引抜き構える。
「私の名前は祓い師の蓮華天華。この機体の名前はクイーン。魔王とお見受けする。ここで討伐させてもらうっ! この機体はそのために作られました!」
「祓い師? その人形には祓い師が乗っているのか。なるほど、神め、せこいことを。自身の眷属だけではなく、人間までをも使うとはな! なるほど、神であるか。良かろう、我が剣の錆にしてやるわっ!」
フロストも剣を構えて、2体の巨人たちは壮絶な戦闘を始めるのであった。




