113話 量産型は強いのじゃ
まだまだ雪は残っている。山々は一面雪景色。木々には雪が降り積もり、人間が歩くのは難しいだろう。足元どころか、腰まで埋まる程の積雪と、山からの吹きおろしの寒風は日本の山といえども危険だとわかる。
だが、それは生身で歩くからこそだ。サンダルフォンのパワーアーマーたる人型機動兵器に乗っている天使人形や、新型の召喚機体に乗っている天華には関係ない。むしろエアコンが効いており、暑すぎるぐらいだ。
「新型の性能はどうですか?」
モニター越しにサンダルフォンが聞いてくるので天華は薄い笑みを返す。
「かなり良い感じです。機動性が今までと比べ物になりませんね」
天華はレバーを操り、コンソールを叩き、いくつもあるペダルをしっかりと見分けて踏み、新型の機動兵器YAクイーンを操作していた。思念による操作ができない、ただの人間のはずの天華は、クイーンを使いこなしていた。はっきり言って怖すぎるゲームオタクであった。
「しゅごい、しゅごい。おねーちゃんしゅごい」
240度モニターの中で、まるで浮いているようなコックピットに座る天華に、後から幼女の嬉しそうな声が響く。新型の機動兵器クイーンは後部座席も取り付けられており、複座式となっていた。搭乗しているのは、本来の持ち主である幼女天使のさんちゃんだ。神聖力が足りないのと、操作の補助をするためにさんちゃんも搭乗することになり複座式となったのである。
「ホントだね。すごいね。やるじゃない、天華ちゃん!」
音恩も搭乗しており3人乗りの機体だ。音恩も神聖力補助のために搭乗している。銀髪をなびかせて、キラッキラした瞳で感心していた。
YAクイーン。複座式の機動兵器は木々の上を4枚の天使の羽を模した背部ウイングを展開させて飛んでいた。飛行機能もついたのである。クイーンの飛んだあとには、空を純白の粒子がキラキラと舞っていく。
YA2式 クイーン
マナ:100
攻撃力:80
防御力:100
機動力:140
稼働時間1日
幼女天使チタリウム製:物理、魔法耐性小
ラブフィールド搭載:エネルギー系統の攻撃を減衰、または無効化する愛のフィールド
エンジェルハンドビームガトリング:攻撃力90
エンジェルカタナ:攻撃力120
エンジェルウイングビット:攻撃力80
胸部ホーリービーム砲:攻撃力150
神聖ドライブクラフトという怪しいエンジンを搭載した新型だ。曲線を描くスタイルで、装甲がかなり分厚く作られておりずんぐりむっくりとしている重装甲だ。しかし、防御力に偏っているようにも見えるが、装備も高火力であり魔王と互角に戦える機体と言えよう。複座のために、他の機動兵器の倍近い大きさの機体となっていた。
ちなみにラブフィールドは天華とトニーとの愛の深さで防御力が変わります。今のところ、試したことがないので、その性能はわからない。少なくとも幼女天使だと発生すらしませんでした。
自衛隊や祓い師の皆が自分たちにも作ってくれと茜に頼み込んでいたが、茜が作った練習機に搭乗して挫折した。あまりに複雑な操作方法、必要な神聖力から、天華以外はろくに動かせなかったのだ。恐るべきゲームオタク祓い師である。
この場合、ヘビーユーザーレベルのゲームオタクはいても祓い師でないから操れない。神聖力を持っていてもヘビーユーザーレベルのオタクではないから操作できない。ゲームオタクと祓い師。その2つが揃ってこそ機動兵器は操れるのである。
全くかっこよくない2つの力だと言えよう。嫌な新人類である。ともかくとして、天華しか操作できないために、この話は頓挫しているのが実情だった。
サンダルフォンもあるために、そこまで無理をしなくても良いと思うが、シュウたちは独自に他の力を求めているらしい。パワースーツを法術で作れないか試しているとか。
そんな新人類の天華はうふふと口元はニヤけて嬉しそうだった。私は新人類ですと嬉しそうだった。
ご機嫌の天華は後ろにサンダルフォン10機を随行させて新潟県に入ろうとしていた。サンダルフォンも新型となっている。
SA ナイト
マナ:80
攻撃力:80
防御力:80
機動力:80
神聖合金製:物理耐性大
ホーリーハンドビーム:攻撃力80
ホーリーハンドビームソード:攻撃力90
エンジェルウイングビット:攻撃力60
白い装甲に金のラインが入っており、一対の白い羽根が背部ウイングとして使われている。同じように、神聖ドライブクラフトにて飛行可能な量産型サンダルフォンの機体名ナイトである。
武装はビット以外は全て腕に格納されており、コンパクトな機体となっている。
「この戦闘力なら魔王はともかくとして、ゾンビたちは烏合の衆となるでしょう」
「ビットを上手く使って戦闘しましょう。ビット付きの量産型は悪魔100体に匹敵するはずです」
思念で操作する遠隔操作ビットはこの機体の特徴だ。天使人形たちもふんすふんすと自信満々に鼻息が荒い。
「そろそろ新潟県の県境です」
「レーダーに魔力反応ありだよ、天華ちゃん!」
補助の音恩がモニタリングして、レーダーで大きい魔力反応が光点として現れたので、注意を促す。
「魔力反応は40でしゅね。下位悪魔200体程が県境の山の麓にいるようでしゅ」
なんでなのかなと首を傾げる幼女天使だが、天華にはわかる。敵も既に領地を守ろうとしているのだ。備えの兵力に違いあるまい。
ピピッとモニターをタッチして、通信を行うと、恋人のトニーが青ざめた顔で現れた。ガチガチと歯を鳴らしており、とっても寒そうだ。トニーは歩いて後からついてきているのである。ヒョンは後方で陣を構えていた。
雪山の中で一人だけ雪中行軍をする可哀想な魔王トニー。
「トニー。会敵する可能性があります。どうしましょうか?」
「さ、さぶっ。さぶい……えっと何体ですか? 少なければ倒しても構いませんよ?」
「5体ですね」
即座に嘘をつく天華。その凛々しい顔からは全く嘘だとは分からない。天華は戦いたくて仕方ないのだ。練習はもう充分なのである。
「な、なんだ、その程度ですか。僕も合流するので、倒しちゃってください」
「天華ちゃん、後方に1000の下位悪魔を確認!」
「了解しました」
プチリと通信を切って、好戦的な色合いの目になり天華はレバーを強く握りしめる。ええぇと音恩が驚くが、気にしないことにする天華。
「さんちゃん、エンジェルウイングビットを展開させてください。各機、戦闘を開始します」
「了解でしゅ。補助法術も使うのでしゅ」
『集中』
『鉄壁』
『不屈』
『加速』
さんちゃんは幼女天使の法術を使用して、クイーンに補助法術をかける。『集中』で、命中率、回避率アップ。『鉄壁』で防御力2倍、『不屈』で一度だけダメージ大幅減衰、『加速』で機動性を上げた。
15メートルはあるクイーンの機体が青白く輝く。
「あたち、必中と熱血、魂は覚えていないのでしゅ」
攻撃力をアップする法術を使えないと残念がる幼女天使。三人乗りなら、サブパイロットは使えないことが多いので仕方ないのだ。ちなみに天使なのに愛も使えない。
「充分です。ではクイーン、蓮華天華いきます!」
レバーを押し倒すと、クイーンの背部のスラスターが吹き出る純白の粒子が一際輝き、加速を始めて森林に突撃するのであった。
後続のナイトたちも後に続き、飛行機雲を後に残して、高速でクイーンは接近していく。モニターに敵の姿が見えるが、慌てふためいていた。
三メートルはあるだろう巨体の悪魔だ。白い毛皮を纏った人型タイプ。猿の顔を持ち、こちらを威嚇するように牙を剥き出しにしている。ゴリラが白い毛皮を着込んだようだった。
「イエティですね。この雪の中に相応しい悪魔というわけですか」
モニターに映るイエティたちは慌てながらも、大きく息を吸い込み始める。胸が風船のように膨らむとクイーンを迎撃するべく、大きく口を開いた。
『極寒の息吹』
積雪の中で、イエティが冷気の息吹を吐く。積雪が吹き飛び、木々が凍りつき、吹雪の嵐がクイーンに襲いかかる。何体ものイエティの息吹は等間隔に吐かれて回避も難しい。
極低温の吹雪は冬の中で威力をあげて、クイーンを凍りつかせようとするが、機体に命中する寸前でピンクのフィールドがクイーンの機体の周りに展開されて阻まれた。機体は凍りつかず、傷一つない。
「ラブフィールドでしゅ! トニーたんと天華たんの愛の深さで」
「さんちゃん、エンジェルビットを展開させて、イエティを攻撃してください」
さんちゃんがふんふんと得意げに告げようとするセリフに天華は慌てて自分のセリフを被せて叫ぶ。顔が多少赤いのは戦闘が始まったからだろう。
「了解でしゅ。エンジェルウイングビット展開!」
クイーンの天使の羽根を模したウイングがカチャカチャと細かく一枚の羽根となり分裂し、宙を飛んでいく。
さんちゃんの椅子周りにコンピューター回路のように細く幾何学模様のラインが輝き辺りを照らす。神聖思念システムにより、さんちゃんの思ったとおりにビットは動く。
空間を鋭角に飛び、エンジェルビットはイエティに向かっていく。さんちゃんのおめめがキラリと輝き、肘掛けをぎゅうと小さいおててが掴む。
「天使の力を見せちゃうでしゅ! いけ、幼女ビット!」
早くも新たなる名前をつけて、さんちゃんはビットへと思念を送る。一つ一つのビットは長さ1メートル程。そのビットが高速でイエティに迫っていく。
「がう?」
ブレスが防がれて、戸惑っていたイエティはなにかが飛んできたと首を傾げる。矢にしては動きが変だと不思議そうに見つめるが、その戸惑いは致命的な隙となった。
ウイングビットから細く白きビームが放たれて、イエティたちを薙いでいく。チィンと音をたてて、積雪に溝を作り、強力なイエティの毛皮に命中すると、あっさりとバターのように切り裂いた。
「ごわっ!」
「法術ゴワッ!」
「排熱板じゃないごわっ!」
その様子を見て、驚愕する他のイエティたち。輪切りにされて倒れ伏す味方を見て、空を飛ぶ無数の羽根が武器だと悟り、雪を蹴散らし飛び退る。
だが、さんちゃんには全てが見えていた。そのクリクリ眼に煌めく光を宿して、ビットを操っていく。
細いビームがイエティの集団を薙ぎ払っていく。逃げようとするイエティたちだが雪上戦特化で高い機動性を持っていても、空を飛び交うビットからは逃げられなかった。
「あはは、まるで蚊取り線香のようでしゅ!」
意味不明のセリフを吐く幼女天使。神聖力がコックピットに充満し、ハイテンション幼女になっちゃった模様。
だが、ハイテンションになったのは幼女天使だけではなかった。天使ですらハイテンションになる神聖力に満ちたコックピットで、もう一人が叫ぶ。
「人間を舐めるなぁでしゅ。胸部ホーリーカノンを受けろでしゅ。倒れろでしゅ!」
クイーンの胸部に嵌められている水晶が光り輝き、最強の攻撃が放たれようとしていた。
「音恩?」
天華がその叫びに慌てて後ろを振り向くと、音恩の体が白く光り、なにやら様子が変であった。特に話し方が。
「た、大変でしゅ! 神聖思念システムに音恩たんが呑み込まれたのでしゅ!」
あっさりと呑み込まれたらしい。あわあわとさんちゃんが慌てふためいていた。
「なんでサブパイロットが呑み込まれるんですかっ!」
悲鳴のような叫びをあげる天華だが、音恩は気にせずにコンソールの発射ボタンを押しちゃうのであった。