111話 威厳を誰か売って欲しいのかの
引き続き新年会にて出雲は椅子に座って思う。
威厳、威厳が欲しいです。どなたか売ってくれませんかと。ワンパック1万円までなら買いますよ?
だって、膝の上でソフトクリームを頬張っている幼女天使がいるのだ。名札からいっちゃんだと分かる。幼女天使たちは見分けがつくように、胸に名札をつけているのだ。あぁ、口元がベタベタじゃんね。
ハンカチで拭ってあげるが、拭ってあげた側からソフトクリームにちっちゃなお口をベタッと付けて食べるので、すぐにベトベトに戻っちゃう。エンドレスに拭くしかないおっさんだ。食べ終わるまで放置でもいいかな。
「大丈夫じゃ。詐欺の成功方法の中で、子供を連れてくるというパターンがある。相手は警戒心を失うらしいのじゃ」
「なるほど、説得力があるな」
隣に座ったリムが小声で教えてくれるので、さすがは詐欺魔王と納得する。リムの十二単衣の裾にくるまってお昼寝を開始した幼女天使たちの姿は愛らしく、俺達が詐欺師だとは思うまい。なのに、なんでリムさんは口元を引きつらせているのかな? ヒクヒクと引きつらせているのかな?
まぁ、幼女たちは自由なので仕方ない。ハクがいないことに安心しよう。あいつは場をめちゃくちゃにする特殊能力付きだからな。どこにいるかと確認すれば、壁際にあるクレープをその場で焼いてくれているテーブルに玉藻と一緒にかじりつくようにいた。
「はい、チョコバナナ、続いてカスタードクリームクレープ。そしていちごのクレープです」
料理人の少女が手際よく皮を焼いて、パタパタと折ってクレープを作っていく。
「きゃー。すごい! まほーみたい!」
相変わらず狐の縫いぐるみを抱えて、一張羅のワンピースを着た幼女の玉藻がきゃーきゃーとクレープを作る様子を見て楽しげに黄色い声をあげる。
ほいさと少女がクレープを作っている様子が面白いらしい。幼い子供にはあるあるの光景だ。作っている姿が珍しく楽しいのだ。
「どんどん作るのです。端から作っていこうなのですよ」
タダだと考えて、食べもしないのに大量に作らせる悪ガキもあるあるだ。悪ガキとはハクのことであるのは言うまでもない。テーブルに手を乗せて、二人で足をパタパタとばた足をしていた。
その歓声に応えて少女は次から次へとクレープを作っていく。毎秒一個ずつ。………料理漫画のような速さだね。
全部食べるんですよねと、楽しそうに笑いながら少女がどんどんクレープを作り、ハクに大量に押し付け始めて、ハクは焦って周りの魔王に配り始めてもいた。実にろくでもないことだけはする魔王幼女である。
そのため、偉そうな魔王たちは怪しい会話をクレープを食べつつ話すと言う、間抜けな光景へと早変わりしていた。俺にもクレープを抱えて持ってこようとする。お昼寝をしていた幼女天使たちが鋭敏な感覚でむくりと起きて貰いに向かったので、これ以上威厳が落ちることはなさそうだと安堵する。
こほんと一つ咳払いをして、俺は皆を睥睨してにこやかなる笑顔で、口を開く。
「皆さん、明けましておめでとうございます。お元気そうでなによりです」
「冬衣様、明けましておめでとうございます!」
俺の挨拶に、魔王の皆は恭しく挨拶を返す。人間たちは政治家っぽい人らは俺を値踏みするような視線を。祓い師たちは警戒心を露わに俺を見てくる。様々な態度でありがとうございます。実に面白そうだね。
時候の挨拶を暫く話してから、本題に入ることにする。今回の新年会。新しい面子に顔を売ることと、もう一つ目的があるのだ。
新しい面子とは、避難民たちのことである。仙台の避難民だけではなく、関東の避難民もウルゴス神の名前は知っているが、俺の名前も容姿も知らない者たちが多い。
政治家っぽい者たちは俺を傀儡とできるか、甘い汁を吸えるか、ジロジロと観察している。三人娘たちを含む祓い師たちは警戒心を持っている。いや、三人娘たち以外の祓い師たちか。シュウが余計なことを話しているのだろう。良いよ良いよ、もっと怪しんでください。その方が聖人の国にはならないだろうしね。
まぁ、狂信者を作らないように裏で色々と動いてくれるだろう。俺たちが動くと、ウルゴス神の信仰度がアップするだけだし。
人間たちの勢力争いなどはそちらに任せようと思う。こちらは本命の行動をするつもりなので。
「さて、去年は大変でした。厄災による文明崩壊、魔界へと世界が変わったことにより、不死者が人間を襲い、悪魔が虐げる地獄となりました。しかし、ウルゴス神が降臨したことにより、皆様は救われました」
ありがたやと厳かに両手を掲げようとするがいっちゃんが膝上から落ちそうになったので諦める。実に決まらない姿だ。そのソフトクリーム何個目? お腹壊しちゃうぞ。いっちゃんは口元をベタベタにしてソフトクリーム片手に俺を見上げていた。また、お口を拭いてあげる優しいおっさんである。
皆がとりあえず静かになり、俺の言葉を聞いているので、一応気を遣ってくれているらしい。なので、話を続ける。
「ウルゴス様のお名前を世界に広げるためにも福島県を制圧しようと思い、私は密かに潜入し魔王を討伐していったのですが、問題が発生しました」
ひと呼吸置いて、皆の様子を窺う。コンピー悪魔長を倒して、他の悪魔を討伐し、地脈の半分を回収したのだが、問題が発生したのだ。
「福島県を支配し宮城県を制圧しようとしても、敵の妨害に逢い、制圧できませんでした」
その言葉に魔王たちはザワザワと騒ぎ始める。簡単に福島県を手に入れたと思われたのに、予想外の言葉だったからである。
魔王たちはウルゴス神の悪辣さを知っている。その地の地脈を半分以上手に入れれば、あとは一気に支配できる権能をウルゴス神が持っていることを。それが支配できていないとは予想外であった。
「実は他の魔王が支配している地脈の支配ができませんでした。どうやら東北地方は全て一人の魔王に支配されているようで、もはや県の区切りがなかったのです。なので、宮城県の地脈を半分以上支配しても全地脈を支配することは不可能となっていました」
ぬらりひょんからの連絡と展開させたレンダたちからの報告は驚くべき報告であった。なんと既に東北地方は一つに統一されていたのだから驚きである。
明らかに大悪魔の仕業だ。スタートダッシュから半年。一気に支配領域を広げていたやつがいたんだ。
ちらりと隣のリムへと視線を向けると、ふふっと妖しい笑みで返された。ちくしょー。こっちは人間の生活基盤もしっかりとしないといけないから拡大戦略が取れなかったのに、悪魔たちはそんなことを気にしないからな。それどころか、人間が苦しめば苦しむほどに、魔力を絞り取れると考えているだろう。
俺はとても不利なスタートを切っていたのだ。関東地方を制圧してなければジリ貧となっていただろう。
だが、こちらも用意はできた。スタートダッシュした攻略組に追いついてやるぜ。
「敵の本拠地は恐山。その本拠地を一気に攻撃することは困難と考えます。なので兵を各地に方面軍として差し向けて、浸透作戦をとっていきます」
本拠地の場所は翔から聞いてある。俺の方面軍と言う言葉に、ざわめきは収まり静寂が戻る。方面軍とは意外であったのだろう。一つの軍で制圧していくと思っていたに違いない。
だが、それだと駄目なのだ。敵の進軍速度が予想していたよりも遥かに早い。対抗しなくてはなるまい。
「冬衣殿。悪いが自衛隊はそこまで兵力はねぇぞ? この関東を守るためにも兵はおいておかないとならんしな。1000人動員できりゃ良い方だ」
「祓い師たちもそこまで出せません。50人出せれば良いかと」
俺の話の腰を折るように市村の爺さんと、祓い師のシュウが手を挙げて苦々しい表情で告げてくる。人々を助けたいが、圧倒的に兵力が足りないのだ。ここの避難民も10万を超えているしね。無理もない。守るものが大きいのに兵は揃わない状況なのだ。
「問題はありません。実は天使たちの降臨は順調でしてね」
パチリと指を鳴らすと、集団の中から茜が得意げな表情でてこてこと歩み出てくると、ブカブカの裾を振りながらうししと笑う。
「天使たちの降臨は順調っす。既に5000人が降臨。春までにはさらに5000人。合わせて1万っすね。鎧もその能力は魔王に近いっすよ」
機動兵器を鎧と言う茜に苦笑しつつ頷く。茜の今のステータスなら、人形たちは平均ステータス80の機体として創造できる。既にレンダたちもバージョンアップ済みだ。
「そんなに天使たちを降臨させたのですかっ!」
驚きの声をあげるシュウたちの顔を見て、サプライズ大成功と笑いながら俺はニヤリと嗤う。
「魔王レベルがこれだけいれば敵との戦闘は可能ですね。では、新潟方面軍はトニー。君が率いて制圧に動きなさい。2000人の兵を連れて行くのです。副官はぬらりひょんを連れていきなさい」
「僕ですか! やった! お任せください。魔王たる倉田トニー。恋人と共に戦場に向かいます!」
「新潟方面の制圧が終わったら結婚すると良いでしょう」
それはフラグではと、トニーがガーンとショックを受けているが気にしないことにする。
「東北地方は2つに分けて進軍します。3000人ずつの2つの軍とします。一つは茜。副官は翔。西側から進軍をしてください。東からは私が率います。副官は櫛灘とハク。あとの将軍はそれぞれに任せます」
皆は頷き反論はない。魔王たちがそれぞれの将軍に集まり始める。自分を売ることに懸命だ。政治家たちも同様にこれからのことを考えて、集まり始める。
「おいおい、俺達はどうするんだ?」
「自衛隊の皆さんは後方支援にて避難民の護衛と物資の運搬をお願いします。祓い師の皆さんもです。最前線で戦いたいと言うなら止めるつもりはありませんが、その場合、戦車での戦闘、祓い師たちは腕輪を装備した者たちだけを限定します。激しい戦闘になるでしょうしね」
死んで欲しくないし、外での戦闘は新型SAの独壇場になるだろうしね。
「屋内での戦闘では祓い師や自衛隊に頼ることになるでしょう。鎧を着ていない天使たちは弱いですからね」
「ある程度、分散するということですね。なるほど……こちらも準備しましょう」
俺の言葉から、覆ることはないと考えたのだろう。シュウも渋々と頷く。
「では春までに兵士の編成。そして戦術を考えておいてくださいね」
にこやかなる笑みを浮かべる出雲であった。リムはその言葉を聞いて、むぅと頬を膨らませる。どことなく不機嫌なようだ。もう少しじっくり攻めてくれと言うことだろう。そんなわけにはいかないけどね。
「むぅ……一気に制圧するつもりかの」
「進軍速度、敵の魔力による充填。あちらの方が初期値は有利だ。この魔界は悪魔のためにあるから当たり前だろうけどね」
にしても進軍速度速すぎ。躊躇うことなく進軍しているだろ。
「だが、こっちも有利なことがあるよね?」
「むむ、なんじゃ?」
わかっているくせに、わかっていないふりをするのな。
「魔王はもはや弱い。俺にとっては弱い。成長テーブルは神様の方が圧倒的に早い。コンピーを一撃で倒したことで気づいたんだ。恐山の大悪魔がどれだけ強いかわからないけど、次々と地脈を制圧していき、一気にレベル7を目指す。そして倒す。簡単なことだろ?」
魔力による成長テーブルは多分俺よりも悪いんだ。コンピーは弱かったけど、自身は強者だと思っていたらしいしね。
「むぅ……たしかにそうかもしれぬが、東北地方を制圧した大悪魔はかなり強いぞ? メフィストフェレスと同様かもしれん」
「なら、差が付く前に倒さないとね」
これは時間との勝負だ。俺は絶対に負けないぜと薄っすらと口元を歪める出雲であった。