110話 新年会はやらないといけないようだね
神の庭にあるウルゴス神の城にて、新年会をやらないぞと心に誓ったおっさんは、ホールにて新年会をしていた。やってくれとの意見が多すぎて、渋々やったのだ。
大理石のような光沢と美しさを持つ壁や天井、床は絨毯が敷かれており、ダンスは無理そうだが、30メートルはあるだろう高さの天井からぶら下がっているシャンデリアは金と銀により作られて、宝石が散りばめられており、マナの力により辺りを煌々と輝き、ホールを照らしている。
華美な内装で、ホール奥には階段があり、その上には立派な玉座に見える椅子が設置されており、ホール全体を見渡せるようになっている。
謎なのが、3メートルしかない柱が壁際に何本も立っているところだろうか。建築する際に柱を立てれば、神秘的な建物に見えるに違いないと、アホな考えをした幼女がいた模様。
現在は新年会の立食パーティーが催されている。テーブルには多くの料理が並んでおり、レンダたちがメイドに扮してトレイに飲み物を乗せて出席者に配り歩いている。
肉料理からデザートまで。長テーブルにも大皿があり、その上にずらりと並んでおり、全種類制覇は無理だろう品数だ。変わった所では、鶏の丸焼き、子豚の丸焼きが置いてあるところだろうか。贅沢ここに極まりといった感じだ。
出席者は魔王たちに、人間たち。魔王たちとは言うが、変身スキルを持たないので、単に人外の身体能力を持つ人間に転生したように見える。人間との境目はなくなり、誰が魔王かは、その上等な服装からでしかわからない。魔王たちは領主であるので金を持っているために、馬鹿にされないように気合を入れていた。
にこやかに話し合うその光景の裏にはもっと力が欲しい、権力が財力を増やしたいとの考えが透けて見えた。
神凪シュウは祓い師の代表として出席したが、その光景を見て思う。人間も魔王も根本は同じではないかと。
「人間を苦しめることを必要としなくなった魔王たちは、人間の姿になればもはややっていることは人間そのままですね」
皮肉げに呟きながら、今後のことを話し合う魔王たちを観察する。いや、今はもう天使であったが。
「カッパー殿、ウルゴス様は日本の東を制圧するべく同時に兵を展開させるとか」
「グーテン殿もお聞きか。新たなる天使兵を繰り出して、愚かなる悪魔を討伐するらしいですぞ」
「指揮官は誰になるのでしょうか。功績を上げて名を広めませんと。そろそろ眷属も欲しいところですし」
「いやはや、聞いたところによると大神官にさえ、東北の魔王は歯が立たないらしいですぞ。ウルゴス様が出撃するまでもなく、この戦は勝利できるでしょうね。ネーホ嬢」
ワイングラスを片手に、スーツ姿や紋付袴を着込んだ男たちや、ドレスや振り袖を着込んだ女性たちが笑いながら話している。その裏では誰が指揮官に就任するかと確かめようとする狡猾な光が目に宿っていた。
「けっ。あれが元魔王たち? 信じられねぇぜ。単なる権力争いをする人間に見えるぞ」
シュウの隣にやってきた男が荒々しい声音で悪態をつく。その言葉を耳に入れて苦笑混じりに、シュウが男へと視線を向けると、予想通り自衛隊の市村だった。自衛隊も高官のほとんどが死亡したために、今や代表に就任している老戦士だ。
苦々しい顔で話しかけてくる市村に、同意してしまう。
「いくつもの集団ができていますが、魔王たちの会話に人間たちも混ざっているようです」
この新年会に招かれたのは元魔王たち。そして人間300人程だ。家族連れもいるので、このホールにはかなりの人数がいる。狭いとは思わないのは、それだけホールが広いからである。
そして避難民の中には政治家たちがいた。国会議員だけでなく、区議員、県議員などもいたが、彼らは元魔王たちだと知っていても、気にすることなく会話に混ざり、なにか利権が手に入らないかと虎視眈々と目を光らせていた。
「やだねぇ。あいつらはあの集団にいるのは元悪魔だとわかっているのか? 区別をつけることもできやしねぇ。あいつは魔王か?」
「いえ、たしか仙台から避難してきた県議員ですね。国会議員もいるようです」
ギラギラとした目で魔王たちと話している男たち。スーツ姿だが、多少草臥れた感じがするので急いで用意したのだろう。どうやってこの新年会の招待状を手に入れたのだろうか。不思議ではあるが、ああいった輩は色々な伝手を使い入り込むものだ。
「どうでしょうか。ウルゴス様は外界の政治には興味がないご様子。日本と言う国はもはやありません。私たちで新たなる政治をする必要があるのではないでしょうか」
この一年で強制ダイエットとなったのであろう。シュウが知っている元肥った国会議員、今は痩せこけた元政治家を先頭に魔王たちへと媚びへつらい話しかけている。
「そうですわ。天使様を主体にした政治体制を作るべきです。もちろん人間の関係は複雑。天使様、我々人間たちが集まり、議会政治にすればどうでしょうか?」
「なに、民主主義を唄えれば国民はついてきます。どうせ選挙に来るのは、根回しされた国民がほとんどで選挙は出来レースのようなもの。ほとんどの者は選挙に興味もありませんから天使様が不愉快になることもありますまい」
元国会議員という看板を神輿に、魔王と渡り合おうとする者たち。その姿は醜悪というしかない。
「そうだわ。天使様たちは人々を護る尊い方々。人間の尺度で申し訳ありませんが、貴族階級などを作り、皆様は爵位をウルゴス様から頂くというのはどうでしょうか? 良いアイデアだと思うのですが」
お手伝いをしましょうと元政治家たちは魔王たちを説得していた。貴族階級とは笑わせてくれるが、魔王たちはにこやかな笑みを崩さずに、なるほどと感心しているふりをしていた。
あいつらは良いように魔王たちを操り、自分たちが権力を手に入れようと考えているに違いない。天使天使と呼んではいるが、彼らは元悪魔なのだ。古来より悪魔を御せると考えて破滅していった人間がどれほど多かったと思っているのだろうか。子供でもそれぐらいは知っている。
馬鹿な人間はいくらでもいるものだと、天使と名乗る魔王たちの瞳には蔑みの光が見える。クスクスと含み笑いをしている者もいた。
「政治家たちは必ずといって良いほど、愚かなる選択をするのですね」
「だが、天使という名札を付けて行動している輩たちや。面倒くさい相手になるで?」
紫煙が皿に山盛りの料理を乗せて、シュウへと声をかけてくる。たしかにそのとおりなのだ。ゾンビやグール、悪魔たちから守っているのは魔王たちだ。今後日本を解放していっても、その構図は暫くは変わらないだろう。見た目が悪魔然としていれば警戒心も持つだろうが、人間の姿だ。祓い師たちとの違いは全く分からない上に、振るう力は圧倒的である。
人々は天使が支配階級になっても、それほど抵抗感は持つまい。
「困ったものですね。私たちも水面下で根回しをして魔王たちを操ろうとする馬鹿な政治家たちを防がねばならないでしょう」
「なんで悪魔たちじゃなくて、人間同士で争わねえといけないんだよ。しかも奴らは悪魔に唆されていねぇよな?」
「映画とかでよくあるパターンやな。現実でもそうなるんかいな」
今後は天使たちを神輿にしようとする政治家たちと、人間たちで世界を守ろうとする祓い師たちの派閥争いが行われるのは明白である。
「人間自らが愚かな行動をする。はぁ〜、困ったものです」
額を手で押さえて、気のせいか頭痛がするシュウであった。これがウルゴス神の策略なら、暴いて糾弾すれば良い。しかし………。
「ウルゴス神にお仕えする大神官であらせられる冬衣様と櫛灘様のおなりぃ〜」
いつの時代だとツッコミを入れたくなる声が響く。倉田トニーが司会者らしい。ゲームの門番兵士のように、布の服と革鎧に鉄の槍を持つコスプレをしていた。
相変わらず他の人でもできそうな仕事を押し付けられている気の弱い男だ。あれが元は魔王だと聞いても、誰も信じることはすまい。
ホールの奥にある扉から現れたのは、掴みどこのない胡散臭い笑みを浮かべる男であった。その服装は新年会に合わせたのだろう。立派な紋付袴であるが、あまり似合っていない。貫禄がないのだ。胡散臭い笑みがどことなく小悪党のような空気を醸し出しているので。
もう一人は冬衣の妻の櫛灘だ。褐色肌の少女は妖艶な笑みを浮かべて、スタイルの良さを見せつけるように歩いてくる。服装はなんと十二単衣だ。胸元を大きく開いた改造された着物で、裾が長いために床についてしまう。しかし、平安時代に戻ったかのように、長く伸びた裾を後ろで天使たちが手に持って支えて床につかないようにしていた。
「前が見えないでしゅ」
「ここ階段?」
「あっ、ドーナツ食べてりゅ!」
「あたちは着物に隠れているから食べても大丈夫」
持つというか、着物の下に潜り込んで、キャッキャッと楽しんでいる幼女天使たちの声が聞こえた。もこもこと着物の下で動いている。かくれんぼをしているつもりなのかのしれない。4、5人は十二単衣の裾に潜り込んでいるのだろう。ちらっと頭を覗かせる幼女天使たちもいた。
冬衣と櫛灘が用意された座席に座り、皆を睥睨してくる。櫛灘は妖艶な笑みで座ると頬杖をつき、クスリと微笑んだ。幼女天使たちは裾にくるまり始めて、お昼寝をしようと画策し始める。
はっきり言って威厳ゼロである。幼女天使たちの中には冬衣の膝の上によじよじと登って、お座りするとデザート持ってきてくだしゃいとトニーに命令を出していた。なんか立場が逆じゃねと首を傾げておとなしくデザートを取りに行くモブ魔王。
「なんというか、危険な感じが全然しないわな」
「最近の冬衣は庶民的な策を立てていますからね。ウルゴス神を無理矢理崇めさせようとはしていませんし」
「それなら大丈夫なのか?」
「いえ、それでもマナを捧げなければ、人は電気も水も使えないですからね。結局は信仰は変わらないんです。このまま人々の生活に浸透していくことになるでしょう。しかし、充分に力を得て神様となったウルゴスがなにをするのか、それは誰もわかりません」
危険だとシュウは考えている。目の前の一見ほのぼのとしたの光景も演技ではなかろうか。もしも強大な力を得て、世界を支配したウルゴスが良からぬことをすれば、人類は対抗できない。
……密かにこちらもウルゴスに対抗できる手段を考えねばなるまい。
明けましておめでとうございますと、挨拶をする冬衣。そのまま東北地方の制圧に対する話が続く中で、祓い師たちの力を集結して、なんとかせねばなるまいと、手を強く握りしめて決意するシュウであった。




