11話 リッチは経箱を探さないといけないのじゃ
『死』
即死魔法である。アンデッドの王であるリッチの得意魔法だ。その漆黒の光線を出雲たちは回避することも出来ずにまともに受けた。
「ぐわっ!」
「ぎゃー!」
出雲とリムはその呪われし魔力を受けて、悲鳴をあげながら即死した。第一部完とか言われそうなやられっぷりで、床に斃れる。モブのおっさんに相応しい最後であった。
リッチはその光景を揺らめく青白い炎を宿す瞳で見ていた。人間如きは相手にならない。新たなる不死の尖兵となるだろうと。
だが、殺したはずの男はよろよろと立ち上がる。
「ム?」
即死魔法に耐えたのかと、僅かに驚く。即死魔法は呪われし魔力を相手に注入して、その生命力をかき消す強力な魔法だ。リッチよりも高い魔力でなければ、抵抗は難しい。見る限り、神聖力を感じるが自身の即死魔法に抵抗できるほどではない。瀕死の状態であるのかと予想する。
「即死魔法……俺のせ、せ、正義の心には効かないぜ」
なぜか恥ずかしそうに口籠りながら男がリッチを睨む。その儚い抵抗にリッチはカタカタと歯を鳴らすと、再び杖を持ち上げて詠唱する。すぐに詠唱は終了し漆黒の魔力が杖に込められる。
『死』
再び黒き光線が男へと放たれて、直撃する。
「やーらーれーたー」
パタリと再び男は倒れ、今度こそ死んだかとリッチは考えるが
「まだだ。俺はまだ生きているぜ」
再び立ち上がる男。
「………」
『死』
違和感を覚えながらも、もう一度放った。やはり男は倒れるが、リッチは今度は注意して男を見つめていた。『魔力感知』を発動させながら。
すると、魔力は男の身体に巡った瞬間に消え去っていた。いや、吸収されていた。
「まだだ。俺はまだやられていない」
なぜか肩を抑えながら立ち上がる男。なるほどなと、カタンとリッチは歯を鳴らして、再び詠唱する。
『火球』
こんどは太陽のような輝きを持つ火球として。
「もうバレたぞ、リム!」
「大根役者だからじゃろ!」
通路を溶かしながら飛んでいく火球を前に男は叫び、女も立ち上がる。女を横抱きにすると駆け出して逃げていく。持続型火球の速度は遅いため、2人はあっという間に逃げていき角を曲がり姿を消す。
「マリョクヲキュウシュウスルノカ、ヤッカイナ」
リッチの得意とするのは呪法だ。だが呪法はその性質上、呪われた魔力を直接相手にぶつけることになる。魔力を吸収できるあの男にはリッチの殆どの魔法は通じないことになるのだ。即死魔法を始め、死霊変化も呪いの捕縛も通じまい。
となると、男に通じる手持ちの魔法は『火球』のみとなる。
「ナニモノカハワカラナイガココデシマツスル」
なにが起こったかはわからない。だが、この地に顕現出来た以上、不死者の楽園を創るのみと、リッチは決めている。そのためにも今の能力者は放置できぬと、かすかに地面から浮くと追いかけるのであった。
「なんだよ、魔力吸収できたぞ?」
「呪法は通じないということじゃろ。呪法は魔力を直接相手にぶつけて、効果を発揮するのじゃ。幸運じゃな、一番厄介な即死や呪い系統は出雲には通じないということじゃな」
「奇跡ポイントも入ったしな。微々たるもんだけど」
『奇跡ポイント20獲得』
『死』を受けるたびに、ポイントが増えたのだ。ゲーム的に無限増殖できるかしらんと出雲は大根役者をしたが、リッチはアホではなかったようである。
「リッチの奴、追いかけて来るぞ! なんで? というか、あいつ知性あるのな」
「リッチは深淵を覗いた魔法使いの末路、不死を求めし哀れなる賢者じゃ。知性はあるに決まっとる。出雲が脅威だと考えて、絶対に殺すつもりじゃろうて」
お姫様だっこのリムが後ろを見て、嫌そうな顔になる。俺もちらりと見ると、骨の犬が3匹走ってきていた。カチャカチャと骨の合わさる音をたてながら、かなりの速さで。
「『生命感知』を行える猟犬か。仕方ない。この先の通路で戦うぞ」
「了解じゃて」
通路に貼られている案内図を見て、戦闘に有利な地形を出雲は確認し、リムに告げる。コクリと悪魔王のは素直に頷き、店が立ち並ぶ通路へと入るのであった。
カラカラとボーンドッグは音をたてながら走ってくる。
「リム、符術を使えるか?」
「符術は万能じゃ、あらゆる属性を使用できる。弱点は万能な代わりに威力は7割程で、符を用意して置かないといけないところじゃな。後一枚につきスキルレベル2ならマナ5は使うの」
「よくわかったな?」
「さっき即死を防ぐ身代わりの符を使ったからの……」
俺から目を逸らすリムさん。なるほどなるほど。自分だけ助かろうと?
「俺が死んだら受肉解けるんだろ?」
「ワンチャンあるかと思ったのじゃよ」
やはり悪魔王は信用できんなと思いながら、ボーンドッグは俺が相手をすることにする。雑魚相手にマナを消耗してほしくない。
「一気にリッチを倒すぞ? たぶんまだ油断しているはずだ」
「油断していると良いがの」
2人して天使薬をグイと飲む。ここでケチるつもりは毛頭ない。リビングアーマーとリッチ。そのレベル差はゲームでも有名だろう。リッチに使役されるレベルがリビングアーマー。その魔力の大きさは全く違う。
リビングアーマー戦と同じく身体に力が満ちてくる。恐ろしい程の力の増大だ。リムも驚愕で目を見開いている。
「何ということじゃ……。こんなにパワーアップするのか? 無敵じゃろ……いや、これがデフォルトの世界になったのか?」
「驚いている暇はないぜ。それよりも作戦を伝えておく」
悪魔王の力の方が桁も違うのに、何を驚いているのやらと思いながら、耳打ちする。簡単な作戦だ。連携なんか無理だしな。
「正直、行きがけの駄賃だと倒しに来なけりゃよかったぜ。光のなんちゃらさんたちに任せりゃ良かった」
「たしかにリッチの奴強すぎるの……。妾も想定外じゃ。うむ……たしかに強すぎじゃな、あり得ん強さだのぅ」
なぜか深刻な表情をするリムだが、気にする余裕はない。天使薬の効果時間はそんなに長くないのだ。
ドーベルマンの骨なのだろうか。立派な骨の犬が迫る。
「シッ」
先頭が飛びかかってくるので、力任せに薙ぐ。あっさりと頭蓋骨を砕いて吹き飛ばし、2匹目が脚に噛みつこうとするので、脚を振り上げて叩き潰す。最後のボーンドッグも、身体を捻り蹴りを入れるとあっさりと砕け散った。
「手応えが硬いな。検証しておいて良かったぜ。スケルトンウォーリアよりも今の強いぞ」
「恐らくは『不死者創造』じゃ。リッチの得意魔法じゃな、来るぞ!」
通路の奥からローブを着たスケルトンが滑るように現れる。歩いていないように見えるから、浮遊を使用しているのだろう。コチラを青白い炎の宿る瞳で見てくると杖を掲げて詠唱を始める。
「いち、に、さん!」
敵の詠唱が何秒で終わるか確認すると、3秒で杖の先端に火球を生み出した。
「なるほどな。検証できて良かったぜ。でも、あの火球、さっきと違うぞ?」
リッチの生み出した火球は先程の5メートルはある巨大な火球ではなく、50センチ程のバレーボール大の火球であった。それが3つ生み出されて宙に浮いている。
『火球』
杖を傾けると、火球はプロ野球選手の豪速球並みの速さで発射された。先程の速度とは比べ物にならない。
「リム!」
「任せよ!」
『氷壁』
リムが指に挟んだ符を投げる。符は青く輝くと通路を塞ぐ氷の壁へと変わった。火球は氷の壁へとぶつかり、轟音をあげて爆発する。炎が氷の壁を舐めながら辺りへと広がっていく。
「速度重視の爆発タイプか!」
「さっきのは持続系の薙ぎ払い型だったから、速度が遅かったみたいかの」
氷の壁はピシリと砕け散って、炎も同じくおさまっていく。どうやら魔法の効果は極めて短いらしい。炎により氷は溶けて水溜りとなっているので、物質としては残るといったところか。
『火球』
再びリッチは杖を振りかざすと、爆発タイプの火球を撃ち出す。連続して魔法が使えるのかよ。
『氷壁』
リムがまたも符による氷の壁を展開するが、3発の火球は僅かにその速度に違いを見せる。
「なぬ! 時間差攻撃じゃと!」
一発目の火球により氷の壁は破壊され、キラキラと破片となって散っていき、その中から次の火球が飛来してくる。
「頭の良い骸骨だな!」
「あっつ!」
俺たちは残り2発の火球が命中し、爆発により吹き飛ばされてしまう。ゴツンと硬いコンクリートの床に転がりながら、ステータスを確認する。
体力:4
「おい、この天使薬、体力とマナは変わってないぞ!」
「身体能力だけというわけかの、いつつ」
身体に激痛が走る。ところどころ炭化しており、ケロイド状なので、鏡で自分の姿は見たくない感じです。素早くポーションを2本一気に飲む。あっという間に、火傷は治り、健康そうな肌へと変わる。リムも同様にポーションで回復していたので、ポーションは悪魔王の肉体にも効果はあるようだ。服がそろそろやばいけど。
『火球』
俺たちの身体が回復したので、リッチは僅かに逡巡したが、すぐに火球を放つ。
『水壁』
すぐに敵の能力を見て、対応策を考えるとはゲームではないと言うことなのかと、舌打ちしつつ俺も手を翳す。
俺の手のひらから水が激流となって放たれると、通路で逆巻き壁となる。火球は水の壁に次々と入り込むと、その火勢を弱めて消えていった。
「なるほどねぇ、氷よりも水の方が有効なパターンがあるのか」
氷の方が上位法力かと思ったが、水は水で使い道が違うといったところか。氷の壁では硬すぎて、爆弾は反応してしまうと。
『火球』
防がれたと見たリッチは今度は先程の巨大な火球を生み出して撃ち出す。通路を溶かしながら、火球は俺達へとゆっくりと飛んでくる。たしか持続型とかいったやつだ。
「馬鹿の一つ覚えのように、火球、火球と。それだけしか使えないのかよ」
「呪法を封じられたからじゃろうて」
『氷壁』
こちらも馬鹿の一つ覚えのように、氷の壁を作り出す。触れると同時に氷の壁は溶けていき、じわじわとこちらへと火球は近づく。
『マナ2倍消費水球』
俺は火球に対抗するために、マナ消費を2倍にした水球を撃ち出す。2倍消費でも4メートル程の大きさなので、リッチの魔力の高さがよくわかる。
だが、氷壁と水壁にて威力を減衰した火球には対抗できた。相殺されて爆発するように水蒸気が充満して、視界を覆う。
『最大火球』
リッチは魔力を限界まで火球に注ぎ込む。持続型の火球が再び生み出される。空気を熱し、ゆらゆらと景色を歪め、放たれた。
先程とは違い、爆発型と同様の速さで。
生命感知にて、2人の人間の位置は正確に把握してある。視界が塞がれて、回避することが難しいだろうとリッチは威力を跳ね上げた必殺の魔法を放ったのだ。
水蒸気の影に薄っすら見える人影に火球は命中すると、全てを吹き飛ばす威力を発揮し、大爆発を起こす。
床が捲れ上がり、壁が粉々となる。フードコーナーの屋台が吹き飛ばされて、2人の姿は跡形もなくなるのであった。