107話 帰還しようね
全く活躍することなく、光たちはイーストワンに移動していた。もはや途上には悪魔もゾンビもいなかったために問題なく移動して、茨城県辺りからゾンビたちが姿を見せたが、人類覚醒の腕輪をつけた光たちには相手にならなかったのである。
1年ぶりだと、活気のある街並みを見て光は感動して頬を真っ赤にした。
「うはぁ、見てよ、月ちゃん、雲母ちゃん! 人がたくさんいるよ!」
「久しぶりの街並みですね、光」
「仙台から離れたら、普通に暮らせているようですわね」
師走となり、12月も終わり。明日には新年だ。本来は冬が終わり、春になったら避難する予定であった。しかし、櫛灘さんの超法術により計算外なことが発生した。
何が起こったかというと、環境が元に戻ったことにより、真冬の環境に急激に戻ったのだ。それにより真夏から一転、寒さに震える真冬となったために、暖房器具が完全でなかった、当たり前だが薄着しかなかった人々は拠点を放棄するしかなかったのである。
まさか、悪魔が作り出したジュラ紀の環境が冬衣さんたちが来て直ぐに破壊されるとは想像だにしなかったために油断していた。そして、悪魔に支配されていた竪穴式住居に住んでいた人々も集めて、南下してイーストワンに来たのであった。
人口にして3万人らしい。しんがりを務めるためにも、光たちは最後まで拠点に残ったために、年末に到着することとなってしまったのである。
キョロキョロと周りを見ると、年末だからか、雪が積もっている中でも忙しそうに人々は歩いている。
お上りさんと呼ばれるかもしれないが、東京にはほとんど来たことがないので、光はキョロキョロと忙しなく辺りを見ていた。厄災以前ならば、伝説の遊園地とかに行きたかったし、原宿とかにも行こうと提案を口にしていた。
しかし、今はそのような場所は行きたくても行けないし、それ以上に感動することがあった。それは仙台ではもはや見られない文明の証とも言える家屋が建ち並んでいることだ。
高層ビルは壊れることもなく、朽ちることもなく、厄災以前同様に建ち並び、住居は普通に残っている。コンビニはないが、商店街が軒を並べて八百屋は数多くの野菜を売っており、肉屋は鶏肉や豚肉を売っている。牛肉は無いがそれだけが厄災以前と違うところだろうか。店からはBGMが鳴っており、蛍光灯も煌々と灯っているので、電気も通っているに違いない。
人々は厚手の服を着込み、積雪を踏み荒らしながら、寒そうにしながらも暗い顔はしていない。暮らしに不安はあるだろうに、それでもここは安全だと考えているに違いない。
建物が残っている。昔と変わらずに。それはこの世界に文明がまだまだ存在しているということだった。
「まさか建物が残っているだけで感動するとは思わなかったよねっ!」
くるりと体を回転させて、ご機嫌な様子で光は明るい笑顔を浮かべる。月と雲母は同感だとコクリと頷く。
「仙台はもう建物は何もないですから」
「というか、新築が多くありませんこと?」
雪が降り積もって止めているのだろう、建築途中のものも目に入り、不思議そうに首を傾げてしまう。それほどまでに余裕があるということなのだろうか。
「うーん……。復興が始まっているんだろうね。たしかに更地も多いや」
てくてくと商店街を歩きながら、三人娘はお喋りをする。本来は父さんたちと共にここに来たのだが、好奇心が抑えられずに、もう安全と思われたら先にイーストワンにやってきたのだ。
「仙台はもう何も残っていない……。文明というものがこれ程までに簡単に消えてなくなるとは考えるだにしなかったわ」
金髪縦ロールという、今はどこにもいそうにない髪型である雲母ちゃんが髪をかきあげる。使用することをやめることができない悪魔の温泉の素の力で、未だに髪は戻っていない。
艷やかで面倒くさいトリートメントなどが必要がなくなるので、今日も使う予定だ。なので、雲母ちゃんはこの髪型と艷やかな髪を天秤にかけて、このままでいることに決めた。私たちも同じく決めたけど。だって、天使の輪が髪に光っているんだもん。乙女としては仕方ない。
「まだまだ残っている所もあると信じたいですが……あまり期待しない方が良いでしょうね」
月ちゃんが諦め混じりに呟き、私たちは顔を俯けて暗くなる。私の家も消えてしまっただろう。お気に入りの服にアクセサリー、それに思い出の物も。アルバムも消えてしまっただろうし、パソコンに保管していた写真などのデータも全てパソコンごと消えた。両親が生き残っているのだから、良いだろうと言われればそれまでだけど……悲しいことには変わりはない。
「まぁ、体勢を立て直したら私たちも仙台に向かうことになるのですから、その時にわかりますでしょう」
祓い師である私たちは、落ち着いたら軍に加わる予定だ。祓い師は貴重な戦力であるのだから、当たり前だ。私も自分の暮らしていた世界を破壊した悪魔を許すことはできないし、そもそも悪魔は罪悪感もなく人々を痛めつけているのだ。討伐するしかない。
「そうだね。春までは休養しようっ! ……ということで、皆お金持っている?」
気を取り直して、私は皆へと元気な笑みを見せる。私が元気な姿を見せれば、安心してくれる人も多い。なので、常に私は能天気そうな元気なスマイルを見せることを心掛けている。
私の笑みを見て、クスリと笑ってみんなはお財布を取り出す。使わないとは思っていたが、さりとて火付けに使ったり、捨てるのも勿体無いとずっと持っていたお財布だ。まさかお金を使うこと日がくるとは想像だにしていなかったけど、とっておいてよかった。
「案内されている家に着く前になにか買っていこうと言うわけですね?」
「うん、だってねぇ〜、あれだけ良い匂いがしてたらねぇ」
テヘヘと頭をかいて周りを見渡す。店の中にはたこ焼き屋があった。そこではたい焼きやお好み焼きも売っているようで、店舗の前にはベンチもある。数人のお客が買っているのが目に入る。値段はたこ焼き500円、たい焼き100円と書いてある。厄災前に比べてもかなり安い。
「久しぶりの甘味ですものね。買いましょう」
「そうですわね、わたくしも賛成致します」
3人共に乙女なのだ。甘味は正義。なので、たい焼きを買いに店前に並ぶ。ちょうど売り切れたようで、店主はたい焼きを焼いている。
私たちも行列の後ろに並ぶ。たい焼きを焼く甘い良い匂いが広がってきて、鼻をくすぐってくる。1年ぶりだと私たちは期待に満ちて待つ。
「でも、なんでこんなにも食べ物が潤沢なんだろう?」
「たしかにそうですわね。人の食べ物の消費量は半端じゃないはず。都心に保管されている食糧をかき集めているのかしら?」
「それにしては大事に保管しておくこともせずに、格安で売っているようですけど?」
三人娘はコテンと首を傾げて不自然に思って悩んでしまう。
それだけが不思議だ。ここも大勢の人々が行き来しているけど、悪魔から解放された東京は多くの村があるらしいと冬衣さんからは聞いている。でも田畑を作ってもこんなにも多くの食べ物が行き渡るどころか、売ることもできる量が収穫できたりするのだろうか?
「それはウルゴス神の奇跡と、アホな幼女の力っすね。バンバン不自然なスピードで作物を作った結果っす」
後ろからお茶目そうな可愛らしい少女の声が聞こえてきて振り返ると、ブカブカの服を着込み裾を余らせてちょこんと指先を出している少女がいた。
可愛らしい少女で、なんとピンク髪だ。なんというか、クラスでカースト上位にいるマスコット的な男の子にモテそうな女の子である。
「あたちが頑張った結果なのです? たくさん採れたのですよ」
「ん、そのとおり。妹はキレを増した法術で頑張った」
「あ、ハクちゃん、スエルタちゃんこんにちわ」
同じくハクちゃんとスエルタちゃんも立っていた。リュックを担いでおり、その中には野菜とかなどが入っているぽい。ハクちゃんはちっこいおててを姉のスエルタちゃんと繋いでいる。もこもこのダウンジャケットを着込んでおり、お揃いの蒼髪でとっても可愛らしい。今日は獅子を連れてきていない。
「あぁ〜、ハクちゃんの法術ですか。あの法術……あれを作物に使ったんですか、なるほど」
数キロ範囲に効果を及ぼす法術だ。どんな感じなのか想像つく。成長を早めたりしたんだろうなぁ。
「レベル6になって、面白がって山と野菜を作ったんす。植えた種が半日後に収穫できて、皆はポカンでしたっす」
予想よりも遥かに凄かった。半日?
「あの後、怒られたから止めたのです。でも、今は野菜は溢れかえっているし、これから収穫できる物もあるから、もう野菜には困らないですよ」
「それに、ハクのマナはまだ回復しない。一週間も経過しているのに」
「あぁ、あの威力ならそうですよね」
仙台の半分を破壊したらしい法術だ。かなりの代償があったんだ。無理もない。命が失われてもおかしくない法術だったし。
「あたちはフラフラなのです。スエルタおねえたんに甘えるしかやることないのです」
「姉妹は常に一緒。むふーっ」
スエルタちゃんに甘えるように腕にしがみつくハクちゃん。嬉しそうにスエルタちゃんはふんすふんすと胸を張る。相変わらずのシスコンっぷりだと苦笑いを浮かべてしまう。
「でも、肉はどうしているんですの?」
「たしかに。これだけの需要をカバーできる供給ができますの?」
牛はないけど、豚肉に鶏肉に卵などもある。不思議な光景だ。厄災以前は各地から食糧は運び込んでいたはず。今はそれがない。
たい焼きを買って、齧りながら会話を続けると、スエルタちゃんたちは微妙な顔になって見合わせていた。ハクちゃんだけは、カリカリとリスのように可愛らしくたい焼きを夢中で食べていたけど。
「そうっすね……これは見てもらった方が早いかもっす」
「スエルタは別に気にしない」
「えっとそれじゃ見せてもらって良いですかっ?」
ちょっと、いやかなり興味がある。……もしかして、クローン技術とかだろうか? 少し怖いけど好奇心が上回る。月ちゃんも雲母ちゃんも反対する様子はない。
「それじゃ、このまま行くっすか? あ、あたしの名前は人方茜っす」
「私は田中光。よろしくねっ! 一旦用意してくれた住居に行ってからで良いかな? ここには今日着いたばかりなんだ」
「了解っす。それじゃ、集合場所を決めておくっす」
そうして私たちは、神の庭と呼ばれる所に案内されることになったのだった。