106話 妾の符術を見せようかの
白砂の津波を見やると一枚の符を指に挟み、リムはふわりふわりと羽毛のような舞を始める。地に足をつけることなく、空を浮遊しながら身体全体を使い、その柔らかで自然な動きはリムの妖艶な肢体とのギャップがあり、誰もが見惚れてしまう穏やかな舞であった。
「ふふっ、相手の術を用いて、その威力を上げて新たなる術へと変える。妾の得意の術じゃて」
ひらひらと舞うリムは、残像のようにマナの粒子をその場に残し、神秘的なる舞にて、朗々たる美しい声で歌い始める。
「舞えよ、舞えよ、妾の舞にてマナよ舞え。すべてのマナは妾の元にて、新たなる力へと変わらん。すべて力は妾の元にて新たなる術とならん」
美しい顔を妖艶なる邪悪な微笑みに変えて、唇を艶かしく歪めて、符術をリムは発動させた。
『符神錬成』
全てをなぎ倒して荒れ地へと変えていた白砂の雪崩はリムの術にてピタリと止まる。周辺に響き渡っていた轟音が無くなり、不気味過ぎるほどに静かに変わり、そして白砂は空へと浮くと天を覆うかのように広がっていった。
日差しが遮られて、白砂の影が地に落ちて、光たちはその様子を呆然とした様子で仰ぎ見て、口をポカンと開けて間抜けな様子を見せていた。
何をしようとするのかわからずに光は櫛灘と名乗るリムへと視線を向ける。
「これこそが厄災を生み出した、可愛らしい妾の奥義、『全魅了』じゃ。スキルも術も妾の前には魅了されひれ伏すのじゃ」
その言葉を聞いている者は不思議なことに誰もいなかった。皆は天へと集中していたからだろうか。少なくともリムはこれまでに見たことが無い邪悪なる笑みを零していたのだが。
リムは声音にも隠蔽をかけており、注意する者は誰一人いなかったのだ。いや、ハクは耳をピクリと動かしたので気づいたが、リムの胸元を煽ぐのに忙しかったので気にしなかった。元々気にしない幼女ではあるのだが。どうやら魅了されてしまった模様。何も考えていない可能性も大。
リムの隠しスキル『全魅了』はスキルも術も支配下における最強のスキルだ。出雲には教えておらず、悪魔リリムの魅了スキルを持っているとは予想していても、それが相手の発動したスキルや術までをも魅了し支配下におけるとは想像もしていないだろう。
リムは『色欲』と『貞節』を固有スキルにて持っている。色欲は『全魅了』、『貞節』は『完全隠蔽』だ。声音すらも隠蔽し、攻撃を受けるまで相手はリムに気づけない完全隠蔽を使用して、周りは聞こえていても、意識できずに記憶もできないと知っているので、悪戯心を発揮して、わざと自分の能力を口にした元々悪魔王だ。
どうでも良いところで、自分の秘密を口にする愉快犯リムがここにいた。
バレる可能性はゼロではないが、それもまた面白いとリムは考えていた。世の中は面白ければ良いと考えているのだった。この世はリムにとってゲーム盤でしかないのだから。
「白砂を巨大なる符とし、超広範囲の符術を使ってみせようぞ」
奪いとった白砂をリムは操作して、天に浮かぶ白い符へと変形させていく。数十キロを覆っているのだろうか、巨大な符へと変わった白砂だが、大きすぎてその全貌は全くわからない。
高空から俯瞰すれば、何がその符に書いてあるのかわかるだろう。その符にはこう書いてあった。
『神聖気化爆発』
天を覆う符が光り始めて、膨大なる神聖力がエネルギーへと変換されて、改変された真夏の日差しが蜃気楼のように揺らいでいく。
そして音もなく鮮烈なる閃光が輝いた。太陽のような強烈な輝きが爆発と共に辺りを照らし、符が解けて純白の粒子になって爆風を伴い全てを吹き飛ばす。
「キャァー」
「なんだあれは!」
「身を守れ!」
天が白い世界に変わっていくのを人々は呆然として見上げていたが、爆風が白煙と共に近づいてくるのを見て、大慌てで逃げようとする。木の幹にしがみつくもの、家族たちと家に籠もって身を守ろうとするもの、その場で蹲るもの。様々な行動をとり命を守ろうとする。
「あわはわっ! ちょ、ちょっと!」
慌てているのは光も一緒で、あれだけの爆風が近づいてくるのを見て、命の危険を感じて悲鳴をあげる。元気っ娘から、いつも慌てているモブ役にジョブチェンジした模様。
「大丈夫です。あたちが最後の力を使ってシェル……はれ?」
スエルタに肩車されていたハクが片手をあげて防御壁を使おうとするが、ふらついて力を無くして落ちそうになってしまう。
「妹よ! 大丈夫? もうマナは限界」
「あたちのマナが枯渇するわけが……」
スエルタが落ちそうになったハクをお姫様抱っこで受け止めると心配げに頭を撫でる。ハクは自身のマナが空になっていることに気づいて驚愕しちゃう。幼女はおぉ? と信じられない顔になっちゃう。
「ハクよ、お主の術を妾が操作しているからの。マナの消費は妾とそなたの二人で受け持っておる」
「枯渇するほどに人のマナを使うのは酷いです!」
「妾のマナも空になっておる」
ハクのマナは膨大だ。そしてリムのマナも膨大だ。さらにスエルタのマナも合わさっている。それだけのマナを使い果たしたリムに、ハクは久しぶりに本気で驚いていた。
ケロリとした顔で罪悪感ゼロのリム。悪戯そうに小さな牙を口の端からちらりと見せて、クククと笑う。
「ちょっと威張るところじゃ、キャーッ!」
「パレスたんに貯めておいたあたちの隠しマナまでをも使っているのです!」
「素晴らしいのじゃ。これだけの大規模法術をたった3人で使えるようになるとは、この世界は本当に素晴らしいの」
木々を爆風が埋め尽くし、雪崩のように迫ってくるのを見て、慌てる皆。その中で、リムだけは哄笑して両手を天に翳す。
「この人、邪悪なラスボスにしか見えないよっ!」
どう見ても櫛灘さんは邪悪極まると光が泣き叫ぶ。
「むぅ、妹を守りたいけど、マナがない。でも守る」
スエルタがハクを抱きかかえて蹲る。ハクを守ろうとする健気な姉だ。
「この身体は高いのですよー!」
再生するには高い奇跡ポイントが必要だとハクが慌てて、周りの幼女天使たちが集まりスエルタにくっつく。
「見給え、これが神の爆発なのじゃ」
リム大佐は自身の作り上げた法術の威力にご満悦だった。これ程の威力を簡単に使えるようになった自身の身体に身震いする。
そうして全ては爆風に覆い隠されて消えていくのであった。
しばらくして、全ては消え去っていた。白き粒子が雪のように地面を覆い隠し降り積もっていた。ジャングルであった森林は全て不思議なことにシダ類ではなく針葉樹林など、本来の森林に戻っている。チラチラと雪が空から降ってきて、先程までは真夏の暑さであったのが、寒々しい空に、冷たい風が吹く。
シンとした静寂の世界。生き物は木々のみに見えたが、降り積もった雪のような粒子がもぞもぞと動く。
「ぶはっ! 死ぬかと思いましたよっ!」
「たしかに死ぬところだった」
「うぅ、マナが枯渇して本当に気持ち悪いのです」
ポコポコと光たちが粒子の山から顔を突き出して、這い出してくる。皆は真っ白でコントのお笑い芸人のようだ。酷い目にあいまちたと、幼女天使たちもハイハイして這い出てきた。
「たしかに凄い威力じゃったの」
悪いとは欠片も思っていないリムも出てきて、粒子の上に立つとパンパンと粒子を払い落とす。
「でも……全然傷とかないような?」
あれだけの爆発に巻き込まれたのだ。大怪我をしてもおかしくない。それどころか死んでもおかしくない。それなのにピンピンとしている。少なくとも生き埋めになったのだから窒息死するのが普通だ。それか圧死だ。それだけの重量の粒子に埋め尽くされたのだから。
「あぁ、神聖粒子は重さを持たぬ。白砂は砂に見えて神聖粒子。人を決して傷つけることはないのじゃよ」
リムはコテンと首を傾げて不思議そうにする光へと、積もった粒子を山と手に取ると口のなかに入れる。サラサラと口の中に入った粒子は口を塞ぐことはなく、消え去っていった。
「重さがあるのだが、重さはない。人を傷つけることのない世界の理を超えた物質。それが神聖マナじゃな」
「たしかにそうですけど……そっかぁ、それで……皆無事なんですね」
「な、何が起こったんだ?」
「わからねぇ……」
「おかーさん、おなかすいた」
積もった粒子から、次々と人々が這い出してくる。その顔は神聖粒子に触れたことにより、どことなくスッキリとしており、纏った魔力が消え去っていた。まさに奇跡の術だと言えよう。
「それで……ハックション! さ、寒っ! え、え?」
冷たい風にくしゃみをして身体を抱えて震える光。さっきまで暑かったのに、今は冬の季節となっており、温度が低いことに驚く。
「むぅ、周りを見て。改変されていた環境が元に戻っている。今は真冬。寒いのは当たり前」
「スエルタおねえたん、寒いです」
しっかとスエルタの胸にしがみつき、ハクは身体を震わせてぷにぷにほっぺを胸に押し付ける。むにゅうむにゅうと柔らかい山に顔を押し付けて暖を取る。幼女は寒がりなのだ。たぶん寒がりなのだ。幼女天使たちもおしくら饅頭をし始めて、キャッキャッと遊び始める。
「しかし……これは楽しいの」
リムは吐く息が白くなっているのを見ながら、ニヤニヤと口元を歪めて邪悪なる雰囲気を出す。
「何がなんですか?」
「拙者も散り散りになったでござるよ?」
ザザァと粒子の山を崩して出雲がゲホゲホと咳をしながら現れた。アリゲーターデビルを追いかけていたのに、幼女の雪崩に巻き込まれた模様。くノ一人形も這い出してきて、出雲の肩に登りちょこんと座る。
おっさんは少し、いやかなり怒っています。ハクはマジに出雲が怒っていると気づき、マナの枯渇から気絶した。幼女忍法お昼寝の術だ。幼女は疲れたら糸が切れたように寝ちゃうのだ。
だが、出雲の怒りの波動を受けても、リムの悪戯そうな邪悪なる笑みは消えなかった。
「だってそうじゃろ? 厄災にて魔界と化して悪魔たちは大喜びじゃ。しかし、今度は神聖力が広まる天界となったらどう思う? 喜んでいた悪魔たちの絶望の顔を想像すると笑いが止まらんの」
クククと嗤う悪魔王。からかう対象は人間に終わらずに、悪魔も対象になるらしい。本当に悪魔王らしいよと出雲は疲れて嘆息した。この娘は本当に酷い。魔力でも神聖力でも、最悪な結果を常に出そうとするなんてね。
「しかし、これ連発できんのか?」
「まぁ、今は止めておいた方が良いの。洒落にならんマナ消耗量じゃな。マナが1万ぐらいになれば世界を覆い尽くせる術が使用できるんではないかの?」
ハクをちらりと見ると、たしかにマナの欠片も感じない。回復する様子もないので、危険なレベルでマナを消耗したのだろう。リムも同様だ。マナの欠片も感じない。
「これ回復にしばらくかかるからの。使うのは止めておいた方が良いじゃろうな。それにしても……これはマナポーションでも回復せんぞ」
「自然回復を待たないといけないと。それは残念。だが、このまま仙台は支配下におけるか?」
肩をすくめて出雲は残念がるが、そんなもんか。それでも仙台の半分は吹き飛ばした。地脈は回収できるだろう。
「……ボス戦が最初に終わったからのぅ」
「仙台は盛り上がりに欠ける所だったね。まぁ、ぬらりひょんたちに制圧を命じるとするかね。福島近辺は頂きだ」
もう年末も近いし戻るかねと、さっぱり活躍できなかったと出雲は帰還を始める。
そうしてぬらりひょんたちに制圧を頼み、自宅に戻る出雲たちであったが……予想に反して福島県は制圧できなかったのだが、それは新年になってからわかるのであった。




