105話 新技を覚えるのはテンプレだよね
酷い戦場となっていた。敵も味方も指示を出すものがおらず、今どうなっているのかさっぱりわからないままに戦闘を繰り広げていた。苦戦することなく出会い頭にボスを倒してしまったおっさんのせいだとも言う。
だが、強敵は倒されて、ゾンビたちのような数で押してくる敵も駆逐した。残りは下位悪魔たちだけである。目端のきく悪魔は冬衣の一撃で倒された副長を見て、慌てて逃げ始めて、おっさんと鬼ごっこを繰り広げているが、知性の足らない悪魔たちはそのまま戦闘を続行してきていた。
「舐めた真似をっ! 食い殺してやる!」
怒りに身を任せて、アリゲーターデビルが鰐の口を大きく開けて、水鉄砲を撃ちながら遊んでいるようにしか見えない幼女天使たちへと襲いかかる。
幼女天使たちはか弱い。ゾンビやグールなら倒せるが下位悪魔には対抗できない最下位天使たちだ。
きゃあと、幼女天使たちは可愛らしい悲鳴をあげて、ピシュピシュと水鉄砲を撃つが、アリゲーターデビルの鰐皮を僅かに溶かすだけで、その勢いを止めることはできない。
あわわと慌てる幼女天使たち。ジャングルの地面に広がる根っこにより走りにくく、羽根を広げてジャンプしながら逃げるが追いつかれてしまう。
「貰ったぁ!」
「きゃぁでしゅ!」
食べられちゃうと、よんちゃんが涙目になり、小さなおててで頭を抱えて蹲る。パニックになり、一口で食べられそうな小柄な幼女天使であったが、朗々と少女の声が響き渡った。そして、アリゲーターデビルは吹き飛び木に叩きつけられた。周りのアリゲーターデビルたちも同様に。
「マナよ、吹き荒べ、鮮烈なる浄化の風よ、悪しきものを、吹き飛ばせ」
『荒れ狂う西風』
スエルタが寸前で法術を放ったのだ。暴風がスエルタの手のひらから吹き出し土をめくりあげ木々をなぎ倒し、アリゲーターデビルたちを吹き飛ばす。
「ぬぅ、その力は人を超えるもの!」
直撃を受けたアリゲーターデビルは灰へと帰り、周りのアリゲーターデビルたちはすぐに起き上がり体勢を立て直す。
「むふーっ、スエルタは人類を超えている。もはや下位悪魔レベルには負けない」
ふんすふんすと鼻息荒く、スエルタは蒼い髪を靡かせて得意気な表情で胸を張る。
改造聖女として創られたスエルタの神聖力は200。魔王に並ぶ力を持っている。人類覚醒の腕輪の力で出力は30%まで引き上げられており、アリゲーターデビルの魔力50を上回っていた。
マナを両手の平に集めて、スエルタは神聖力を練っていく。今まではたった1、2%の神聖力しか出せないので悪魔に苦戦していたが、今は大幅にパワーアップを遂げていた。
「馬鹿な人間め。神聖力が高くともその肉体は脆弱。一撃で肉塊に変えてやるわ!」
「この人数に敵うかな?」
木々の影からぞろぞろとアリゲーターデビルたちが現れて、嗤いながら近寄ってくる。人間の体は脆弱だとアリゲーターデビルたちは知っている。自分たちが小石を投擲しただけで、その威力に耐えることはできずに、血の詰まった風船のように破裂するのだから。
法術にてなぎ倒された木々を持ち上げて、早くもその怪力で倒そうとするアリゲーターデビルも見える。何人かは倒されるだろうが、この強力な祓い師を倒せるのならば問題はない。
その数は500ほど。この仙台を支配する悪魔は人間を甚振って楽しんでいても油断はしなかった。最近、ゲリラ戦を繰り広げて人間を連れ去る謎の軍隊が垣間見えたために、ほとんどの兵力を集めてきたのだ。なぜか悪魔長は見つからなかったが、ブラキオサウルスデビルが主導して集めたのである。
数で覆い尽くす。敵を押し切る兵力をアリゲーターデビルたちは集めていた。たしかに強力な祓い師なれど、一気呵成に迫ればと口を歪めて、食らいつこうと駆け出す。
「私もいるから! これでも受けてっ! 聖なる光よ!」
『聖光』
光が飛び出してきて、溜めていたマナを発動させる。身体が神々しい光を放ち、アリゲーターデビルたちへとその強烈な閃光を喰らわせた。
「ぐおっ!」
その強烈な閃光はアリゲーターデビルたちの目を焼き、皮を溶かす。この間、同じ法術を受けた時にはビクともしなかったのに、今回はダメージを与えたことに光は驚く。
「この腕輪、凄い性能だっ!」
ホクホクと喜びの顔で、腕につけてある銀の腕輪を撫でて、そのひんやりとした感触に頼もしさを感じる。説明は受けていたが、その性能は今までに見た神具を遥かに上回っており半信半疑であったのだ。
だが、アリゲーターデビルたちは500体近い。すぐに視力を回復させて、立ち直ろうとする。
「そうはさせないのですっ!」
犬小屋を幼女キックで破壊して、満足げにしていたハクがてててと駆け寄ってきて、
「魔界一の技の使い手の力を見せてやろう」
獅子のパレスが飛翔して、スエルタたちを飛び越えて空を駆ける。そして、己の身体をサラサラと砂へと変えていく。
『砂化』
そうして、砂となったパレスは風に吹かれて、パラパラと辺りに散らばっていく。ハクはそれを見て、ちっこいおててを地面につけようとして、躓いてコロンと転んじゃった。
「ウォォォォ、地面に浸透させるのです」
手ではなく身体全体を地面につけて、ハクは法術を使う。転ぶくらいなんともない幼女なのだ。
『大地浸透』
その力ある言葉と共に、ハクを中心にして波紋のように地面が揺らぎ仄かに光り、ハクのマナが地面に散らばったパレスを通して浸透していった。
「むふーっ、妹よ!」
「スエルタおねえたん!」
スエルタがハクに駆け寄り、抱き上げると肩に乗せる。
「今こそ、二人で練習していた法術を使う時!」
「了解です!」
肩車をされたハク、肩車をしたスエルタがバッと両手揃えて斜め上にポーズを取るように持ち上げて構える。
息のあった二人だ。練習を繰り返して覚えた技を使う時と二人はきりりと凛々しい表情になる。
右斜めに構えたスエルタを見て、間違えちゃったと左斜めに構えたアホな幼女は右斜めに構え直したが、幼女なので目を瞑って欲しい。
「ハァァ」
「やぁぁ」
二人は腕をくるりと大きく回転させて、マナを活性化させていく。お揃いの蒼髪から蒼い粒子が流れていき、辺りへとキラキラと散らばっていった。
綺麗な動きで円を描くスエルタと、なぜかカクカク動きになってラジオ体操を始めるハク。練習不足のハクは見ないことにしたいが、幼女の微笑ましい姿なのでギリ許される。紳士ならば確実に許してくれるし、頑張ってと応援するだろう。
「今こそ必殺の姉妹とはぐれ魔王のコンビネーションアタックです。最後のマナを使うのです!」
「ふぉぉぉぉ、スエルタのマナを受け渡す!」
スエルタのマナがハクへと流し込み、最後に残ったマナを使い切り、必殺技をハクは使う。何回最後があるのかというと、幼女は数を数えるのが難しいので、わからないのですとハクは答えます。
「クカカカなのです。受けるのですよっ!」
ラジオ体操をやめて、ハクは姉から受け取ったマナをも使い、振り上げた手を風を巻き起こすかのように振るう。スエルタも合わせて手を振って、法術は発動した。
『地獄の天国砂雪崩』
地獄なんだか天国なんだかわからないが、法術は発動した。
「な、なんだ? この膨大な神聖力は?」
「え、な、なにこれ?」
立っていられない程に激しく地面が震動を始めて、アリゲーターデビルたちが戸惑い、光はあわわと慌てて姉妹を見る。リムはのんびりと空に浮かんでいた。
「これこそコンビネーションアタックなのです。砂となりパレスたんが浸透した地面はもはやあたちの自由自在」
レベル6は伊達ではないのだ。もはや超広範囲攻撃も楽々になったハクである。
「マナさえあれば、なんでもできる。姉妹の愛!」
二人はてんでバラバラにセリフを口にしに、地面から壁がせり上がってきた。激しく揺れる地面から、ぐんぐんと輝くような白砂でできた壁がせり上がっていく。
「は、はぁ?」
アリゲーターデビルたちはぽかんと口を開けて唖然としていた。光も目の前にある光景を見ていても信じることができなかった。
何しろ高さが100メートルはある。もはや高層ビルである。しかも横幅も何キロあるのかわからない程に長大だ。
そして、白砂の壁は呆然とするアリゲーターデビルたちの前で崩れていった。ドドドと雪崩のように崩れて、高波となり襲いかかる。
「待て待て待て! なんだこの威力は!」
「話し合おう!」
「降参する!」
白砂は何十トンあるのかわからない。そして砂粒一つ一つが膨大な神聖力を籠められているのがアリゲーターデビルたちには見えた。いや、もはやその膨大な力は見えなくても、ビリビリと身体に感じられた。
「むぉぉぉぉ、むぉぉぉぉ、むぉぉぉぉ!」
もちろんのこと、幼女は夢中でマナをドンドコ白砂に注いで聞いていない。幼女は一つのことに集中すると、周りの声が聞こえなくなっちゃうのだ。
「話聞け、こいつ!」
「だめだ、こいつ全然話を聞いてねー!」
「ぎゃぁー! こいつ俺らより悪魔だ!」
悲鳴をあげて逃げようとするアリゲーターデビルたちは白砂に押し潰されて、灰へと変わり消えていく。
白砂の雪崩は怒涛となり、津波のように波濤となり、木々を呑み込み、悪魔たちも、残るゾンビたちも、グールたちもその全てを呑み込み流していく。
莫大な量の白砂の波はジャングルを呑み込んでいく。通り過ぎていった後には何も残っておらず、白い砂が残るのみ。
「これが姉妹の必殺技! どんな敵も倒せる技!」
ふんすふんすと得意気な表情で、スエルタは告げて、光は冷や汗をたらりと額から流す。
「え〜と……、あのこれ威力がありすぎるんですけど。いつ消えるんですか?」
轟音を響かせて、雪崩は辺り一面を消滅させながら消えることなく、ドンドコ先へと流れていく。この必殺技はヤバい威力ではなかろうかと光はスエルタに話しかけるが
「知らない。スエルタはマナを妹に渡しただけ」
「えぇーっ! これ、一帯を消しますよっ!」
平然として、スエルタはかぶりを振り、光は冬衣さんもあそこらへんにいるのではと、雪崩というか、津波が進む先を見て焦る。
「大丈夫じゃ。ハクの法術は構成が隙だらけじゃからの。妾が操作権を奪い取る」
リムは光の肩をポンと叩くと、ハクへと近寄り、符をピッと翳す。
「ハクよ、操作権を奪い取るぞ?」
にやりと妖艶に笑い、リムはハクへと法術を発動させた。
「むぉぉ、むぉぉ」
「暑いのぅ」
「あげるのです」
夢中になっているハクへと、符でパタパタとリムは自分の胸元を煽ぐ。リムの法術は完璧であっさりとハクの必殺法術の操作権を奪い取った。完璧な法術なので、幼女は操作権を奪い取られて、代わりに煽ぐのですとパタパタとちっこい手で嬉しそうに扇ぎ始めた。
「やった! これで大丈夫なんですか?」
「いや、止めることはせぬ。せっかくの大規模法術じゃ。妾が利用する」
クククとほくそ笑むと、リムは新たな符を振り、雪崩を操作し始める。
「相手の術を奪い取り、その力を利用するのは妾の得意なところなのじゃ」
そうして、リムは雪崩を操り始める。元悪魔王の力の見せどころ。
「面白い手品を見せてやろうかの」
最近影が薄いので、頑張るのじゃと気合を入れるのであった。




