104話 竪穴式住居とは住むのが大変そうじゃの
竪穴式住居がそこにはあった。みすぼらしい葉を積み重ねた小屋だ。この住居を他者が見れば、原始時代のレプリカですかと尋ねるに違いない。
だが、このジェラシック仙台では、この住居が当たり前であった。泥をなんとか乾かせて固めた床に、蹴ったらあっさりと倒せる細い木の柱に木の葉の屋根、住むには悲惨な住居だが、まともな住居を建てようとすると悪魔が破壊しに来るのだ。建てた人間も残虐に殺すことももちろんする。
そのために、この住居で湿度の高い環境で、病気を恐れて、悪魔を恐れて人々は暮らしていた。餓死しないように、悪魔から殺されないように、不寝番をたてて、他の拠点の人々を攫い、悪魔に捧げながら。
この暮らしが10年、いや、5年でも続けば、人々は原始時代に戻っていたかもしれない。
だが、昨日にその絶望の暮らしは変わった。人形たちを連れた仲間たちが戻ってきたのだ。様子がおかしいことはすぐにわかった。
戻ってきた人々は穏やかな笑顔で叫び始めたのだ。
「争いを止めましょう!」
「生贄は罪です!」
「ウルゴス神が来臨しました!」
ヤバい宗教に洗脳されたようであったので。
慌てて何が起こったのか聞こうとしたら、悪魔を倒せし天使たちが降臨したとのこと。
「そなたらは神に保護されるでござるよ」
真っ黒な悪魔の血を被った多くの人形たちが、身体を拭きながら、その言葉に追従してくる。邪悪極まる恐怖の人形だ。普通に会話ができるので、新しい悪魔かと思ったら天使だとのこと。こんな残虐な天使がいるのだろうか。
とりあえず話し合った結果、人々は戻って来た連中をいくつかの家に放り込んで監視することとした。戻って来た連中には家族もおり、心配げに見守っていた。どう見ても正気には見えないのだから当たり前であった。
人形は翔というらしい。悪魔に見えるので、遠巻きにしたが、何も言わずにお人形さんのようにおとなしく座り込んでいたので、見てみぬふりをしたのだ。
そして、翌日、絶望が訪れた。悪魔たちがやってきたのだ。柵の向こうにアリゲーターデビルや、グール、そして大勢のゾンビを誘導しながら現れた。
「俺は100人長のパキケファロデビル! この近くでラプトルデビルの行方が不明となったぁ。何が起きたか知っているやつはいないか? いるなら出てこい、いないならこのまま死ね! 俺の石頭が貴様らを……な、なんだこりゃ?」
柵の前に堂々とした態度で交渉に来た恐竜悪魔。石頭で有名な恐竜を元にした悪魔はせせら笑いながら声をあげる。が、すぐに体の異変に気づいた。
「拙者は飛藤翔。忍耐の天使にして嫉妬の魔王でござる」
いつの間にかびっしりと身体にへばりついている人形たちが、爪楊枝みたいな刀を振り上げて名乗る。そして刀をサクサクと振り下ろしたのが戦闘の始まりであった。
あっという間に乱戦となったのである。乱戦になったのは、もちろん指揮者が翔に倒されたからである。パキケファロデビルはあっさりと肉塊へと処理されたのだ。
そうして、ジャングルの中で攻防が始まった。シダ類の草木を掻き分けて、ゾンビが乱杭歯を剥いて襲いかかる。グールが柵を乗り越えようとして、指揮者を喪ったアリゲーターデビルたちは、チョロチョロと高速で走り攻撃をしてくる殺人ドールに混乱した。
副長のブラキオサウルスデビルは、混乱する中で楽しそうに余裕の態度で、その戦いを見ていた。
「迎え撃つんだ!」
「柵を守れ!」
「でも悪魔よ!」
混乱の最中でも、抵抗しようと人々は手製の鉄パイプを削った槍を手に持ち、棍棒を振り上げてゾンビたちを追い払おうと必死になる。
しかし、ゾンビを倒せても、グールは柵で防ぐことはできないし、そもそも悪魔にはそのようなみすぼらしい武器では抵抗にもならない。小屋に閉じこもり、子供を抱きしめて震える母娘、逃げようとして、駆け回る人。全く統率はとれていなかった。統率がとれていても無駄な足掻きになるのは明らかでもあったが。
そうして大混乱の戦場となり、暫く経過していた。
ゾンビすらも人々は追い払うことはできなかった。グールや悪魔は殺人ドールが牽制をしていたが、ゾンビたちは次から次へと現れた。多勢に無勢であったのだ。人間側は圧倒的に不利であり、負けることは決定していた。
ブラキオサウルスデビルは、人間を駆逐したあとに、チョロチョロと高速で動く天使とやらを倒せば良いと思い、遠目に見えた天使の援軍を確認し、ブレスでの攻撃を行い、あっさりと倒されたのであった。
混乱の上に、混乱を重ねた戦場にて、人々は何がおこっているのか、さっぱりわからないままにゾンビを追い払おうとしていた。だが、柵に取りつかれて、ミシミシと音をたてて壊されようとしているのが現実だった。
たんなるゾンビすらにも負けるのが一般の人間たちだ。
「あぁ〜」
「防ぐんだ!」
一匹のゾンビが柵を掴み揺すると、他のゾンビが撓り歪む柵にしがみつき登ろうとする。そして、倒したゾンビを踏み台に新たなるゾンビが迫ってくる。
不死者の生者を喰らおうとするゾンビたちのうめき声のコーラスは、人々の気力を削り絶望に落とそうとする。いよいよ、柵が耐えきれなくなり、破壊されそうな時であった。
「むぉぉぉ、最後のマナを使用して建物創造です!」
空から獅子に乗った幼女と美少女が現れた。同じく妖艶な美少女と鮮やかすぎるほどに真っ赤な髪の毛の美少女も降り立つ。地面にすたんと降り立つと、幼女がちっこいおててを掲げて、可愛らしい声で叫ぶ。
『犬小屋創造』
カッと閃光が奔ると、地面に四角い白い長方形の小屋がせり出してきた。犬小屋らしい。
「今度こそ、最後のマナを使って、転移のドア創造です!」
『霧の扉』
自分の建てた建物ならば、転移の扉を設置できると、ハクはさらに手をぶんぶん振る。とりあえず最後のマナと言っておけば誤魔化せるだろうという浅い思惑が透けて見える幼女だ。実際に姉は心配してワタワタと慌てているので誤魔化せていた。光は胡乱げな顔だったが。
自称犬小屋の中にちっこい扉が新たにせりだし、霧を吹き出す。
「かもーん、活躍し隊」
スカスカと指を擦ってハクが叫ぶ。その言葉を合図に天使の羽を生やした幼女天使たちがでんぐり返しをしながら現れる。合わせて7人の幼女天使たちだ。さんちゃんから、きゅうちゃんまでいる幼女天使たちだ。
ちっこい玩具のような天使の羽をパタパタと羽ばたかせて、さんちゃんたちはびしりと敬礼をして、手に持つ武器を掲げてみせる。
玩具のような黄色くて安っぽいプラスチック製のバズーカにライフル、マシンガンにグラウンドを均すトンボのようなローラーを持つ幼女天使たち。
「活躍し隊参上!」
リーダーのさんちゃんが叫んで、指をスカスカと擦る。やっぱり鳴らすのは幼女なので無理な模様。だが、その意味は伝わったようで、バズーカを持つきゅうちゃんが身構える。
「エンジェルバズーカ!」
可愛らしい幼い声音で叫ぶとトリガーを引く。玩具のようなバズーカからポンと水風船が飛び出して、ヒュウと飛ぶと柵に取り付くゾンビに命中した。パンと弾けて、水風船の中から白いペンキのような液体が降り注ぐ。バズーカというだけあって、かなりの広範囲だ。
ベチャとペンキ塗れになったゾンビたちはというと、
「ヴァァ〜」
断末魔をあげて、硫酸を被ったかのように、皮が溶けて筋肉が崩れて骨が発泡スチロールが炎に炙られたかのように溶けていった。正直グロい光景だった。
「このペンキはハクたんの建物に塗る神聖ペンキ! 悪魔は溶けちゃうのでしゅ!」
フンスと平坦なる胸を張って、小柄な背丈の幼女天使。神聖といつもと同じく名付けられていることからわかるとおりに、白く塗られた地面に新たなるゾンビが踏み入れると、足から煙をあげて溶けていく。
神聖ペンキ:神聖攻撃力20。一週間の効果がある。
ハクの作りしペンキは強力であった。弱い幼女天使たちが活躍するにはどうすれば良いかと、おうちで遊びながら話していた時に閃いた新兵器である。某ゲームを楽しんでいる時に閃いちゃったのだ。
「神聖マシンガンでしゅ」
ピシュピシュと水鉄砲を撃ち、いや、エンジェルマシンガンを頑張って撃つろくちゃんたち。てや~と、ゾンビたちに攻撃していき、どんどん溶かしていく。
「この領域は天使が貰ったでしゅ!」
さんちゃんがローラーを手に、てててと地面をペンキで塗っていく。ローラーの前にいたゾンビたちはべたりとペンキに塗られてしまう。そしてうめき声をあげながら煙をだして溶けていく。
木々にもベタベタとペンキを塗っていく。一度塗ったら、もはやゾンビも入れずに、グールも継続ダメージで耐えられないのだ。
幼女天使たちは、そこらじゅうをてててと走り回り、神聖領域を広げていく。練習は某ゲームを天華と一緒にしたのでバッチシだ。キャッキャッと楽しげに笑いながら、幼女天使たちは人々が絶望の象徴としていたゾンビたちを倒していく。かなりグロい光景であったけど。
「ずるい! 僕も、僕も戦いに加わりた、わぶっ、こら、僕の顔を塗るなよ、お前ら!」
幼女天使たちは小さな扉から顔を突き出す悪魔も容赦なくペンキを塗っていく。最後の力なのですとバケツになみなみと入れたペンキをトニーにぶつける幼女もいた。
無邪気に遊んでいるような幼女天使たちであったが、そのペンキの力は絶大であった。一度塗られた領域はゾンビやグールたちでは侵入不可となっており、雪崩のように襲いかかってきても、次々と焚き火に入る虫のようにゾンビたちは溶けていったのだった。
とはいえ、それはゾンビたちを倒したにすぎない。下位悪魔たちはまだまだ健在である。
「これだけ倒せば充分」
「ここからは私に任せてっ!」
アリゲーターデビルの前に、スエルタと光が立ちはだかる。スエルタはもちろんのこと、光の腕には銀の腕輪が嵌められており、覚醒モードとなっている。
「光たん、炎の矢〜とか使うのです」
「ごめん、炎は不得意なんだっ。絶対に使えないからね」
赤毛で光なら炎が得意でしょとハクがいうが、光は光の法術が得意なのだと断る。残念だけど炎の矢は撃てないと、きりりとした顔で断る。大事なことなので、2回繰り返した光である。断らないとなぜか友だちたちが死んじゃう未来になるかもと思ったりした。
「マナよ、悪しきものを倒す炎の矢となれ!」
代わりにスエルタが可愛い妹のリクエストに答えなければと、気合いを入れて炎の矢を生み出す。
「清らかなる光よ、悪魔を倒す力となれ!」
光も詠唱を始めて、法術を使い始めて、悪魔との戦闘が始まった。
「自分を清らかなるっていうんです?」
「あ、いや、これは私の名前じゃなくて、普通に光だよっ」
常に余計なことを尋ねるアホな幼女に慌てて赤面して答えてもいた光であった。




