102話 髪の奇跡を見せようかの
危険なるジュラシック仙台。日本の真夏よりも暑い世界だ。シダ類が鬱蒼と繁茂しており、木々は密集し太陽の光は木漏れ日が地へと落ちるのみ。
日本にはあり得ない環境となっている仙台にて唯一悪魔に抵抗できる力を持つ仙台シェルター。幻影により隠されしシェルターにて、コンクリート打ちっぱなしの地下シェルター内で、ウルゴス神の大神官たる、ただのおっさんこと、最近は悪魔を創造するごとにアホ化が進むと訴えている出雲は避難民を観察していた。
ちなみにアホ化が悪魔の創造によるデメリットと言うのは、おっさんの推論である。本当にデメリットか、最近はアホな部下と組んで、ワイワイとあまり考えないで行動をしているせいではないと思いたい。
「なぁ、ここはお偉いさんがいないんだな?」
「そうじゃの。イーストワンは大勢いたのじゃが、ここは避難民たち自体が少なくないかの?」
200人足らず。しかも家族連れも多い。80世帯程だろうか? 祓い師は10人程と聞いていたが……これ、全員祓い師か祓い師見習いじゃない? それにここは数千人が避難できるんじゃなかったっけ?
「その、ですね。政府の高官はここをスルーして都心に向かったんです。仙台は都心が近いためにここでの避難は嫌がりまして」
「あぁ、緊急事態用のフローに従わなかったのですね」
「おっしゃるとおりです。実際にこのような事態になったら、皆はより安全な所を目指しました。政府の高官は優先的に移動できましたし、自衛隊は基地に向かいました」
俺とリムの会話を聞いて、目を細めて逃げた高官たちを軽蔑の眼で睨むかのように淡々と月が語る。そうか、自衛隊はまずは武器を確保しに、高官たちはより安全な場所を目指したと。確かに仙台からなら、すぐに都内にいけるしね。このシェルターを見れば、オカルトを信じない人間なら、さっさと都内に逃げるだろう。
「その後はゾンビやグールにより散り散りになって、祓い師たちの関係者だけがここに逃げてこれたんだっ」
「ここは緊急時は自動で幻影によって守られるから、結界に入ることができる道具を持つか、神聖力が高い人たちしか入ることができなかったのですわ」
「関係者……だからですか。理解しました」
光と雲母が近寄ってきて、現在の状況がなぜこうなのかを説明してくれる。なるほどねぇ。ありそうな話だ。
「で、悪魔たちにより、基地は壊滅して、人々は散り散りになって悪魔に飼われることになったと言うわけじゃな?」
生贄を捧げて暮らす生活スタイル。魔力が吸収できて何よりだ。魔王たちにとっては嬉しい世界だろうね。
「それよりもカレーはもういいのですか?」
寸胴鍋に作ったカレーに皆は未だに群がり食べている。もうお腹いっぱいになったのかな?
「あ、もう大丈夫です。それよりお風呂に行ってきますね」
ニコリと微笑み、沸かしたお風呂に入ると光たちは向かおうとする。見ると、女性たちは食べ終わると風呂に向かっている。女心という訳ね。
なら、少し待ってもらおう。可哀相な姿だし。
「お待ちください。聖なるポーションを入れると良いでしょう」
おっさんはザンバラ頭に傷だらけの身体の光たちを見て、多少哀れに思ったのだ。それにウルゴス神の御業を見せて信用も上げておきたい。
なので、コテンと首を傾げて不思議そうに見てくる三人娘を前に、ニコリと微笑み片手を掲げる。
「ウルゴス神よ。そのお力を哀れなる子猫にお与えください」
子羊を子猫に変えて、オリジナリティを出そうとするおっさんは、神々しい光をその手のひらに集める。純白の光と共に奇跡さんへと連絡する。なんとなくセクハラの匂いもします。
奇跡さん、奇跡さん、ここはなんかウルゴス神が凄いという感じの良い物出してください。
段々とアバウトになるおっさんの願いを奇跡さんは叶えてくれる。良くできた人です。
『交換ポイント1000:神聖温泉の素。かすり傷程度なら癒やす温泉の素』
温泉の素………。温泉の素かぁ。まぁ、これで良いかな、お安いし。
安い商品なら買っても良いよねと、ポチリと買う。純白の光が閃光のように光る。一瞬だが、その強烈な光に目を細めて、三人娘たちは俺のてのひらを覗くように見てきた。
ポンと現れたのは温泉の素である。神聖と温泉の素には書いてあり、有り難い奇跡の品にしか見えない。
「あの、これは?」
「神より賜りし神聖なるアイテム。神聖温泉の素です」
神って凄いよねと、おっさんはウルゴス神の偉大さを説明する。この石鹸みたいなのは奇跡の塊なのです。
「え、と、本当に神聖なんでしょうか?」
つんつんと温泉の素を指で月はつついて、雲母は見た目からの感想を口にする。
「壺とかと同じ匂いがするのですけど?」
霊感商法で売りつけられる怪しい壺に見えるらしい。言い得て妙だね。なかなかセンスあるよ。
月と雲母がジト目になるが、奇跡さんが作ってくれたものだ。相変わらず神聖と名付ければ、万事オーケーと思っている奇跡さんだけど。
「まぁ、試してみてください。擦り傷程度なら消えますので」
「お主、段々と適当になってきたの? どう見てもしょぼすぎるアイテムじゃぞ?」
「奇跡の力です。詐欺ではありません。お金も取りませんよ」
余計なことを口にするリムへと軽く蹴りを入れて追い払い、にこやかなる笑みで三人娘に手渡す。……確かに温泉の素を出す神様というのはどうかと思うけどね。庶民的で良いじゃん。
「はぁ……た、確かに神聖力を感じますし、頂きますわ」
「それじゃ使ってみよ〜っ!」
常に楽しそうな光。うん、何も考えていなさそうな元気っ娘は俺は好きだよ。その目元に警戒心を感じなければだけど。
まぁ、無邪気な元気っ娘に扮する光さん、リーダーシップをとるためなのか、その態度から皆に安心して欲しいのかわからないけどね。
「えぇ、行ってらっしゃい」
笑顔で三人娘たちが去っていくのを見送るおっさんであった。これで、この食堂もまともになると思います。
「こっそりと『空気清浄術』を使用していたしの」
「お前も空気読むんだな。ナイスだ、リム」
ここ、かなり臭いからね。考えてみてほしい。一年近くお風呂にもまともに入れずに、服も洗濯ができない状況だ。そこに加えて、カレーの匂いが充満する食堂に、そんな状況にある大勢の人々が集まる。うん、わかるよね?
鼻が馬鹿になっている人々はともかくとして、俺たちはね……。リムとさり気なく拳をぶつけ合い、ウムと頷く。流石に臭いですとは言えなかったのだ。なので、リムはこっそりと『空気清浄術』を部屋の各所に貼っていた。それにより、この部屋は森林の中にいるかのように爽やかな空気となっているのであった。
なので、俺たちはのんびりと三人娘たちが帰ってくるのを待つのであった。これからのことを考えないといけないしね。地形は翔から聞いていても、実際のところとは違うかもだし。他の拠点に案内して欲しいのだ。たぶん一番詳しそうな人たちだと思うので。
そうして暫く幼女天使たちのダンスを見たり、俺もカレーを食べて、のんびりとしていたら、バタバタと走る音が聞こえてきた。
なんだろうと、カレーをぱくつきながらリムと顔を見合わせる。と、三人娘が血相を変えて入ってきた。
「ぎゃー! な、なんですか冬衣さん、これ! これ、これ!」
光は元気っ娘の演技をする余裕がないのか、荒々しい叫びをあげて、自分の髪を手に取り、俺に突き出してくる。お風呂に入り艷やかさを取り戻しており、薄っすらと輝いてもいる。さすが若さということだろう。
まぁ、そのことを言っているのではないと俺もわかるよ。後ろからドタバタの月と雲母たちも続き、俺へと迫ってきた。
「髪の毛が伸びたのですよね。良かったです、あなたたちの髪は少し痛々しい様子でしたしね」
光は手に髪の毛を乗せて俺に見せてきている。すなわち、短髪でザンバラ髪であった髪の毛が長くなっているということだ。潤いも取り戻しており、おっさんが触って良いのかなと、恐る恐ると触ると滑らかな感触が返ってきた。
「キューティクルもありますし、これこそ神の癒やしの奇跡ということです」
にこやかにウルゴス神の素晴らしさをアピール。女性にとっては髪は命だ。良かった良かった。光たちも混乱はしているが、感謝の言葉を口にしに来たのだろう。
「髪だけにですか! ちっがーう! これ、これの色!」
光は俺の頬に自分の髪の毛を押し付けて、怒りの表情を浮かべていた。なにかおかしいところがあったのだろうか?
「燃えるような赤毛ですね。汚れもとれたようで何よりです」
「現実にいる赤毛はこんなに燃えるような赤毛ではないです! もう少しくすんで茶色っぽいですって、そうじゃなくて私の髪の毛は黒髪。親子代々黒髪っ!」
光は燃えるような赤毛をしていた。なんなら髪の毛を振るごとに火の粉が散るようなエフェクトもあります。
「私の髪の毛は緑なんですけど? 現実にはいないアニメ髪ですが?」
「わたくしは金髪ですわ! しかも乾かしたら縦巻きドリルの天然パーマがかかりましたわよ!」
月が信じられないと自分の緑髪を見せて、雲母はビヨーンと自分の縦巻きドリルを弾く。
後ろから食堂に入ってくる女性の皆さんも金髪、茶髪、緑髪に紫、ピンクと様々な多色の髪の毛になっている。皆は自分の髪の毛を眺めて戸惑っていた。
俺はその様子を見て、穏やかなる笑みで両手を掲げて口を開く。
「これこそウルゴス神の奇跡です!」
俺は無駄に純白のマナを身体に纏わせて後光を背中に皆へと告げる。
「髪だけにですかっ! 戻して、戻してくださいよ!」
「ちょっとこれは目立つというレベルではないと思うんですけど」
「わたくしはなぜ縦巻きドリルなのです? やり直しを要求しますわ!」
もちろん、さすが神様だと皆は平伏することはなく、俺は三人娘に身体を掴まれて、ガクガクと揺らされるのであった。
だって、これ俺のせいじゃねーよ? どうなってんの、奇跡さーん!
「テキトーに生きよーなのです」
「面白い世界にするのでしゅ〜」
「一日一膳食べれば良いのでしゅ〜」
ウルゴス神の聖歌を後ろでコーラスする幼女天使たちの声を聞いて、奇跡さんもアホ化しているかもと俺は遠い目をするのであった。
もう少し教義はきちんとした方が良いのかもね。もしかしたらこの適当な信仰がウルゴス神というか、奇跡さんに影響しているかもしれないし。
結局、この髪の毛の色は一ヶ月続くとリムに解析してもらい、光たちは泣く泣く諦めるのであった。色鮮やかでアニメ髪なのが気に入らないらしい。鮮やかすぎる髪の毛なので、確かに現実では目立つかもだけど、不自然な感じはしないので、俺は良いと思うのになぁ。
そして、俺は落ち着いた人々へと状況を聞いて、他の拠点を確認しにいくことにした。
「うぅ……でも髪の毛は艶々だよ……。信じられないぐらいだよ。トリートメントとか全然していないのに」
「適当に乾かしたのに天使の輪ができるほどですしね。これを使うのをやめることはできるのでしょうか?」
「なぜ、縦巻きドリルなのですのっ!」
本当に皆の髪の色が元に戻るかは不明である。使い続けると消えないのだから。




