101話 残念な転移ドアだね
ハクの作ったドア。開いた扉の先が見えない滝のような霧が吹き出している転移の扉。ここを通れば、即座にこの地から逃れることができると思われた。
しかしハクは一応考えた。豆腐のような柔らかい頭脳をフル回転した。
「うぉぉ、だ、だめだ。この扉は通れないな」
ふんぬーと、田中父がなんとかしてハクの作った霧の扉、略してどこでもボス扉をくぐり抜けようと踏ん張っていた。しかし、顔を真っ赤にして頑張っても無理なので、諦めてため息を吐く。
「小さな子供が限界だな、これは。たしかにこの先は平和そうだが」
扉を潜ろうとして頭を突っ込んでいた田中父が頭を振って戻る。小さすぎて、入れなかったのだ。
そう、ハクは扉を小さな子供が通れる程度の大きさにしていた。一応俺の作戦を考慮してくれたらしい。
縦横30センチ程。子供はスイスイと潜れるが、おっさんでは痩せていても無理である。京都の潜れると幸せになるとかなんとかいう柱の穴と同じぐらいの穴だ。大人で潜り抜けることが可能なのはカバンに入れる超能力者ぐらいだろう。
「無理でしょうか?」
ハクの作ったどこでもボス扉はイーストワンのいつもの扉と接続したらしく、あちら側ではシュウたちがいた。
新たに接続された扉を介して話し合い、シュウが心配げに声をかけてくるので、ううむと唸り田中父はかぶりを振る。大人はどうやっても無理だ。子供でも小さい子供でなければ通れまい。
「妹よ。このドアは大きくできない?」
同じくスエルタが扉の向こうから声をかけるが、もうハクはフラフラだった。
「スエルタおねえたん。あたちはもうマナが残っていないのです。すっからかんで、回復するのに一週間はかかるのです。連続して転移の扉を作りすぎたのですよ」
もうふらふらだ。本当なんですと、おててをぶんぶん、腰を揺らしてお尻をふりふり、幼女フラダンスを踊りながら、疲れた声で返すハク。なんとも可愛らしいダンスであるが、本人的にはふらふらな様子を見せているつもりらしい。
「むぅ………さっきの避難民を助けるために扉を作ったのに、また作るからマナが枯渇した。ハクは優しすぎ」
スエルタは悲しげに心配の声をあげる。この姉の目は節穴どころか、別の世界線の妹を見ているのではなかろうかと、俺とリムは半眼になる。何しろ楽しくなってきたのか、オーレオーレオレオーと掛け声をあげて元気に踊り始めているアホな幼女が目の前にいるので。
「あの………元気に見えるんだけど?」
「空元気なのです。マナはすっからかんでもう法術を使う気力もないのです」
おずおずと聞いてくる光に、コサックダンスに切り替えた幼女は、うまく足踏みできずにコロンと転がり、寝っ転がりながら堂々と言い切った。その姿は玩具を買ってと駄々をこねて寝っ転がる幼女にしか見えない。
普通ならば嘘でしょうとツッコミが入る所だが、なまじ祓い師として修行を積んできた光たちは転移の法術が超高位法術であり、膨大なマナを使うことを知っているので、そうなのかなと口を噤む。俺なら蹴っ飛ばして嘘だろうとツッコむが、常識が邪魔をしてしまった模様。どう見てもあからさまに嘘なのに。
「うぉぉ! 僕はそっちに行きたいです! なんでいつもいつも僕を仲間外れにするんですか? 僕が美少女を彼女にしたからですか? この間、遂に恋人繋ぎをしてデートしたからですか? 妬みですね?」
ニョっと頭を扉から突き出して、トニーが泣きそうな顔で自慢げに口元を歪めるという器用なことをしながら叫ぶ。
「あたちの最後の力を振り絞るのです。ウォォォォ」
どこかでなにかの鳴き声がするが気のせいだと俺は欠伸をして、ハクはマナで作った白い煉瓦をトニーの顔へと全力で投げつけていた。ウォォと幼女は叫んで何個も投擲していた。君、マナが枯渇した設定だろ。暫くトニーの悲鳴と肉を叩くような音がしたりするのであった。
そうしてトニーの声が止み頭が引っ込むと、シュウが声をかけてくる。
「そちらの皆さん、私は神凪シュウと申します。こちらは安全です。食糧もありますので今からそちらに運びます。それと……できれば幼い子供はこちらに送った方が良いかと。信用できないのはわかりますので、強くは言いませんが」
真摯な声音でのシュウのセリフ。そして段ボール箱が扉を潜り抜けて送り込まれる。近くの人が開くと、そこにはじゃが芋がぎっしりと詰まっており、皆は仰天した。
「こんなにじゃが芋があるなんて!」
ひょいと月が箱の中のじゃが芋を取り上げて見定める。皮は変色しておらず新鮮そうで、芽も生えていない。続いて送り込まれたのは米俵で、やはり米粒がぎっしりと詰まっていた。
「食糧に困っていないのか……それに、強力な祓い師たちを揃えているという訳か……」
田中父は俺をちらりと見て、ハクへと視線を移し、最後に送られてきた食糧を見つめて、困ったように唸る。気持ちはわかる。どうすれば良いかと悩んでいるのだろう。
このまま食糧を受け取るのが一番不安はない。だが、ここは危険な魔界だ。安全そうに見える扉向こうに子供たちだけでも避難させたい。だが本当に大丈夫なのだろうかと、不安と安全がせめぎあい迷っているのだ。
周りを見ると、母親にしがみつきながら、数人の小さな子供たちが段ボール箱を輝くような瞳で、見つめていた。痩せているので、お腹を空かせているのだろう。
パンパンと俺は手を叩き、皆の注目を集める。何だ何だと考えるのをやめて見てくる田中父たちに、俺はニコリと微笑み慈愛の心を込めて告げる。
「まずはお腹を空かせている子供たちに食べさせましょう、蒸し芋が良いでしょうか? 考えるのは後でも良いのでは?」
お腹の空かせた子供を放置したらいけないよね。可哀想だろ。俺の心のこもった微笑みに心を打たれたのか、僅かに後退ると、コクコクと頷く皆であった。
そうして、皆は久しぶりにお腹いっぱいにご飯にありつけることとなった。どこでもボス扉から大量の食糧をお手伝いの幼女天使たちが持ってきて、調理することとなったのだ。
ハクを心配したスエルタが子猫のように狭い扉を潜り抜けたのは驚いたけどね。猫の妖怪なのかな?シスコンパワー恐るべしである。
扉から子供たちだけでも避難させるのは、話し合いの結果保留となった。やはりイーストワン側が本当に安全か不安らしい。
「イーストワンは安全です。ウルゴス神の庇護下のもと、楽園のように安全に皆は幸せな笑顔を浮かべて暮らしています。なので、子供たちだけでも、楽園に避難させた方が良いと思いますよ?」
と、俺が皆へと大神官スマイルにて説得した。慈愛の籠もった聖人冬衣さんだ。皆はそれを見て、安心してイーストワンに子供たちを避難させることにした。そして、シュウたちは俺の活躍を見て、ますます信頼してくれるのだった。
そうなる予定でした。
「………あんたが強いのは娘から聞いた。支援として大量の食糧も送ってもらい感謝の言葉もない。だが、イーストワンは都心にあるんだろ? 俺たちも将来的にそこに移動するから、もう少し様子を見させてほしい」
田中父は苦々しい顔で断ってきた。なぜか避難民の皆も同じようにこくこくと頷き同意してきた。
解せぬ。
という訳で、聖人冬衣の信頼度大幅アップ作戦は失敗した。頑張って説得したんだけど、リムは料理をつまみ食いしているし、ハクは子供たちを集めて、幼女踊り隊を結成し始めたので、きっと俺の仲魔の行動から不信感を持ってしまったに違いない。きっとそうだよ、俺は結構頑張ったのに。
「シュウさんたちは、まともそうですので会話と協議を続けたいと思いますわ」
「そうね。あの人たちなら私も名前は聞いたことがあるぐらい有名だし」
言外にリムやハクはまともではないと非難する雲母。月も同意して、シュウたちと会話を続ける模様。シュウは祓い師の中では有名人らしいので仕方ないか。やはり俺だけまともでも信用はされないのね。
がっかりだよと項垂れるおっさんだが、一番警戒されているとは考えてもいない自覚ゼロの出雲であった。
なので、とりあえずはご飯作りである。今までは電気は使えたとはいえ、料理はそこまでできなかったらしい。綺麗な水も貴重なようで、あまりお風呂とかにも入ってこなかったのだ。そのため、外よりは涼しいが、それでも蒸し暑いシェルター内は、湿気と暑さ、そして人々の体臭により地獄のようになっていた。
「それじゃ料理前にお風呂のお湯も用意します。それに水も補給しましょう」
「そうじゃな。妾に任せるが良い」
指の間にピッと符を挟み、フフンとリムが符術を使用する。貯水用のポリタンクに符を貼るとピカリと光る。
「えぇっ! 水で一杯になったよ!」
何をするのかと見ていた光たちが驚きの声をあげる。リムはなんともなさそうに、平然な表情で髪をかきあげてフフッと微笑む。
「『永遠湧水』の符術じゃ。符が破られるまで永遠にそのポリタンクは水が湧き続ける」
符術レベル6になった悪魔王は、永遠効果の符を作ることができるようになった。とはいえ、符自体が劣化するので本当は永遠にはならないが。
「櫛灘さんは符術の天才なのですね。ここまで素晴らしい符術は初めて見ました」
「まぁ、大したことはないかの。妾にとっては欠伸をしながらでもできる簡単な術じゃ」
つまらなそうに答えるリムに月たちは尊敬の視線を向ける。そして、俺にはリムが隠している悪魔の尻尾がぶんぶんと勢いよく振っているのが見えていた。平然そうなふりをして、その実、物凄く嬉しそうだ。
わかる、わかるよ。リムっていまいち影が薄いもんな。スタイル抜群のエロい小悪魔なのに。
なので、活躍する場面ができて嬉しいのだろう。スキップしながら、シェルターの保護のために防護隠蔽の符を設置しに行った。頑張ってくれ、リムさんや。
「むふーっ、お米が炊けた」
「カレールーもできたよっ!」
スエルタが率先して料理作りを手伝い、生存者のおばちゃんたちが寸胴鍋に作ったカレールーを見せる。なみなみとたっぷり入っている。スパイスはルーを作るのに少量で良いので、栽培が楽なんだよね。なので、大量に栽培してイーストワンに配っているのだ。
「わっ、やった!」
「カレーだぁ!」
子供たちがぴょんとジャンプして喜びで顔を輝かせるとお皿を手にして行列に並ぶ。大人たちも久しぶりのカレーだと喜びながら並ぶ。
「美味しいっ」
熱々のカレーをスプーンで掬うと、子供たちはパクリと頬張る。口の中に広がる久しぶりのカレーに満面の笑顔となり、夢中で食べ始める。
最近は乾パンがメインで、たまに温かい食べ物を食べることができても、ほんの少しだ。今日はお腹いっぱいに食べても良いと言われているので、スプーンの動きが止まることはなかった。
大人たちも久しぶりのカレーに涙を浮かべる人もいて、ようやく救助隊が来たと安堵するのであった。
「さて、ここは大丈夫そうですし、ここを拠点として他の方々を救済に行きますか」
カレーをタッパーに入れて持っていこうかなと、出雲はふふふとアホな作戦を考えるのであった。
やはり悪魔を作るごとにアホ化が進んでいると思われるおっさんだった。




