100話 困窮した拠点は助けてあげるのじゃ
怒鳴る男はつばを飛ばして、俺を睨みつけてくる。その目つきは怪しい営業マンか、カルト宗教に誘う狂信者を見るものだ。とっても失礼な男だと言えよう。俺は怒っても良いよね?
「お主、たまには鏡を見た方が良いぞ?」
ジト目のリムさん、まさかの味方の裏切りである。俺のどこらへんが変なの? 頑張って笑顔を見せたんだよ?
おっさんの渾身の笑顔は胡散臭いどころか、詐欺師にしか見えなかったが、自覚はないためにますます笑顔を頑張ろうと出雲は誓う。誓わないほうがマシな可能性が高いが、本人は全力の笑顔が怪しいと思わないので誓うのであった。
「えっと、この人は胡散臭い人に見えるけど、良い人だよ、たぶん?」
フォローをするなら、最後は疑問系にしないで欲しいよ光ちゃん。
コテンと首を傾げて疑問系の光だが、焦ったようにワタワタと手を振り、男を紹介してくれる。
「お父さんです。田中一郎って言う名前だよ」
「そうですか、お父上だったんですね」
「私の父親は後ろに立っている人で、佐藤一郎と言います」
「最後、私の父親は鈴木一郎ですわ」
「ちなみに奥にいるお母さんたちは皆名前が花子なんだ! 珍しいでしょ?」
なぜキラキラネームにしたか悟ってしまった。実にどうでも良いことを悟ってしまった。
でも両親は生き残っていたのねと安堵したよ。子供を食糧の探索に向かわすのはどうかと思うんだけど。俺の非難の目には気づかないようで、田中たちは険しい顔で光たちに近づくとゴチンと拳を光たちに落とす。
「バッキャロー! また勝手に食糧を探しに行ってたな? 命を落としたらどうしやがる!」
「ご、ごめんなさいっ! でも、食べ物を集めないと餓死しちゃうよっ!」
「まだ余裕はあると言っただろ!」
「叔父さん、大人たちが一食抜いて、余裕があるとは言わないと思います」
額に青筋をたてて激昂して、娘たちを説教し始める田中父たち。光は素直に謝り、月と雲母は反論する。なるほど、この会話だけで色々と読めてくるね。
「自己犠牲精神をどこで使うかというところじゃの」
「だな。安全に空きっ腹を抱えて生存者を養うか、命の危険を省みず、外の探索を行うか。半年以上経過して救援が来るとは思えないから、俺は外の探索に一票」
俺をそっちのけで、ギャーギャーと怒鳴り合う親子を見ながら、リムと話し合う。たしかに安全策を取れば田中父の言うとおりなんだけどね。その場合は俺に出会うことなく餓死していたか、悪魔には魂を売ることになっていただろう。結果論だけどね。
ひとしきり怒鳴り合い、話が平行線になったことで、集団は話をやめて俺に向き直る。
「あんた、いや、娘たちを助けてくれたらしいな。ありがとう」
どうやら光たちは怒鳴り合いながらも、俺の説明をしてくれた模様。素直に田中父たちは俺の前に並び頭を下げてきた。その目は疑いの眼だが、それでも娘たちの命を助けてくれた恩人なので、お礼を言ってきたのだ。なかなかできる人たちである。もっとできれば、ニコニコと内心を隠して笑顔で迎え入れるんだけどね。
「私はウルゴス神にお仕えする大神官です。人々を助けるのは当たり前の話です」
「ありがとう、冬衣さん! こっち来て、中を案内するよ」
元気な光は、物怖じすることなく俺の手を掴んで先に進む。苦々しい顔になるが止めることはなく、田中父たちも後から続き、シェルター内に入る。
おいおい、待ってくれよと、内心でこのシチュエーションは遊園地で娘に急かされる親の気分を感じながら続く。実に哀しい思いをする独身のおっさん出雲。こういう時に結婚して子供が欲しくなるなぁとか思っていた。
通路は狭かった。横幅3メートル程度の狭さだ。魔王との戦闘で消えてなくなったイーストワンの地下と同じく、コンクリート製の通路だ。天井には鉄網に覆われた蛍光灯がポツポツと備わっており、完全に通路を照らすことはできないようで仄暗い。
通路脇には扉がいくつもあり、全て金属製だ。分厚そうな金属製の扉なので、シェルターであるために作られたと理解できるが、表面には赤錆が浮いており、床も泥塗れ。哀しい空気を、絶望の空気を醸し出している。
ギィ、ギィと錆びた音を立てて金属製の扉が細く開くと、やはりザンバラ髪の汚れた人々が顔を覗かせる。疲れ切った顔で、希望の見えない表情を浮かべて恐る恐るとカツンカツンと足音を立てて歩くおっさんたちを見て不思議そうに怪訝な目となっていた。
「誰だあれは?」
「わからねぇ」
「新しい避難民か?」
「また配給が減るの?」
その声は救助隊が来たのかと思うのではなく、新たな避難民ではないかという不安の声であった。
「良いことがなさそうですね」
穏やかなる笑みで、物怖じせずに俺の手を掴み、こっちこっちと人懐っこそうな笑みで案内する光へと声をかける。ピクリと光の顔が引きつるのはなぜだろうね。胡散臭い笑みはしていないはずなのに。
「詐欺師の作り笑いに見えておるのじゃ」
なんでだろう。不思議だね。幻聴が聞こえてきたのは、きっと疲れているからだろう。
後ろから苦虫を噛んだような顔で田中父たちが続く。そうしていくつかの角を曲がり暫く進むと、目的地に到着した。
「ここは食堂兼作戦室兼会議場ですっ!」
ジャジャーンと手を翳してエヘンと胸を張る光。そういや、この子達は栄養失調に近いのか痩せ細っているね。うん、なんでそう思ったのかは、光の頬を見てです。
数百人は入れる広い食堂はガランとしており、長テーブルとパイプ椅子が並び、ウォーターサーバーが片隅に何個か設置されているが全て空だ。カウンター越しに厨房が見えるが、誰もおらず静かなものである。静かな分、物寂しい。
他の避難民たちも部屋から出てきて、ぞろぞろと着いてきて、食堂に入る。やはり俺たちが気になるんだろう。俺とリムは綺麗な神官服だしね。リムはシスター服を改造してスリットを深くして、胸元を魅せるために、際どい切り込みを入れているけど。もはやシスター服には見えません。
「座ってください」
笑みを浮かべて、パイプ椅子へと座るように勧める光。やけに俺に懐いたね……とか思わないよ。
『頑張ってるな、この娘。俺の力を見て懐柔に走っているぞ』
明らかに媚びを売っている。わかりやすい程にわかりやすい。元気っ子に見えるけど、なかなか考えているよこの娘と、リムと思念でやり取りする。
『ふん、小娘じゃ。懐柔というのは手を繋ぐのでなく、腕を組んで胸を押し付けるのじゃ。そして、顔を赤らめてチラチラと男を上目遣いで見てくる。そうするくらいでないといけないかの』
『男は勘違いしやすい哀しい生き物だからなぁ』
肩をすくめて皮肉げに口端を歪めて椅子に大人しく座る。田中父たちも同様にテーブルを挟んで腰を落ち着けて、俺を睨んでくる。
ガタガタと周りの人々も座って、俺を注視してきて少し居心地が悪い。
「え〜と、水をお持ちしますね」
月が水を持ってこようとすると、周りの人々がその言葉にピクリと反応するのを肌で感じて苦笑いをしてしまう。お客様にお水をだすのも躊躇うレベルに困窮しているようだね。
「いえ、大丈夫です」
「ダイエットしてるのじゃ」
「水のカロリーはゼロです」
手をひらひらと振って、水を取りに行こうとする月を押しとどめて、アホなコントをしようとするリムをさり気なく小突く。ダイエットって、そんな言い訳をするアホがいるわけ無いだろ。
「それよりも、私は皆様にご挨拶の代わりと言ってはなんですが、ウルゴス神の奇跡をお見せしましょう」
まずはつかみをと、俺は少女が入っていた麻袋を取り出すと、中身は空ですねと、周りに見えるようにひらひらと振る。
手品師出雲。イリュージョンの時間だよ。
何をするのかと、皆が疑問に思う中で、俺は朗々と詠唱じみた祝詞を口にする。
「天地におわす神たるウルゴスよ。我が祈りの言葉を叶えたまえ。困窮せしこの者たちに恵みを与えたまえ」
純白のマナを手のひらから生み出して、キラキラと周りを神秘的に光らせながら、俺はこっそりと空間術を使う。
ここに来る前に覚えておいたスキルだ。レベル1なので、ろくな法術を使用できない。しかし、使える法術があるのだ。
その名前は『物転移』。手のひらサイズのものしか転移できないが、何回も使えば問題ない。
麻袋に自宅に仕舞ってある缶ジュースを転移させる。3本程度だが、きっと驚くはずと内心でふふふとほくそ笑む。その程度では本当に手品を使う詐欺師にしか見えないという可能性は考えていないおっさんである。
「はぁっ!」
勢いよく麻袋を振る。そしてコロンコロンと缶ジュースが麻袋から出てきた。
「とうっです」
コロンコロンと幼女も飛び出してきた。縫いぐるみのように小さな身体を丸めてテーブルの上でコロンコロンと転がり出てきた。
そうして、でんぐり返しもできるんだよと、ちっこいおててをテーブルにつけて、コロンコロンと転がった後に、ふんふんとプニプニほっぺを赤らめて得意げに周りを見る幼女のハク。
艷やかな青髪をなびかせて、パチクリおめめを輝かせて、フリルのついたドレスを着た紳士諸君が見惚れる幼女の登場である。
「おぉ〜、幼女が出てきた!」
何があるのだろうかと眺めていた人々が驚きの声をあげる。
「どうなっているのかしら?」
「手品……じゃないよな?」
缶ジュースよりもインパクトは抜群で、皆は思わず拍手をしてしまう。おっさんの缶ジュース転移よりも、幼女転移の方が驚くのは当たり前であった。
「な・ん・で、お前が来るんだよ?」
皆からぱちぱちと拍手されて、嬉しそうに何度もでんぐり返しを繰り返すハク。ふんふんと自慢げでその幼い行動に人々は癒やされるが、さっきまで逃げてただろ、お前?
「あたちを仲間外れにするのは駄目なのです。決めておいた場所へと帰還できる大地術『緊急避難』を使ったのですよ」
エヘンと胸を張るハクである。仲間外れは幼女的にNGなのですと鼻息荒く告げてくる。
「まぁまぁ、あたちの力なら缶ジュース3本とかしょぼい手品は必要ないのです」
さり気なく俺をディスって、ハクは手を振るう。マナを生み出して建物に侵食させていく。そうして自分の領域へと変えると、スカッと小さな指をスカスカと振る。たぶん鳴らしたいんだろう。
決め顔で指をスカスカと振るハク。法術はしっかりと発動して、コンクリートの床に扉が生えてくるのであった。
「このドアから食べ物を持ってくれば良いのです!」
「うん、避難させた方が早いね」
なんでこの幼女は俺の作戦を無にするんだろうと、遠い目をする出雲であった。




