10話 行きがけの駄賃はお小遣い
リム曰く。強力な悪魔は眷属を創る能力があるらしい。意図的ではなく、その周囲に強大なる魔力を撒き散らして影響を与える。そうして眷属を創造するのだとか。なるほどねぇ。
「しかし周囲にそこまで魔力を撒き散らしたら、疲れちゃうからの。範囲はそこまで広くないと言うわけじゃ」
俺の背中をとるように、へいへいと反復横飛びをする悪魔王をちらりと見て、ため息を吐きつつ、迫るスケルトンウォーリアを蹴り飛ばす。この悪魔王、先程のMPKがだいぶ痛かったらしい。常に俺を盾にする位置取りだ。
出雲の蹴りをスケルトンウォーリアたちは決まってバックラーで防ごうとするが、ステータスとスキルの差があるので、哀れそのまま力任せに吹き飛ばされて、地面へと叩きつけられ、砕け散り灰へと変わる。
「ここのボスもこいつぐらい弱ければ良いんだけど」
防御をしても、盾ごと叩き潰せるので、こいつらは。弱いのだ。いくら剣を振ろうとしても、俺の蹴りを条件反射的にバックラーで防ごうとする。なのでカモである。
経験値というか、魔力が2でなければだけど。たった2なんて悲しくなります。レベル制ならば、レベル上げに稼ぐんだけど、残念ながらスキル制である。そう願ったんだから仕方ないけどね。
「奇跡で基本レベル制を求めたら10億ポイント必要とかでたからな。叶えるつもりねーだろ」
舌打ちをしつつ、次に現れたスケルトンウォーリアの振り下ろすシミターの横腹を叩き、軌道をずらすとミドルキックを食らわす。その勢いのままに回転し、次々と現れるスケルトンウォーリアたちをコマのように回転しながら蹴り飛ばしていった。10億あったら、レベル上げしなくても、途轍もなく強くなってるよ、まったく。
「器用なものじゃ。スケルトンウォーリアでは相手にならないみたいじゃの」
「こいつらは、体幹が弱いからな。骨だけに軽すぎる」
角から現れるスケルトンウォーリアに、床を蹴り、跳躍し一瞬で間合いを詰める。敵が反応する前に、小刀をその骨だけの胴体に振るってみる。まるで、バターに熱したナイフを差し入れるように、敵の骨をあっさりと断ち切り、踏み込みを強くすると俺は次々と現れるスケルトンウォーリアを斬って倒す。
軽すぎるのだ。俺の攻撃を耐えきることができない。紙装甲ならぬ骨装甲なわけ。この部長からパクった小刀も信じられない切れ味だ。
「神具じゃな。最強の刀、天叢雲じゃ。かなりの神聖力を持ち、そんじょそこらの悪霊などサクッと倒せる刀であった。お主の部長とやらは日本最強での、その刀を使い、あらゆる災厄を倒してきたぞ」
「小刀なのに、凄かったのかこれ」
ありがとうございます、部長。私の形見だと大事にしてくれと渡してくれた物がそんなに凄かったなんて思わなかったです。
出雲はこの小刀は絶対に大切にしますと心に誓ったが、そんな過去はどこにもない。
「出雲は脱出する前に剥ぎ取っただけじゃろ」
「良い思い出にしておこうぜ。餓死させようとする上司よりも感動的じゃん」
おっさんは過去の記憶を都合の良い記憶に改竄できるのだよ。社会で生きる必須スキルであるからして。悪い記憶はデリートしておくのである。
酷い男じゃのとリムが見てくるがスルー。それよりも大事なことがあると思うんだ。
例えば、夜中の水道橋ドームとかな。日中に入ったことも数回しかないが、夜中に入るなんて貴重な体験だ。
しかも、スケルトンウォーリアの歓迎つきである。そう、出雲は後戻りをしていたりする。魔力感知で、スケルトンウォーリアのいた辺りをウロウロとしていたら、水道橋ドームに魔力反応があったのだ。しかもかなり強大な反応だ。リビングアーマーよりもその力は大きい。
「今度は頼むぜ。2人なら倒せるだろ?」
「倒せるかは、わからんが……主のギャンブル好きは理解できたの」
「文句あるなら、ポーションやマナポーションと天使薬返してくれ」
残りの奇跡ポイントをすべて使って、アイテムを整えたのだ。
『マナポーションレベル1:交換ポイント1万。マナを10回復させる』
マナポーション。ポーションよりも高価でやんの。まずは俺のマナを満タンにするために2本消費。お互いに切り札として1本ずつ。リムに天使薬とポーション3本を渡して、俺の手元には天使薬とポーション3本、マナポーション1本となったわけだ。残り奇跡ポイントは端数を抜けば、1000になった。それも筆ペンに交換したので、ゼロとなりました。
「出雲はゲームで躊躇いなくエリクサーを使うタイプじゃろ?」
「祈りの指輪やエルフの飲み薬は大量にカバンに入れていた。常に最大火力で突き進んでいったぜ」
「カジノ行きすぎじゃ」
ジト目の悪魔王だが、そういう仕様だったんだ。コインを序盤に稼いで最強装備にするのは基本だろ。
「そんなことよりも、今度は期待してるぞ? リビングアーマー戦はチュートリアルということで許すけど」
「もう何枚か書いといた。次はしっかりと符使いとして力を見せてやるからの」
符をひらひらと見せながら、得意げに鼻をふんすふんすと鳴らすリムだが本当に大丈夫なんだろうな。信じているからな。
ちらりと見えた符には、「ほのお」「こおり」とか、ひらがなで文字が書かれていたけど、信じているからな悪魔王。人間信じているからなと繰り返す時は大体信用はしていなかったりするが、そう思うしかないのだから仕方ない。使えなかったら悪魔王魚雷の出番を用意してやる。
水道橋ドーム。広大なグラウンドの真ん中にいるわけではなく、敵のボスはネット裏のVIP席にいると感知は教えてくれている。待ち構えているのとは少し違うぽいが。
カンカンと足音をたてながら出雲たちは広い通路を走る。スケルトンウォーリアやゾンビが大量にいると思いきや、50匹にも満たずしかも散発的なエンカウントなので、たいして苦戦はしていない。
フードコーナーのシャッターはもちろん閉まっており、お土産屋の棚は敷布で覆われている。日中なら5万人以上が出入りするドームであるが、ほとんど人はいない。というか出会うのは全て魔物だ。
「多分、出雲の行動が早すぎたんじゃ。きっと明日には大混乱が起きて、ここは避難所に指定されたはずだったろう。その時にここのボスが大虐殺をすれば、このドームは多くのアンデッドが守る死の神殿に変貌していたじゃろうて」
「そんな日は来ないと信じたいが、今はほとんど人がいないからな。敵も防衛する兵を用意はできなかったと」
納得だねと、またまた現れたスケルトンウォーリアに滑るように近づくと、再び蹴りをお見舞いする。パカンと音をたてて、スケルトンウォーリアはバラバラとなり灰へと変わっていった。
「アンデッドの強みは死を恐れないこと、痛覚がないこと、そして簡単に数を増やせるところかの」
「現実だと鼠算式に増えるから、危険な相手だよな。早目に行動すると三文の得だな」
たいした抵抗もなくVIP席の扉前に辿り着くと、壁に背をピタリと貼り付ける。絨毯敷の廊下に、壺などの調度品。セレブ御用達だなぁと、小市民な出雲は感動していたりする。
「気づいていると思うか?」
気を取り直してリムに尋ねると、何をわかりきったことをと返してくる。
「生命感知からは逃れられぬ。とっくに待ち構えているじゃろうて」
「だよなぁ」
コソコソと行動しても無駄だよなぁ。壁一枚挟んだ所には、魔力の固まりがいる。ここまで近ければ、どのような形かもわかるというものだ。杖を持ったスケルトン。多分そうだ。
部屋の中で杖をかざして、なんだか杖の先端に魔力を集めているけど。なんだかとっても嫌な予感がするんだけど。
「なぁ、俺って魔力吸収できるだろ? 魔法も通じないやつ?」
「魔法へと変換されているのは吸収不可能だと思うぞ。試してみてもよいがの」
「さよけ。魔法は吸収できないのか」
そういうことだろう。純粋なエネルギーである魔力は吸収できるが、加工された魔法は吸収できないと。そして魔力は変換されてもその大きさはわかるようで、杖の先端から生み出されて、5メートルくらいの球体に変化している。そして、壁越しでも暑さを感じます。暑さというか、熱さを。
「逃げるぞ!」
「了解じゃ!」
俺の言葉に、リムはすぐさま事態を理解して飛びついてくる。再びお姫様だっこをして、跳ねるようにその場を離れる。少しでもその行動が遅かったら大変なことになっていただろう。
重厚そうな扉は赤く熱せられると、燃え上がり中から飛んできた火球に呑み込まれていった。5メートル程の火球だ。太陽のような光を発し、床も天井も削り落とすように溶かしていき、壁すらも燃やして、一直線に飛んでいった。
「あれはお決まりの火球じゃないのか? 爆発しないし、形を保ったまま飛んでいったぞ!」
壁には穴が空き、火球はその勢いを衰えさせることもなく、ビーム砲でも通ったかのような穴を空けて飛んでいった。後にはガラス状に溶けたコンクリートと、火の粉を散らし燃えている雑貨だけとなる。
「妾も驚きじゃ。リッチの使用した魔法は『火球』のはず。だが、あれは『太陽球』とか名前をつけて良いぐらいの威力じゃな」
「感心している場合か! 出てきたぞ、おい!」
俺にしがみつきながら、ほほうと感心するリムへと怒鳴りながら、溶け落ちて穴だけとなった壁から現れる魔物を見て、出雲は焦る。
スケルトンウォーリアと同じ骨だが、金糸で刺繍され、意匠の凝った紫のローブを着込み、拳大のルビーが先端についている杖を手に持っている。スケルトンと違うのはその眼だ。洞穴のような闇があるのではなく、青白い炎が宿っており、恐怖を感じさせる佇まいだ。
「任せるのじゃ! 悪魔王アーイ! 決めた! やつの名前はリッチ。魔力による再生が得意なスケルトンじゃ。様々な魔法を使うので、注意じゃぞ」
「さっきから言ってただろ! 弱点はなんだ?」
「神聖力に弱いのじゃ。それと殴打、火炎にも弱いぞ!」
「知ってるよ! ゲームと同じじゃねぇか! それと降りろよな!」
「格闘スキルがないから回避できんのじゃ! お尻触っても良いから運んでくれ!」
アホな叫び声をあげて、リムが敵の正体を看板する。看破というか、既にわかっている内容である。弱点もまんまゲームと同じありふれたものだ。この悪魔王は本当に役に立つのかしらん。お尻よりも命の方がおっさんも大事なんだけど!
カタカタと歯を鳴らして、怨嗟の声をあげているのかと思いきや、リッチは杖を掲げる。黒い靄が杖に集まると、こちらへと向けて呪われた魔法を放った。
『死』
漆黒の光線が杖から放たれて、回避することもできずに出雲たちは死の魔法を受けるのであった。