〇。豆話 リリーの結婚式
港町のある宿屋街の中央広場
いつもはないテーブルと椅子が置かれ、色鮮やかな布で飾り付けされ、色とりどりの料理、酒が並んでいる。
本日はトマル=ラベリ、リリー=ブラントの結婚式である。
真夏を迎える前の澄んだ空に、白い雲が浮かんでいる。
とんとん、と優しく扉を叩く音が聞こえて控室のリリーは振り返った。
覗いたほっそりとした腕
深緑の上品なドレスに身を包むその人を
リリーは目を見開いて見つめた。
「……ソフィさん」
「本日はお招きありがとう。とってもおきれいだわ、リリーさん」
やわらかい声でそう言って、彼女は微笑む。
以前よりも穏やかで、しっとりと濡れたような雰囲気を身にまとった
友人、ソフィ=オズホーンがそこにいた。
姿かたちは最後に馬車を見送ったときのそれと同じである。
だが
だが……
大声で叫びそうになってリリーは息を止めた。
手をぐっと握る。
己の顔が真っ赤になっていることをリリーは自覚している。
はっきり言おう。友は、この4月の間にすさまじく
すさまじく、色っぽくなっていた。
派手になったわけではない。むしろ肌の露出の少ない落ち着いたデザインのドレスだ。
白い滑らかな肌、濡れたように光る唇、上品に結い上げられた美しいプラチナブロンド
大きな宝石も何も身に着けていない、既婚者らしい慎ましい上品な装いだというのに、彼女は
女のリリーですら直視するのがためらわれるほど、艶っぽく、匂い立つような色気に包まれていた。
……あの男……
くらりとめまいがしたような気がしてリリーは頭を押さえた。
あの、3級癒師
黒髪の真面目なかたちをしたあの男は
はっきり言って、ソフィのことが大好きである。
街を出て正式に籍を入れて4月。
夫となったあの男は、あの清楚で清純な彼女をここまでにしてしまうほどの男の愛を
どうやらたっぷり、たっぷりと
精魂込めて彼女に注いでくださったらしい。
「どうしたのリリーさん、具合が悪いの?」
心配そうに言う彼女の顔が、恥ずかしくてリリーは直視できない。
彼女がこんな姿で、街でまともな生活が送れるのか心配になる。
「……いいえ、ちょっとすごいものを見てしまって」
「なにかしら」
「いいえお気になさらないで。お幸せそうで何よりだわ、ソフィさん」
「あなたもよ、リリーさん。本当にお美しいわ」
今ちょっと何を言われても耳に入らない。
「本日は旦那様は?」
「外で待っているわ。お着換え中だったらいけないから」
「そう。本当に、遠くからいらしてくださってありがとう」
「当たり前だわ。あなたの結婚式ですもの」
ソフィが美しく微笑んだ。
「本当に良かった」
その目が潤んでいることに、リリーは気づく。
この人がいなければ今頃リリーは、ここに座ってはいない。
どこかの修道院で白い服をまとい、焼けただれた顔のまま神に祈りをささげていた事だろう。
過去の非道な行いを許し、その力を惜しげもなくリリーに分け与え
リリーがいちばんいたかった場所に、優しさと厳しさをもってリリーを戻してくれた。
リリーの大切な友達。
「泣いたら駄目よ。きれいなお顔が台無しになるわ」
化粧を崩さないよう優しく、やわらかなハンカチでリリーの目元を押さえてくれる。
口調は柔らかく、その手つきは優しい。
それが表面上のものではなく、内からにじみ出ているのがよくわかる。
こんな人が隣にいる男に
それを愛するなというほうが無理だ。
先ほど心のなかで罵倒した3級癒師に、リリーは詫びた。
仕方がないわクルト=オズホーン師
ただ、せめてもうちょっと
もうちょっとお控えになられた方がよろしいわと
彼女のため、また彼女の周りで日々悶絶しているだろう人々のために
あの真面目な顔の男にのちほど釘を刺しておくことにしようと、リリーは決意していた。
フラグきっちり全回収




