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7 女たち

「ソフィ! 王宮からの回答がきたぞ!」


 ちょうど母と新種の茶の味見をしているとところに、父がバーンと飛び込んできた。


 ソフィの『皮一枚治せる才』が形になったことを、念のため王宮に報告したほうがいいという母の言葉に、父と二人で首をひねりながら上申書を出してから1月ほど

 ようやく返ってきた返事に、給仕をしていたマーサを含め一同はドキドキしながら身を乗り出す。

 

『ユーハン=オルゾン様


 先日はご息女ソフィ=オルゾン様の魔術の才につき近況のご報告を頂戴し誠にありがとうございました。

 厳正なる選考の結果、今回は当家癒師としての採用を見合わせていただく結果となりました。

 ご希望に添えず誠に恐縮ではございますが、何卒ご了承賜りますよう御願い申し上げます。

 オルゾン様の今後のより一層のご活躍をお祈りいたしております。この度は本当にありがとうございました。 』

 

「まさかのお祈りメールだわ!?」

「なんだねそれは?」


 ユーハンが不思議そうにつぶやく。


「つまりソフィは王宮に行かなくてよいということだな?」

「ええ、あら?」


 ぴらりと一回り小さな紙が落ちた。

 お祈りメールの簡素なそれとは違う、上質な手触りの便箋である。


『なお、ご息女の魔術はしわを消せるかを別途ご報告されたし。連絡先は下記の通り』

「……」

 

 なんだろう、美しい筆跡に何か執念のようなものを感じる短い文である。


「……どうなんだソフィ」

「試したことがありませんわ」

「そうか……うむ、マーサ」

「はい」

「そのしわはいつ頃……どこから?」


 ぎろりとマーサが夜叉のような顔で父を睨んだ。


「気が付いたら寄っておりました。旦那様はズボンのしわの数を数えておいでで?」

「おおそうかそうだよなそうだそうだ。さてソフィどうだどうだ」

「やってみるわ。マーサ、失礼するわね」


 マーサの眉間に手をかざす


『いたいのいたいのとんでいけ』


 ピーンと伸ばすイメージで


『とおくのおやまにとんでいけ』


 そっと目を開ける。

 マーサの眉間の深いしわは……

 変わっていない。

 相変わらず深い。


 だめだわ……と肩を落とすソフィを父が慰めようとする。


「マーサのはあまりにもに壊滅的に谷のように深すぎるんじゃないのか? 試しにシェルロッタの目じりのしわでもう一度……」

「ユーハン!!!」


 雷のように響いた母の声に固まり、ぎくりぎくりと振り向く父

 眉間のしわを谷のように深め父を睨みつけるマーサの横で、にっこりと母は笑った。

 すさまじい笑顔だった。


「ほんのわずかな線でございますわ」

「お……おう……ソフィ、シェルロッタのそのなんだ、ほんのわずかな線でもう一回試してごらん」

「はい……ちなみにお母様そのし……ほんのわずかな線はいつ頃から……」

「ソフィ」


 氷のような声であった。


「あなたはあたためたミルクにいつ膜が張り出すかお分かりになって?」

「あ、はい気づいたらいつの間にかです」


 ふう、と息をつき、今度は母の目じりのし……ほんのわずかな線にソフィは手をかざす。


『いたいのいたいのとんでいけ』


 ピーン、だ

 ピーンのイメージだ


『とおくのおやまにとんでいけ』


 恐る恐る目を開ける

 ほんのわずかな線は

 変わらずにほんのわずかなままそこにあった。

 はあ、と手鏡で確認した母が悲しげにため息をつく。

 美しい母でもやはり気にしてはいるらしい。


「残念だけど仕方がないわね」

「ええ。私の力はおそらく、その人の本来の肌にはあるべきでないものを、ただ取り除くだけなのです」

 レイモンドの腕は周りの日焼けした肌と同じ色だった。

 シルバーの背もその歳にふさわしいわずかなたるみのある、黒々としたものだった。

 なぜだかはわからない。ソフィの魔術によって生まれるのは赤ちゃんのようなツルツルピカピカな新しい肌ではない。何もなければその人が持っているだろう肌が、そこに現れるのだ。


「それに、中から来るものは治せないわ」


 そっとソフィは自分の手の甲を撫でた。

 がさりとした感触は、前のままだ。


 この力で自分の肌を治せないか、当然ソフィは試した。

 ほんの一瞬表面のぼこぼこが去りきれいな肌が現れたものの、マーサとクレアと一緒に歓声を上げた次の瞬間にはまたぽつりと肌を食い破るものが生まれ、あっという間に元通りになってしまった。

 おかげでマーサが二度、喜びと悲しみに泣くはめになってしまった。

 体から出たマナが、補うために皮膚を喰らったような不思議な感覚もあった。

 おおもとはおそらく免疫機能の異常なのだ、とソフィは思う。

 症状の程度は違えど、前世の娘の皮膚炎と同じ。

 ソフィ自身に何らかのアレルギーがあり、不必要に過剰な免疫抗体反応が起き自身の肌を内から攻撃しているのだろう。

 何が原因か、食品か、ダニか、花粉か。それを突き止めない限り一番上の皮膚を治したところで、また自分自身に壊されて元通りになってしまう。

 よしよし、と父が落ち込むソフィの背を撫でた。


「では王宮にはそのように報告しよう」

「ええ、残念ですけど逆によろしかったと思いますわ」

「えっ」


 目じりの線をなでていたシェルロッタがつぶやく。


「しわを治せるようであればソフィは、王宮で王族と貴族のしわ伸ばし役として魔力尽き死ぬまで拘束されたことでしょう」

「そんなまさか。たかがしわのために」


 ははは、と父が笑う。


「ユーハン」

「はいッ」

「女の美への執着を、お舐めになってはいけませんわ」


 これは一国が傾くたぐいの執念ですのよと母は続け

 その迫力に父とソフィは手を取り合ってブルブルと震えた。

 

「さて、何はともあれこれで面倒な手続きは終わったわソフィ。正しく報告し、相手から断られたという既成事実もできました」

「はい」

「1階南側のゲストルームをあなたに預けます。あそこは小さな部屋だけど、明るくて居心地がいいわ」


 ぱっとソフィの顔が輝いた。

 にっこりと母は笑う。


「存分におやりなさい」

 


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