69 ある国の港街にて
池のほとりに建つ揚げ物がうまい大衆食堂で
亜人の男が揚げたての肉に上機嫌でかじりついている。
不思議なことにこの食堂にはひと席だけ天幕のかかった席があり
希望すればどんな身分の者でも、そこで姿を見せずにお忍びの食事が楽しめる。
店の表にはかつて亜人差別に使われた看板を二つに割って逆さまにした、『誰でもどうぞ』の看板が下がって風に揺れている。
明るい陽光の中で、情熱的なダンサーが踊っている。
かつて下品なものと決めつけられていたダンスは、今や一般的な芸術として受け入れられ
その道の第一人者となった赤毛のダンサーは、生涯独身を貫いた。
『あたしは舞台の上で踊りながら死にたい』という名言を残したこの女性は
息子夫婦と孫に看取られて、穏やかに床の上で微笑みながらその情熱的な人生を閉じた。
港の宿屋にひときわ目を引く繊細で美しい建物がある。
斬新な数々のアイディアと、きめ細やかなもてなしで名を馳せたその歴史ある名館は
かの賢王、クロコダイル王国17代女王も深く愛したという。
かつて『捨て置かれた地』と呼ばれていた北の大地は
今や国の食糧庫として、その立場を確固たるものにしている。
寒い地でもよく育ち、盛大に実をつけるふかふかとしたイモと
よそでは真似できない絶妙な塩気の燻製肉の取り合わせは、この地の名産となっている。
男女を巻き込み一大ブームを巻き起こした男性名作家の作品が
実は女性の、一介のお針子の手によるものだったことが明らかになり人々を騒がせた。
『物語を編むのは男だけではない』と
雪崩を打つように多くの女性作家が現れた、そのきっかけとなった出来事であった。
王家直属の一級癒師として長く代々の王に仕えた伝説の癒師がいた。
彼は常に冷静で、広く人々の意見に耳を傾け
柔らかい言葉と低い穏やかな声で、易しく癒術を説いたという。
問いには即答を避け、一晩じっくり考えてから答えたというエピソードからは
彼のその慎重さ、思慮深い人柄が伝わってくる。
彼には深く愛した妻がいて
癒師を退いてからは北の国に別荘を構え
輝くオーロラを、妻とともに見上げていたという。
むかしむかし、かつてこの港町には
奇妙なサロンがあった。
奇妙な皮膚病にかかった『化物嬢』が
客の皮膚一枚を治してくれるという奇妙なサロンを
実際に目にしたものはほとんどいない。
りん、りん、りん
どこからか涼やかなベルの音が聞こえる気がするのは
海から吹きつける強い潮風の
きっと、いたずらなのであろう。
~化物嬢ソフィのサロン~ FIN
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