66 同窓セーブル=セルシェル
※ざまぁ(結果的に)回収回です。お嫌いな方はセーブル嬢が出てきたあたりでバックをお願いします。
「けっこんしきですよ~」
「けっこんんしきですよ~」
可愛らしい揃いの白い服を着た子供たちが、道行く人に紙を配りながら街を歩く。
「けっこんしきですよ~」
「癒師クルト=オズホーン様、オルゾン家ご長女ソフィ=オルゾン様のけっこんしきですよ~」
「おいしいものが食べ放題」
「おいしいお酒もありますよ」
「みなさまお誘いあわせのうえ」
「どうぞおきがるに、どなたでもご参加くださ~い」
先頭を歩くおかっぱの、水色の瞳の可愛らしい女の子は
大きい声を出しすぎで、お餅のようなつるつるの頬が真っ赤だ。
なんだなんだと人々は手渡された紙を見る。
その紙には結婚式の時間と場所、どなたでもおいでくださいという趣旨が
学のないものでもわかるようにだろう気遣いを持って丁寧に、ふり仮名をふって書かれていた。
会場
その入り口に、でかでかとした金色の
ワニの像が二体。
アニーに結婚式の招待状を出したものの
直前の招待に、やはり国務があり参加できない旨の返事が届いた。
その返事とともに送られてきたのが、これである。
左右のワニの尻尾をグルグル回し、同時に離せば
なんと二体のワニからは美しい音楽が
ハモりながら流れる、ワニ型巨大オルゴールであった。
「……」
オルゾン家の人々は何とも言えないうつろな目でそれを見た。
なんというか
こう
金と技術の無駄遣いを感じさせるたいへん立派な一品である。
アニーの文は
『ご結婚おめでとう、ソフィ。式に参加できず、本当に残念に思います。父がこの伝統あるめでたいどうしようもないものを貴方に贈りたいと大変にうるさいためお贈りいたしますが、どうぞ到着次第ばらして黄金にお替えください。わたくしからは当家自慢の果物と、花をお送りいたします。父はまだまだ元気ですので、お約束を果たしていただくのはまだ先のこととなりそうです。ですがどうぞ、きっとお忘れにならないでね。
お相手は癒師とのこと。貴方の選んだお人ですから、わたくしはなんの心配もしておりません。機会があればお二人で我が国に遊びにいらして。歓迎するわ
太陽の国クロコダイル国王が娘 アニー=クロコダイル』
王女のものとは思えないほど砕けた文章でつづられていた。
そこにふふふと笑うあの鋭い牙がのぞいた気がして、ソフィはクスリと笑った。
コンコン、と、開いているはずの扉を叩く音がした。
振り返り、ソフィは微笑む。
ノックした男は振り返ったソフィを見て固まっていた。
「……」
男は無言で歩み寄る。
そっと震える大きな手が、白い手袋に包まれたソフィの手を取った。
「……こんな美しいものを、本当におれがもらってもいいのだろうか」
「おやめになる?」
「死んでも嫌だ」
夫は膝をつく。
そっとソフィの手を握る。
「ソフィ嬢、結婚してください」
「はい、喜んで」
夫が手の甲に口づけた。
目元をハンカチで抑えたシェルロッタ、マーサ
微笑むクレアとエマが、お似合いの新しい夫婦を見ていた。
「ずいぶん派手なパーティーね」
一般参加者用のテーブルに座ったセーブル嬢が、毛皮をなびかせてうんざりと言った。
ソフィ=オルゾンの結婚式
あの、化物ソフィ=オルゾンの
親なしのこどもから広告を奪い取るように受け取ったセーブル嬢は、にんまりとした。
どういうわけか先日婚約者が『君のような性悪とは結婚できない! 婚約を破棄する!』と
セーブルが過去にやってきた数々の行いを証拠付きで書面に記し、婚約破棄を申し込んできた。
過去のいじめ、いびりの数々が赤裸々に、人の証言と物的証拠をつけて明らかにされ、セーブルの父母は反論できず彼に口止め料まで払って婚約破棄に応じた。
どういうわけか最近パーティーにもお茶会にも呼ばれないセーブル嬢は、この式典を好機ととらえた。広告を見ればソフィ=オルゾンの相手は若い癒師だというし、新郎のお仲間や、ましてエリートの新郎自身がセーブルの新たな婚約者となるかもしれない。
だって相手はあの化物。セーブルの方が何倍も何十倍も、いや比べるまでもなく美しい。
間違いなく親の金で買った結婚だろう。相手だって化物との結婚が本音は嫌で嫌で、今すぐにでも逃げ出したいに違いない。
会場を皿や食器を持ってちょろちょろと走る、あの日広告を撒いていた親なしの子供たちをセーブルは眉を寄せて見た。
捨てられたゴミのようなこどもはこうしてこまこまと働かないとまともに飯も食えないのだ。
汚らしいドブネズミのようで、目に映るだけでうんざりする。
気を取り直して振り返り、セーブルは明るく同級生たちに声をかけた。
「あの化物、きっと最初から最後までベールを下ろしたままに違いないわ。ねえあなた、アナシアさん? 確か風の魔術が使えたわよね、あのショッボイの。あれであの女のベールをまくり上げてくださらない? きっと愉快でしてよ」
くすくすとセーブルは笑った。
学園時代は良く皆とこうやって楽しんだものだわとセーブルは愉快な日々を思い出した。
汚くて気持ち悪いあの女
勉強しかできないおぞましい化物
生きていること自体が恥のような生き物が、よくも人間の学園の門をくぐれたものだ。
あの女は何をやってもしぶとく教室に現れ、動じず、泣きもしなかった。
だからあの日は愉快だった
爽快だった。
泥を浴びて、害虫のように逃げ惑うことしかできないあのこっけいで醜い姿。
またあれができるのだと思うと、セーブルは楽しくてしょうがない。
「セリシアです。……恥ずかしくありませんの?セーブルさん」
「は?」
また一緒に楽しもうと思っていた元同級生からの予想もしていなかった回答に、セーブルはピタと動きを止めた。
見回せば、学生時代よりもだいぶ数の減った……結婚した者たちを引いた数人の元同級生が、氷のような目でセーブルを見ている。
「今何て?」
「恥ずかしいと言ったのよ、あなたを。いつまで学生気分の、お山の大将でおられるのかしら」
「は?」
言葉の意味が分からず首をひねるセーブルに、別の方からも声がした。
「あの方が学園をおやめになられて、あなた何もお感じになりませんでしたの?一度も?何一つ?」
「何を言っているのかわかりませんわ」
学園時代は一度も歯向かったことのない地味な元同級生たちが噛みついてくるのに、セーブルはイラっとした。
「あなた……お名前なんでしたっけ。誰に向かってものを言っておられるの?」
「あなたよ。セーブル=セルシェル様。わたくしは本日あの方のお幸せなお姿を見に来たの。当たり前だわ。自分たちがしたことで、人の人生が変わったのよ。聞けばあの方は、あれから4年もお屋敷に引き籠っていらしたというじゃない。わたくしたちのしたことが、なにもせずに見ていたことを含めて、あの方にそうさせたのよ。ご結婚と聞いて、よかったと、そう思って。お幸せなお顔を少しでも見られれば、自分の中の罪悪感が少しでも薄れるのではないかと、そんな考えを浅ましいと思いながらも来たというのに、あなたにはそんな思いすらひとかけらたりともございませんのね」
一人が言えば
「謝れればいいとは思ったけど、きっと彼女はわたくしたちなどに声をかけられたくないわ。お幸せに、お幸せにと願えれば、それでいいと思ってわたくしは参りました。こんなこと言える立場ではないけれど、はっきり言って気持ちが悪いわあなた。12歳の子供から少しも、頭が成長しておられないのね」
「あなたたち、何を言っているの? 相手はあの女、ただの化物よ?」
ぽかんとするセーブルを、心底気持ち悪そうに彼女たちは見た。
「こんな真ん中にいたら彼女に申し訳ないわ。端の方に行きましょう」
「そうしましょう」
そしてぞろぞろと
セーブルを残して彼女たちは消えていった。
「あらセーブルさん、ごきげんよう」
広いテーブルに呆然と一人で座っているセーブルに、やわらかな声がかかった。
顔を上げたセーブルはほっとした。
リリー=ブラント
セーブルに絶対逆らわない、扱いやすい女。
地味な顔なのになぜか男受けが良くて、グループに入れておけば何もしないでも男たちが寄ってきたから、貧乏人だが入れてやっていた女だ。
火傷をしたと風のうわさで聞いたが、見える限りはなにもない。
きっと服に隠れたどこかが醜くなっているのだと思いセーブルは愉快な気持ちになった。
すぐに男たちはこの女に優しくした。
いつもオドオド、弱者の振りをして人の機嫌をうかがうようにしているこの女が、セーブルはずっと大っ嫌いだった。
「リリーさんお久しぶり。ご一緒しませんこと?」
セーブルはにっこり笑った。
リリーもにっこり笑った。
「お断りします。わたくしは来賓席に呼ばれておりますので」
「は?」
「急いでトマル。もう始まるわ」
リリーが男を呼んだ。
真面目そうでつまらない顔立ちの男が、リリーの腰を優しく抱いた。
「今日は急いでって言ったのに」
「ごめん。どうしても相手をしなきゃいけないお客様だったから」
「お仕事ばっかりなんだから」
「君ほどではないよ、俺は」
「そうかしら」
思い切りセーブルの存在を無視して
二人は柔らかに、いちゃいちゃしていた。
「あんた、うちの常宿の息子よね? お得意様の娘に挨拶もなしで行くつもり?」
思わず大きい声が出た。
男は振り向く。
きっとすぐに這いつくばって謝罪をすると思ったセーブルの前で、男は気持ち悪いものを見るように眉を寄せた。
「常宿……ああ、よく備品を壊したり盗んだり、あとから宿代を半額に値切ったりしてくださるお得意様の、セルシェル家のお嬢様ですか」
「なんなのよその言いぐさは! もう客を斡旋しないようパパに言うこともできるのよ!?」
「あなた様のお父様には先日お伝えしたはずです。おたくの関係者は二度とうちの敷居を跨がないでくださいと。あなた様もどうぞ、リリーに二度と声をかけないでください」
「何を……」
「それと、偽毛皮を売りさばくような犯罪の話をするならぜひ他の場所で、もっと控えめな声でしていただけますか。私共の宿にはお役人様もよくお泊りですよ」
「……」
声を失うセーブルを一顧だにせず、二人は中央に消えていった。
「何なの……」
「お嬢様」
「今度は何!?」
屋敷の古参のメイドが人ごみから現れて、セーブルはヒステリックに怒鳴りつけた。
いつものろのろぐずぐずと動くこのしわだらけの汚い老人が、セーブルは大っ嫌いだった。
「先ほど屋敷にお調べが入りましてございます。偽毛皮売買のかどで旦那様と奥様は拘束、お屋敷のものすべてが、被害者への賠償金として差し押さえられております」
「は?」
何言ってんのこのばばあ、と思った。
白色ジャックの毛皮を白銀狼の毛皮と偽って売っていることは、セーブルも知っていた。
騙される方が悪いとパパは笑っていた。
ママも笑っていた。
その通りだとセーブルも笑っていた。
「とてもとても現在の資産で払い切れる金額ではございません。セルシェル家、破産にございます」
ハンカチで目を押さえるふりをして
さんざんいびりぬかれても行くところがなく勤め続けざるを得なかった老女が
にやり、と心底愉しそうに笑っていることに、セーブルは気づかない。
「なんで……」
『新郎新婦のご入場です』
ぺたりと地面に座るセーブルのはるか向こうに現れた
若い新郎新婦の一対の人形のような美しい姿に、会場が一瞬息を飲むように静まり帰り
やがて嵐のような歓声と指笛が沸いた。
「なんでよ」
あたたかな拍手が会場を揺らしている。
日の光に柔らかく浮き上がる美しい新郎と新婦が、歓声に向かって礼を返している。
「なんでよぉ!」
人の心を
知ろうとも、知りたいとも思わなかった
一度も思えなかった哀れな女は
それでもやはり何も理解できないまま、土の上に泣き崩れた。




