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化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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63 港街の癒院前

 白い建物の前で、きゃあきゃあと女の子たちが騒いでいる。


「ね、見えた?」

「全然見えない! 今日は奥にいらっしゃるのかしら」


 胸を強調したり、足を出したり

 それぞれ思い思いに『盛った』女子たちが、きゃあきゃあわいわいと騒いでいる。


「出てきたわよ!」


 女の子たちがざーっと一つの窓の前に集まった。

 熱い視線のその先には

 黒髪の若き癒師がいる。


 ほんの数月前彼がここに派遣され、街の目ざとい年頃の女の子たちはざわめいた。

 涼し気な瞳、低く冷静な声、彫刻のように動かない端正な顔立ち。

 そして胸の認識票は、折れていない。


『独身』『美形』『エリート』の三拍子を揃えた、いずれ憧れの王都に帰るというそのクールな癒師に、あわよくば声をかけられはしないかと

 癒院の前をうろつく女子たちは、日に日に増えている。


「こら! 帰れ! 治療の邪魔だ!」


 なかからバタンと出てきた院長に、女子たちはげえっという顔をした。


「エロじじいがきたわよ!」

「キャー」

「襲われる!」


「黙れクソガキども! 散れ! 散れ! お前らの家なんかわかってるんだぞ! 次来たらお前らのパパとママに一軒一軒回って告げ口するからな!」

「やだうざーい」

「きもーい」

「死ねばいいのに」

「言いすぎだぞ! 傷つくんだぞ!」

「きもーい」


 きゃあきゃあ言いながら女の子たちは癒院を離れた。


 わいわいしながら集団で歩いていると、前から少女がひとり歩いてきた。


 陽光に浮かぶほっそりとした華奢な手足

 低い位置で上品に結い上げられた、手入れの行き届いたプラチナブロンド。

 手足を覆うワンピースは美しい深い紺藍色で、一目で高級なものと知れる。

 露出が少ない中で唯一むき出しになった白いうなじのおくれ毛が女から見ても色っぽい。


 しんと静まり返っていた。

 皆の目がその少女を追っていた。


 抜けるように白い透明な肌

 優し気で賢そうなエメラルドの瞳は潤み

 頬はばら色に染まり、濡れたように光る唇は微笑みの形に上がっている。


 姿勢がいい

 指先まで揃う、ひとつひとつの所作が美しい


『品』というものをそこにいるだけで嫌味なく知らしめる


 月の光のような少女だった。


「――――……」


 少女たちは思わず道を譲った。

 彼女はそのまま軽やかな足取りで癒院に向かい

 受付に金属のプレートを示し、優しい声でこう告げた。


「クルト=オズホーンの婚約者、ソフィ=オルゾンと申します。本日はオズホーンに面会に参りました」


 そうして彼女は白い建物に消えていった。


「「「はあ……」」」


 何重にもため息が重なった。

 各々出していた胸をしまい、巻いて短くしていたスカートを下ろす。


「あ~あ……結局、ああいう子に持ってかれるのよね」

「ホンット、きれいな子って得。なにしたってきれいだもの」

「ああいう人も結局、『顔』で選ぶのかあ……」

「世の中って不公平だわ。見た目で苦労したことなんて一度もないのよ、あんな子は」


 あ~あ、とそれぞれ思うところのある場所を撫で、またため息をついた。


「うさばらしに甘いもの食べ行かない?」

「さんせーい!」


 また元気にきゃあきゃあわいわいと

 次の旦那候補を探しに遠ざかっていった。






 ソフィを見つめたまま、クルトの『上司』が絶句している。


「……婚約者」

「はい」

「あなた様が、間違いなく、このクルト=オズホーンの」

「はい」

「この鉄仮面の、人間検定10級の、彫刻よりも人間味がない男の」

「はい、おそらく」

「初日に上司に、院長に、『こんな傷を治すのにそんなに時間がかかるのか』とか言っちゃう常識知らずの」

「尊敬するお方を前にすると緊張してしまうたちでございまして。オズホーンが失礼を申しまして誠に申し訳ございません」


 ざわざわざわと


 院長室の前に人だかりができている。

 幸い今は緊急の患者はいないようで、皆が目を見開いて院長室を覗いている。


「お嬢さん」

「はい」

「目がお悪ければ治しますよ」

「ありがとうございます。おかげさまで遠くまでよく見えますわ」

「お前この方に何をしたクルト=オズホーン!」

「愛を伝えただけです。院長に教わったやり方で」


 淡々とクルトが答えた。


 ポッカーンと院長は口を開ける。


「やったの?」

「はい」

「白いスーツで?」

「はい」

「100本の薔薇持って?」

「はい。集めるのが大変でした」


 ポッカーンとしたまま院長がソフィを見た。


「受けたの!?」

「はい、謹んで」

「なんで!?」


 ソフィが頬を染めて恥ずかしそうに微笑んだ。


「わたくしもお慕いしておりましたので」


 ソフィとクルトが院長を挟んで目を合わせる。

 甘やかに見つめ合い

 ふふっと笑い合った。


「笑った……」

「笑うんだあの人」

「甘ーい……」

「ってか婚約者、きれい」

「後光が……後光が見える……」


 ざわざわざわ

 ギャラリーが揺れている。


 オズホーンの婚約者の少女が彼らを見た。

 すくみ上ったように彼らは固まった。


 彼女はすっと彼らに向き直り

 ぴんと背筋の伸びた丁寧な礼をした。


「いつもオズホーンが大変お世話になっております。至らない点が多くありたいそうご迷惑をおかけしているかと存じますが、残りの期間、改善できるところから改善して参る所存でございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 響いた、大きくないのに通る澄んだ声に

 男も女も、何故か赤くなった。



「そうか……アレはいけるのか」


 ぶつぶつと院長が何かを呟いている。


「クルト」

「はい」


 そっとクルトに歩み寄り、ソフィが耳打ちする。

 クルトがそれに合わせて長身をかがめる。


「今夜父が、式の打ち合わせも兼ねて夕飯に寄らないかって」

「わかった。仕事が終わったら君の家に行く」

「待ってる」


 クルトがソフィの目を覗き込んだ。


「夕飯のあとは君の寝室で本でも読もうか」

「ほかには何もしない?」

「それは約束しかねる」

「じゃあダメよ」


 皆には聞こえない小さな声で会話しながら

 またソフィが頬を染めてやわらかく微笑んだ。

 クルトがそんなソフィを愛おし気に、ちょっと色気のある顔で、優しく見ている。

 窓から差し込んだ、春の予感のする光が二人を包んでいる。


「綺麗……」


 そんな二人を、人々はポカーンと見ていた。


「案外に一周回って。うんそうか」


 同じ光に包まれながら、院長は一人でまだブツブツ言っている。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話のテンポが読んでいて気持ちいいです。 院長と若い子 院長とソフィ ソフィとクルト 読んでいてむふふとなります。 [一言] 若い子の描写も笑ってしまいました。 紺染さまのキャラ、モブ…
[良い点] ほとんど全てのページで泣いてしまいました。本を読みながら、ソフィに、お母様に、お父様に、リリーに、クルトに…全ての人に感情移入してしまいます。そして自分を見つめ直しました。本当に大好きです…
[良い点] なぜか院長のセリフが故 小三治師匠の声で再生されました。院長とソフィ、オズホーンとのやりとり、めっちゃ笑いました。 院長は小心者との事ですが、この人のおかげでオズホーンはソフィにハンカチを…
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