61 片割れ
※いちゃいちゃ注意
シェルロッタ後、婚約にテンションの上がりまくった癒師が出てきてすぐにいちゃつこうとします。
奴が苦手な方は出てきた瞬間にバックでお戻りください。
明日もオズホーン回なので、苦手な方は飛ばしてください。
よろしくお願いいたします。
「この色もよく映るわ」
ソフィのサロン
鏡を前に、シェルロッタがソフィに服を当てている。
着ないというのにユーハンがあっちでもこっちでも買ってきた色とりどりの服が、サロンを彩っている。
そのたくさんの中からどれを持っていこうか、二人して考えているところなのである。
「これは上品ね、デザインも古くないし、入れたほうがいいわ。こちらはどうかしら、既婚者には少し派手だから、やめておいたほうがいいわね。似合うから勿体ないけれど」
微笑みながら楽しそうにあれこれしている母を、ソフィは見つめた。
「お母様」
「マーサから聞きました。ある貴族の娘の話をソフィにしたと」
「……」
「マーサを責めません。あれは全てを捨てて娘に付き従った、侍女の物語でもあるのだから」
シェルロッタはたおやかに微笑み、美しい手つきで服を畳む。
「このサロンで、たくさんの人の話を聞いたのね、ソフィ」
「はい」
様々な人の人生が
喜びと、悲しみが
粒子のようにサロンの中を漂っている気がした。
母の美しい瞳がソフィを見つめる。
「わたくしは語りません、ソフィ。どこかの国の貴族の娘は、嵐の夜に海に落ちて死んだのだから。過去はすべて海の藻屑となり、ここにいるのはあなたの母、ユーハンの妻、シェルロッタ=オルゾンです」
「……はい」
「過去という亡霊は語ることで呼び覚まされることもあります。幸いにもかの家は既に代替わりをしておりますので、今後あなたに何かを為すようなことはないでしょう。だから、わたくしは語りません。これはあなたが背負うべきものではないからです」
「わかりました」
素直にソフィは頷いた。
人にはそれぞれ、物語がある。
それを語るか、胸に秘めるか
決めるのは自分自身だ。
よいしょと母がソファに腰かけた。
招かれ、横に座る。
「結婚は不安?ソフィ」
「……少しだけ。でも」
ソフィは頬を染めた。
「楽しみなの」
「それはよかった」
ふふふとシェルロッタは笑う。
「クルト様が好き?」
「はい」
ますます頬が赤くなるのを感じながら
ソフィはごまかさずに答えた。
「もう口づけはしたの?」
「してません」
「あら、お可哀そう。相当我慢なさっていらっしゃるわ」
母の指がソフィの顎に伸びた。
「ソフィ」
「はい」
「嘘のないひとを選んだわね。あなたを愛し、あなたが愛している人ならば、母は何も言いません。責任も、もう貴方と彼が持つべきものです。……結婚おめでとう」
母の指がやわらかくなった頬を撫でる。
「17年も苦労をさせて、ごめんなさい、ソフィ」
ほろほろと
母の目から涙が落ちた。
「美しい肌に産んでやれなかった母が、どれほどあなたは憎かったでしょう。それなのにあなたは一度たりともわたくしを責めなかった。ごめんなさいソフィ。ずっと、辛かったでしょう」
「……憎んだことなんて、一度もない」
ソフィの目からも涙が落ちた。
「お母様のほうが辛かったわ。お父様とお母様の美しいものを、なにひとつ継がずに生まれた子を、人から泥と石を投げつけられるような娘を、嫌いにならないでくれて、愛してくれて、いつも味方をしてくれて、ずっと、守ってくれてありがとう」
ぎゅうっと母を抱いた。
母も泣きながらソフィを抱いた。
差し込んだ日の光が、二人を照らしていた。
「ソフィ様、クルト=オズホーン様がお見えです」
「お通しして」
二人で泣いて、笑い合って、服を片付け終えた頃にエマの声がかかった。
「ソフィ嬢、失礼する」
少しだけ丸くなった四角い声とともに、扉が開いた。
シェルロッタがいるとは思わなかったのだろう。珍しく驚いたように足を止めた。
「ごきげんよう。ソフィの母、シェルロッタ=オルゾンでございます」
「ごきげんよう。先日はあまりご挨拶ができず申し訳ございませんでした。クルト=オズホーンです」
あのあとオズホーンは男たちにあの格好のままワッショイワッショイされ街中を練りまわったのち
酒場に連れていかれて朝まで離してもらえなかったらしい。
主犯のユーハンは二日酔いで、翌日ベッドから出てこなかった。
女たちは女たちでソフィのサロンで楽しく宴会をしたので、まあ、似たり寄ったりである。
「今ソフィと、新居に持ち込む服を選んでいたの。クルト様はこれまででお好みの服などおあり?」
「ソフィ様のですか」
「ええ」
オズホーンがきりりとした顔をする。
「残念ながらソフィ様を見るのに必死で、服まで見ておりませんでした」
「若いって素敵ね」
真顔で残念なことを言い切る男に、母は柔らかく笑った。
「では、邪魔者は退散いたしましょう。お茶を持たせたら誰も近づかないよう皆に言っておきますので、どうぞごゆっくり」
意味深に言い残し、パタンと扉を閉めていった。
密室
サロンのソファに横並びに座り、二人は茶を飲んでいる。
何故か体の右側がオズホーンに密着している。
静かな食器の音だけが、サロンに響いている。
「近くありませんこと?オズホーン様」
「問題ありません。そして君も間もなくオズホーンです、ソフィ嬢」
「そうですね……クルト様」
じっとクルトがソフィを見た。
左腕が伸びてきて、ソフィの腰に回される。
間近に瞳を覗き込まれる。
「もう一度」
「クルト」
ずいと耳を近づけられたので、その形のいい耳にソフィは囁くように言った。
「ク、ル、ト」
「くっ」
クルトが前かがみになって額を抑えた。
そのまましばし静止する。
「……弓は引けば引くほど力強く戻ることをご存じですね、ソフィ嬢」
「はい、存じております」
「おれは今大変引かれ伸びている。どうぞご覚悟を」
「まあこわい」
「初夜はまだか……」
「まだですわ」
くすくすとソフィは笑った。
この人をからかうのは、とても楽しい。
そっとソフィは男の短い髪を撫でた。
「……口づけなさりたい?」
バッとクルトが顔を上げる。
恐いほど真剣にソフィを見つめる。
ずいと顔が迫る。
ごくりと喉仏が動いた。
目が恐い。
「もちろんなさりたい。おそらく君が考えている百倍はなさりたがっている。……おれはあなたの婚約者ですね、ソフィ嬢」
「はい」
「そして口づけは愛する人にする」
「はい」
手を取られた。
これ以上ないほど、男の体が近寄る。
「愛しております」
「わたくしもです」
「よし何ら問題ない」
「ええ、唇だけならば」
鼻が当たりそうな距離で二人は見つめ合った。
「……唇だけですよ、クルト様。唇と、その中まで」
「……」
「それ以上はどうか、わたくしのために我慢なさってね。信じておりますわ」
目の前のクルトの黒曜石の瞳をじっと見つめてから、そっとソフィは目を閉じた。
男の唇は……
「だぁっ!」
結構遠くの方で
「唇だけで止まるわけがあるかああああぁ!」
別人のようになって何やら吠えていた。
本当に面白いわ、とソフィは思っていた。
してもよかったのに、とも思っていた。
「ご挨拶?」
「はい、上司があなたを連れてこい連れてこい連れてこい連れてこいとうるさいのです」
先ほどよりも少し間を取って
ソファの上で手をつないで、クルトが言った。
時折彼の骨っぽい指が動いて、ソフィの指をなぞるのがくすぐったい。
「結婚式にはお呼びになるのでしょう?」
「そのつもりでしたがもう存在自体がうざったいのでやっぱりやめようかなとも思っています」
「ひどい!」
結婚式
この国ではそれぞれの宗教によりまったく違う式を行うが、ソフィたちが企画しているのは『結婚パーティー』であった。
正式な結婚式は、王都に行ってから癒師団の作法にのっとって行う。
クルトいわく『葬式の方がまだ活気がある』という厳かな儀式で
飲んだり食べたりもなく、幾人かの立会人の前で、結婚の旨を述べるだけのものであるという。
婚姻の届けを出すのもこの日なので、クルトが伸びながら待ちに待っている『初夜』はこの日の夜ということになる。
これには友人も、親族すら、参加できない。
だから
この街を離れる前に、広場を借り切って
来賓と、街の人誰でもが参加できるパーティーを行うことにした。
裕福な商社などがよくやる手法で、酒や食べ物を街民に無償で提供し
『うちはこんなに豊かですよ!』と家の力と名前をアピールするものでもある。
ユーハンは大変に張り切っている。なんのことはない、彼は娘を盛大に見せびらかしたいのだ。
「その前に連れてこいとうるさいのです。初めは無視していましたが最近それしか言わなくなりいい加減面倒なので、一度来てくれないだろうか」
「わたくしなどが癒院に行って、お忙しい皆さまのご迷惑になりませんか?」
「あの男のほうが迷惑です。どうか黙らせていただきたい」
「わかりました」
彼の職場でこの人の婚約者を名乗ることが少し恥ずかしくて、でもうれしくて
ふふふとソフィは頬を染めて笑った。
ぴくんと男の指に力が入った。
手を取られた。
ちゅ、と手の甲にキスをされた。
黒い目がじっとソフィを見ている。
「なあに」
「今の笑った顔が可愛かったので我慢ができなくなった。手の甲で止められたおれの鋼のような理性に君は感謝すべきだ」
「あら、そんなことがわかるようになりましたの?」
初対面で『人の美醜はわからない』と言い切った男なのである。
「君以外は相変わらず肉と骨と皮だ。だが君はずっと可愛い」
「……へんなひと」
ふふふ、と笑ったらまたちゅっとされた。
「笑えなくなるわ」
「それも嫌だ。初夜はまだか」
「まだですわ」
「おれは伸びるぞ。本当に」
「どうぞ」
しぶしぶクルトが手を放し、胸元の認識票を割った。
「これはもう貴方がずっと持っていてください。癒院の入り口で見せれば、おれの妻か婚約者だとわかるので、中に入れます。癒師は胸元を見れば、既婚か未婚かがすぐにわかるようになっています」
「わかりました」
そっと受け取った。
優しくソフィはその表面を指で撫でる。
ソフィの指で、もう金属は汚れない。
じんと胸が熱くなった。
「今ならここに鎖を通して、直接首にかけられるわ。変な汁がつかないもの」
わずかに目を潤ませ頬を染めるソフィをクルトがじっと見る。
「おれの片割れがずっと直に君の肌であたためられるのか。うれしいことだ」
まじまじとソフィはクルトを見返した。
「クルト様性格変わっておられません?」
「男など肉と骨と皮と性欲でできています。おれ以外の男もです。しっかり覚えていてくださいソフィ嬢」
大真面目に彼は答える。
「わかりました覚えます。では婚約者のご希望にお答えして胸でじかにあたためておきますわ」
「おれは認識票になりたい」
「困った方」
ソフィが笑った。
笑うソフィを見てクルトも笑った。
微笑みを残し優しく見つめ合いながら、ソフィはふと思い出した。
「クルト様、もしよろしければなのですが」
「いいですよ」
「まだ言っていないわ。クルト様の」
「はい」
「ご両親のお話を聞かせていただけませんか。もしよろしければ、クルト様のお話も」




