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化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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57 じいさんを探せ2

 

「暇だよう」

「はしたない。そんなに足を出してはいけません」

「あたしにそれ言ってもしょうがないよ。おっぱいだして踊ってるんだよ」

「そういえばそうね」


 ソファに寝っ転がったイザドラがヒマヒマしている。


 おじいさん探しを始めて2日目

 昨日に続きイザドラがソフィのサロンに入り浸っている。


 今日は連れてきたアル君はまたシェルロッタに優しく取り上げられた。


 事情を聞いた母は


『そう』


 と穏やかに


『見つかるといいわね』


 他に言葉を足さずにアル君をよしよししていた。



「ソフィなんかお話ししてよう。暇だよう」


 お話ししないと踊っちゃうぞとイザドラが脅すので、ソフィは考えた。


 お話


 誰かに

 誰かにずっと聞いてほしかったソフィの話を


「イザドラさん」

「ん?」

「聞いていただける?」


 そうしてソフィは語り出した。


 生まれてからずっとこの見た目だったこと

 学園で起きたこと

 マティアス医師に恋をしたこと

 一度は死のうとしたこと

 突然自らに蘇った、『まり子』の記憶

 それが自分に与えた影響


 『まり子』の記憶がくれた強さが

 ここにきて急に、弱くなっている気がすること。


 ぱりんぱりんとお菓子を食べながら、さえぎることもなく彼女なりにとても真剣に、イザドラは聞いていた。


「じゃあ前にあたしに言ってくれてたのって」

「ええ、『まり子』の記憶の知識なの。ズルをしたみたいでごめんなさい」

「フーン」


 イザドラがじっと菓子の粉を見ながら何やら考えた。


「別にズルじゃないと思う。そっかぁ、だからなんかババ臭いんだね、ソフィは」

「ひどいわ」

「でもさぁ、関係ないじゃん」

「え?」


 イザドラは首をひねっている。


「『マリーカゥ』は病気で死んで、もう終わってて、ここにいるのはソフィだろ?」

「……ええ」


『まり子』は発音しにくいようで、ちょっとなまった。


「あのきれいなお母さんががんばって産んで、おっぱいをあげて、お父さんと可愛がって育てたソフィでしょ? 17歳でしょ? 産まれる前に別の人だったってのはよくわかんないけど、あんた以外もみんなそうかもしれないじゃん、覚えてないだけで。この街に生まれて大きくなって、一生懸命勉強して、怖い婆さんに礼儀を習ったのはあんた。サロンを開いてみんなを助けてるのもソフィ。関係ないじゃん。男に惚れて気持ちが弱くなるのなんて当たり前だよ。女の子なんだから」


 あたしなんか間違ってる?とまた首をひねった。


「……間違ってないわ」

「だからさ、そんなことより聞かせてよあんたの男の話」


 彼女は興味津々の瞳で身を乗り出した。


 そんなこと

 もう関係ないじゃん


 そうやってばっさり切り捨ててくれるイザドラだからこそ

 ソフィはこの話をできたのかもしれない。


「わたくしのじゃないわ」

「ねえどんな男? 見た目は?」


 さらに身を乗り出してイザドラが尋ねる。


「背が高くて、黒髪で、……とても整ったお顔をしていらっしゃるわ」


 先日頬が触れるほど目の前で見た男の顔が蘇る。


「何やってる人? 歳は?」

「癒師で、きっと20代の前半だと思う」


 いいじゃん!とイザドラが言った

 男の年齢も知らないことに、ソフィは今更気づいた。


「どこで会ったの? どんな話するの?」

「お仕事でサロンに来たの。……本のお話とか、あとは何かしら」


 よく考えてみると、そう何度も会話を交わしたわけではない。

 ちょっとした軽口を交わし、互いの魔術を掛け合って

 ただ少し、ほんの少し互いの時間を共有しただけだ。


「会う約束するの?」

「いいえ、本をお貸しして、それをあの方が返しにいらして」

「そんなの口実だよ。あんたに会いたいだけだろ」

「……そんなことないわ、本当に本がお好きなの」

「じゃあ両方好きなんだ。あんたは?いつから好きなの?」


 聞かれ、言葉に詰まった。


 いつから



 いったいいつからだっただろう




 彼はある日突然、前触れも文もなく、無遠慮に訪れた。


 いつも真面目な顔で、率直すぎる無神経な言葉で

 ソフィの気持ちなどお構いなしに

 いつもいつも、ソフィの心を揺さぶった。


 ソフィが強くあるために、一生懸命に押し込めて、隠して蓋しているものを

 遠慮もためらいもなく当たり前のように開けて、光の中に引きずり出した。


 はじめからなんとなく憎たらしくて

 なんとなく腹が立つ

 その声と

 その顔が


 今度はいつ扉の先から現れるだろうと、心待ちするようになったのはいつからだろう


 この場所に帰ってきてほしいと思った

 傷ついた背中を撫でたいと思った


 漆黒の目で見つめられることが

 その腕に抱かれることが

 耳元で聞く彼の声が、熱くかすれていることが


 震えるほどに嬉しいと思った。




 それは雷のように訪れるという


 それはしんしんと降り積もるという




 ソフィのものはどちらだったのだろう

 いつからだったのだろう

 わからない


 いつの間にか

 ソフィの心にはもう、彼に座っていてほしい椅子が置いてある。



「……告白された?」



『あなたが好きです、ソフィ嬢』


 あれが告白でなくて、なんであろう。

 カーッと顔を赤くしたソフィを、イザドラが覗き込む。


「されたんだ! すんごいなそいつ! なんて答えた!?」

「……あなたを汚したくないって」

「は?」

「……あなたが笑われたり、傷ついたりするのが嫌って」

「はあ?」

「あなたに化け物を見る目で見られたら死ぬって」


 言いながら、己の吐いた言葉を噛みしめる。


 ぽろぽろぽろ、と涙が出た。

 そう、ソフィはそう言ったのだ。

 真剣な言葉をくれたあの人に。


「帰って頭を冷やしてくれって、追い返したの」

「馬っ鹿じゃないの!?」


 言葉とともにばすんとクッションが飛んできた。


「馬鹿なの」


 ぽすんと投げ返した。


「馬ー鹿!」


 またばすんと飛んできた。


「そうなの、馬鹿なの!」


 投げ返そうとして手が止まり

 ぎゅっとクッションを抱きしめた。


 馬鹿だ

 馬鹿だ


 どうしてあんなことを言ったのだろう。


 あんなにも恐れたのだろう。


 欲しい言葉を、あの人はちゃんとソフィにくれたのに。


 えーんとソフィは泣いた。

 慌てて手を伸ばし、イザドラがソフィの背を撫でる。


「こわかったの。あの人が好きで、いつの間にか好きで、思っていたよりずっと好きで。いきなりで、びっくりして、怖くなったの! このひとから、今までみたいに、嫌われたり、気持ち悪がられる日が来たらどうしようって、耐えられなかったの!」

「……馬鹿だなぁ」


 ぎゅっと抱かれた。

 よしよしされた。


 そういえばイザドラはソフィよりもお姉さんなのであった。


「あんただけじゃない。みんなそうだよ。みんな怖いけど、好きな人のそばにいたいから勇気を出すんだよ。人の気持ちなんて簡単に変わっちゃうってわかってるのに。あんたの顔のこと、その人はなんて言ってるの?」

「……世界一、美しく思うって」


 うわーとイザドラが照れたように自分の顔を覆った。


「すごいこと言う男だね。うわー」


 ああ恥ずかしいとぱたぱた自分をあおいでいる。


「ソフィは自分に自信が持てないんだ」

「持てるわけないわ。ずっと汚くてぼこぼこで茶色くて、みんなから嫌われて泥を投げられて初恋の人に婚約ドン引きされたのよ。あなただって最初『ひっ!』って言ったわ」

「ごめんよ。ソフィのことを知らなかっただけなんだ」

 

 イザドラが眉を下げた。

 もう一度ぎゅっとソフィを抱きしめる。


「汁がつくわ」

「拭けばいいじゃん。ごめんね。あんたがつらいってこと、あたし自分のことでいっぱいでわからなかったんだ。でももう知ってるよソフィ。それでもあんたがおせっかいで、優しくて、あったかいこと」

「……」

「リリーだっけ、あの子もソフィを好きそうだった。あの門番さんだって、野菜屋さんだって、あんたを心配して親切にしてくれたじゃないか」

「……」

「あんたのしたことがみんなを助けて、助けられた人はあんたが好きになってるんだ。それはソフィがやったことだ。ソフィを好きな人はきっともっといっぱいいるはずだよ」

「でも……」

「でもって言うな」


 イザドラの目は真剣だった。

 小さい子供に物事を教えるように、ソフィを見据える。


「人をもっと信用しなよソフィ。そんなガキばっかじゃない。バカばっかじゃない。辛いことがあった人は、人が辛いのがちゃんとわかるよ。それじゃあその男が可哀そうだよ。ソフィに嫌なことをしたのはそいつじゃないだろ。もっと信じてあげなよ」


イザドラの目にも涙があった。


「『扉を開けろ』ってあんたが言ってくれたから、あたし開けられたんだ。ばばぁしか来なかったけど。でもだからあたしはまた夢を見れてる。もうきっと、絶対、アルを叩かない。あんたのおかげだよソフィ。あんただって、怖くったって、開けなきゃだめだよ。そいつは扉を叩いてるんだろう?好きなんだろう?入れてあげようよ」


 ぽとりとまた涙が落ちた。


 いつもまっすぐにソフィを見つめる漆黒の目は

 いつも真面目で、優しかった。


 いつでも目をそらすことなくソフィを見つめ

 誠実に、愛を伝えた。

 それなのに


「……追い返しちゃった」


 ソフィは泣いた。

 今更ながらに自分の行動の愚かさに気づき泣いた。


「謝りに行きなよ。急すぎてびっくりしちゃったけどホントはあたしも好きだよって言えばいいじゃん」


 きっと喜ぶよとあっけらかんとイザドラは言う。


「……許してくれるかしら」

「大丈夫だと思うけどなあ。ってかそいつもちょっと馬鹿だろ。……なんつーかアレだねその男」

「なあに」

「急に白いスーツに薔薇100本持ってプロポーズしてくるタイプだ」


 ブッとイザドラが噴き出した。


「……そんなの喜劇を通り越して悲劇だわ」


 涙を流しながらクスクスとソフィは笑った。


 古い古い物語にしか出てこない愛のプロポーズ


 この現代でそんなことをしたらもはやそれは愛の道化師である。


「これが終わったら、治っても治らなくても、行きなよソフィ。もちろん治ればいいと思うけど、相手がいいって言うなら別に今のままでもいいじゃないか。今度はあんたが勇気を出す番だ」

「……そうね……」


 オズホーンは勇気を出した。

 ソフィを抱きしめ愛を伝えた。


「……そうよね……」


 ソフィが愛を伝えたら

 彼は、喜んでくれるだろうか

 受け入れて、笑ってくれるだろうか



 治っても、治らなくても


 扉を開けよう

 伝えに行こう。

 今度はソフィの番だ。



「ソフィさん!」


 バターンと扉が開いた。

 振り向けばリリー、知らない男性、鬼のような顔で二人を止めようとするマーサ


「お連れしたわソフィさん! 薬売りのガンポー様よ!」


 リリーの横の男性――おそらく婚約者のトマルの背中に

 しなびたきゅうりのようなおじいさんが背負われていた。


 イザドラの描いた絵に、そっくりだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 治りますように ソフィが今まで他人にそうしてきたように ソフィも癒されますように
[良い点] さいっこうに面白いです!!!ここまで1話から一気に読み倒しました ソフィの最高な人柄と出会った人たちとの物語が、本当に素晴らしいです!心の琴線をバチバチ弾かれて私は今ボロ泣きです。 ガンポ…
[良い点] 「今日静か」の活動報告みて一言書かねばと…(笑) いつも楽しく拝見しております。今一番のお楽しみ。 明日の2回投稿に今からわくわくドキドキです。 [気になる点] オズホーン様はいかがお過…
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