50/77
50 【閑話】風
夜
サロンで本を読んでいたソフィは、外から小さな音がしたような気がして顔を上げた。
「……マーサ? クレア?」
そっと扉を開ける。
真っ暗な廊下には、誰もいない。
ぱたんと閉じ、本に戻った。
突然内容が頭に入らなくなり、ため息とともにそれを閉じた。
小さな布の袋から、蝋紙に包んだ金属のプレートを取り出す。
ランプの光を反射させるその飾り気のない金属に刻まれた
『3級癒師 クルト=オズホーン』の文字を指でなぞる。
表面が少し、汚れた。
きれいな布で、丁寧に拭う。
『ソフィ嬢、失礼する』
そんな声は
静かなサロンのどこからも、聞こえてはこなかった。
しんしんと夜は深まり
しんしんと冬が深まっていた。




