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化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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49 門番クロロ・ロム・ムクロ3

 突然テーブルを叩き大声を出したソフィに、クロが耳と尻尾をピーンと上げた。


「どうなさった」

「クロ様、殿方のサプライズで女性に喜ばれるのは高齢になってからのピンピンコロリだけですのよ」

「ぴんぴんころり」


 はて、と首をかしげる。


 ソフィは怒っていた。

 とても怒っていた。


 娘心も女心もわからぬ目の前の朴念仁にだ。


「どうして相談もなく勝手に消そうとするのです。これはクロ様とお嬢様の記憶です。思い出です。宝です。貴方が娘さんを愛した証拠です。貴方ひとりだけのものではございませんわ!」


 クロはポッカーンと口を開け、目を見開いている。

 きれいな牙だわとソフィは思った。


「帰ってお嬢様とお話をなさってください。お嬢様が『消してもいい』とおっしゃったらまたいらしてください。これを消すのは、人の日記や思い出の品を焼き捨てるようなものです。わたくし勝手な思い出つぶしの片棒は担げませんわ」

「休みがもうないんだ……月に二回だから」

「ではわたくしがお伺いしますわ」


 言いながらそっとクロの腹を撫でた。

 モフッとする。

 モフモフっとする。

 役得である。


「お嬢様の結婚でウエディングハイになるお気持ちもわかりますが、どうぞもう一度よくお考えになってください。もうここに、同じはげができることは一生ないのですよ」


 じーっとクロは考えている。

 このわからずや!とソフィはぷんすかする。


「クロ様、これは勲章です。小さな娘さんを、素敵な花嫁さんまで育て上げたお父様への、娘さんからの勲章です。どうか本日はお引き取りください。お返事はわたくし門に出向きますから、その際にお聞かせください。お嬢様とお話しになって、クロ様のお気持ちが変わらなければその場で治療を試みます」


 クロがほっとした顔をした。


「ありがとう」

「南の門ですか?北の門ですか?」

「北です」

「承知しました。3日後の正午にお伺いいたします」


 ぴこ、とクロの耳が動いた。

 ふふっとソフィは笑う。


「お耳は垂れていらっしゃるのですね。とても可愛らしいですわ」


 ああ、とクロは頭に手をやった。


「昔はピンとしてたんだが毎日兜をかぶるから曲がってしまった」

「耳のところに穴をあければよろしいのに」

「亜人のために支給品に手などかけられないさ」


 椅子に掛けていたハンカチを畳んだ。

 紳士的なしぐさだと思ったそれは、亜人が椅子に直接座ることを嫌がる人への配慮だったのだと気づいた。


「では、三日後に」

「はい、ご面倒ですが持ち場に突っ立っておりますので、話しかけにきていただけますか」

「承知しました。お昼休憩はありませんの?」

「門番が門を離れるわけにはまいりませんからな。休憩などございませんよ」


 そう言って笑うクロの顔の部分だけが、日に焼かれてだろうほかの場所よりも色が薄く、傷んでいることに気が付いた。


 お休みは月二回、休憩はなし

 暑い日も、寒い日も

 風の日も、雪の日も

 相棒とサラ婆とともに彼はじっと門の脇に立ち続けた。

 自らに怒ること、笑うことを封じ

 自由な冒険者から、娘を守るための番人になった男。



 遠ざかっていく大きな背中を見つめながら

 そっと彼と娘さんの幸せを願った。






「あら?」


 ザワザワザワ


 3日後、ソフィはマーサをお供に北門に向かった。


『一人で大丈夫なのに……』


 と言っても、マーサは聞き入れてくれなかった。


 妙に人が多い。

 皆口々に何かを噂し合い、興奮した面持ちをしている。


「何かしら」

「聞いてまいります」


 サッとマーサが駆け出し若者を捕まえた。

 フムフムと話を聞いて戻ってきたマーサが語るには


 北門に一般的な商人の馬車が現れた。

 必要な書類もしっかり準備していて、怪しげなところは何もなかったが

 確認を終え門を通ろうとする馬車に、普段銅像のように動かない門番の男が動き、叫んだ


『門を閉じよ!火薬のにおいがする。皆出会え!』


 馬を操る者がちっと舌打ちし、指笛を吹いた。

 荷車から数人の男たちが飛び出す。

 手にはそれぞれ火のついた黒いもの……爆弾を持っている。

 数個が投げられ門に、近くの地面に落ちた。

 いくつかが爆発した。地面がえぐられた。

 男どもはなお荷車から数個の爆弾を取り出し投げつけようとする。

 慌てふためく役人たち。腰を抜かした役人のひとりに向かって、男がまた爆弾を投げようとした。


 そのとき


 一迅の黒い風が吹いたのだという。


 カランカラン、と転がるのは門番が身に着けていたはずの甲冑と兜


 黒い嵐のようなものが、目にも止まらぬ速さで爆発の煙の中を駆けていった。


 そして土煙が収まったその場所に

 立っていたのはただ一人、見事な黒色の毛皮の亜人


『我こそは血塗られし(ブラッディ)(ブラック)金剛石(ダイヤモンズ)が前衛、神速の(カンムル)黒嵐(ブラックストリーム)、クロロ・ロム・ムクロなり!』


 太く迫力のある声が朗々と響く。


『まだやれるものがいるならかかってこい!この牙にかけて、この命にかけて、我が町に無法者は入れさせん!』


 ガオオーとほれぼれとするような声で吠えたのだという。



「クロさん途中から楽しくなっちゃってるじゃない!」

「領主の方針に反感をもつ過激派グループの一味だったそうで。犯人は皆傷もなく気絶しているだけで、一人のけが人もなかったそうでございます。門番の鑑、勲章物の行動と皆好意的に受け止めているようですよ」

「それならよかった」


 ほうっとソフィは息を吐いた。


 主役はどこにいるのかしらとあたりを見回すと、小屋の陰に動く黒いものが見えた。


 そっと近づくと、ぴくんと耳を上げて振り向く。


「クロ様」

「これはソフィ殿」

「大活躍と聞きましたわ」

「年寄りの冷や水でございます。何やら途中からちょっと楽しくなってしまいましてな」

「やっぱり」


 照れたようにクロが笑う。

 水を浴びたのだろう。きれいな毛皮がピカピカと光っている。


「この木……」


 老木が潰れたようにして折れている。

 折れて地面に横たわる枝の先から、さら、さらという音がした。


「幹にやつどもの爆弾が当たってしまいました。サラ婆さんに当たらなければ役人の小屋に向かっていったはずですから、あっぱれな殉職ということになりましょう」

「そう……」

「老い先短い老木です。街を守れて悔いなしと、思っていたと思うことにいたしましょう」

「ええ」


 しんみりとしている二人をよそに、マーサが折れた木の根元をじいっと見つめている。


「お嬢様」

「どうしたの」

「新芽が生えております」

「えっ」


 わたわたとクロといっしょに歩み寄った。

 折れた老木の根元に

 緑色の芽を持つ、柔らかな枝が生えている。


「なんとまあ」

「サラ坊でございますね」

「まったく、しぶとい婆さんだ」


 はっはっはとクロと笑い合いその場を離れようと歩んだソフィは、マーサがじっと新芽を見つめていることに気づいた。


 風が、マーサの白髪のほつれを揺らす。

 鉄の板を入れているようにピンと伸びているはずの彼女の背中が

 わずかに、わずかに曲がっていることにソフィは気づいた。


「……」


 どういうわけか声をかけられず、ソフィは静かにそこを離れクロに歩み寄った。


「勲章ものとお伺いしましたわ」

「どこまで本当か。亜人にそのようなものが出るとは思えません」

「そんな」

「それに」


 とん、とクロが腹を押さえる。


「勲章はもうございます。ご足労頂き誠に申し訳ありませんソフィ殿。このまま胸を張って結婚式に出ることにします」

「そうでしょう」


 にっこりとソフィは笑った。


「お嬢様はなんと」

「泣かれました」

「そうでしょうとも」


 うふふとソフィは笑う。


「お嬢様を泣かせた鈍感な悪いパパに、わたくしお仕置きして差し上げましょうかしら」

「ほう……?か弱い人間のお嬢様がこのクロロ・ロム・ムクロにでございますか?」


 にやりと牙を出し濡れた黒光りする胸をそらしてクロが笑った。


 ソフィはクロににじりより

 バッと目の前で『あたしのかんがえたかっこいいポーズ』を決めた。


「我こそは血塗られし(ブラッディ)(ブラック)金剛石(ダイヤモンズ)が前衛、神速の(カンムル)黒嵐(ブラックストリーム)、クロロ・ロム・ムクロなり!」

「あ゛ー!」


 顔を手で覆いぱたぱたくねくねとクロの尻尾が動く。

 バッとまた別のポーズを決めた。


血塗られし(ブラッディ)(ブラック)金剛石(ダイヤモンズ)が前衛、神速の(カンムル)黒嵐(ブラックストリーム)、クロロ・ロム・ムクロなり!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛ァー!」



 さら、さら、さら

 葉っぱが風になびき、歌うように響いた。










 後日シルバーでハゲ治しを試みた。

 ダメだったので広告に注意書きを増やすこととなった。



 失われた長い友達(ハゲ)は戻せません、と




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― 新着の感想 ―
[一言] 優しい優しい愛ですね。(涙)
[一言] 最&高、です!! 私もそのポーズ(しかも2種類w)みたーい!
[一言] とてもとても心温まる素敵なお話 そして大変面白くて何度も読み返しました。 スピンオフや新しいお話をお願いしたい 久しぶりに良いお話に巡り会いました。 ありがとう
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