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化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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44 ピエロのピエール1 ★10/22追加


『化粧を消してほしい (ピエール 60歳 男 道化師)』



 りん、りん、りん


 涼やかなベルの音のあと、扉が開いた。

 そこからお客様が現れるのを、ソフィは立って待っている。


「?」


 なかなか現れないお客様に、ソフィは首をひねった。


 と、軽快な音楽が流れ始めた。

 うきうきとするようなその音楽に、ソフィは思わず揺れる。


 シャボン玉がぶわっとサロンに満ちる。

 とりどりの色のボールがくるくると円を描いて宙を舞う。


 ぴ~ひょろろ、ぴーひょろろ

 ちゃっちゃら ちゃっちゃら ちゃんちゃんちゃん


『坊ちゃん嬢ちゃん寄っといで。楽しい楽しいショータイムの始まりだ。ピエロのピエール、ピエールピエロの時間だよ』


 カラフルな箱の取っ手を回し歌いながら、背の低い男性が現れた。

 顔を白く塗り、目の周り、口の周りに鮮やかな色を乗せて

 真っ赤でまん丸な鼻をつけたその姿は

 まさに、ピエロであった。


 ソフィの前まで来ると彼は音の出る箱を置き、ポケットから赤いハンカチを取り出した。


「はいお立合いお立合い。ここに何の変哲もないハンカチーフがございます」

「はいございますございます。なんの変哲もないハンカチーフでございます」


 手のひらを合わせ目を輝かせて、ソフィは合いの手を入れた。

 男は布を自分の拳に被せる。


「ワン」


 目玉を右に動かす


「ツー」


 左に動かす


「ピッエーーール!」


 彼の帽子の天井部分がパカッと開いてリボンが飛び出た。

 ハンカチをとったそこから

 バサバサバサッと白いハトが飛び出した。


「キャー!」


 ソフィ大興奮

 パチパチパチパチと一生懸命に拍手した。


 身を反らせて胸を張り、恭しく彼はお辞儀する。


「ピエロのピエール、ピエールピエロでございます。どうぞお見知りおきを」

「ソフィ=オルゾンと申します。素晴らしいものを見せていただきましてありがとうございます」


 興奮に頬を染めて、ソフィはピエールに椅子を勧めた。

 男は短い脚で伸びあがるようにしてそれに腰かけた。

 茶と菓子を勧めながら、ソフィもにこにこしながら腰を下ろす。


「なんて愉快で、楽しいのでしょう。子供たちは大喜びではございませんか?」

「ええ、大喜びでございました。昔は」


 ピエールはティーカップを口に運んだ。

 ハトはサロンを飛んでいる。


「昔は、でございますよお嬢さん」


 そうしてピエールは語りだした。




 ピエールがピエロになったのは、6歳の頃

 生まれた頃から両親はおらず、ピエール坊は祖父に育てられた。

 この祖父が昔ながらの道化師で、定番の服、化粧で

 無音の滑稽な動き、ドジな仕草で人々を笑わせた。


 ピエールは祖父を尊敬していた。

 共に街々を回りながら、旅芸人として育った。


「それまでは祖父を手伝いながら、祖父の姿をただただ面白い、面白いと思って見ておりました。あんなに愉快で楽しそうなのだ。やる側になったらきっともっと愉快で楽しいに違いないと」

「はい」


 ピエールはティーカップを置いた。


「やる側になってみればまあ、すさまじく恐かったですよ。人の目が。派手な格好で滑稽なことをして、自分の声で、動きで、誰も笑わなかったら、空気が凍ったらどうしようと心臓が氷のように冷え切りました。汗が全部引っ込んで、手がブルブルと震えました。そして改めて思った。祖父のなんてすごいことかと」


 それでも恥ずかしがり屋のピエール少年は頑張った。

 老練な技を見せる年寄りと、いたいけな子供ピエロの組み合わせは思ったよりも受けがよく

 行く先々で、明るい笑い声が彼らを包んだ。

 芸を見せ、金をもらう。

 明るくて楽しくてカラフルな

 おとぎ話のような旅だった。

 


『顔を白く塗る。人間の感情を顔に出さないように』


 鏡の前で祖父に教わりながら化粧をした。


『目に縦線を。ピエロは盲目だから。ピエロにとってお客様は皆善人』

 

 鏡のなかのピエールが

 だんだんピエロになっていく。


『唇は赤く、大きく大きく笑わせろ。楽しいピエロはいつだって笑ってる。目の下に涙があるのは悲しい人の涙を吸い取ったから。これはピエロの涙じゃない。お客さんの悲しみだ。ピエロは泣かない。人の悲しみを吸い取って、自分はいつだって楽しく笑ってる』

 

 

 

 そんなある冬のこと


「祖父が病気になりました」


 ちょっとした風邪だと思ったそれは、元気だった祖父を床に縛り付けた。

 日に日に痩せていく祖父に食事を運びながら、ピエールは一人で街角に立ち続けた。


 食事がいる。薬がいる。ピエールにはお金がいるのだ。


 愉快で滑稽な化粧をし、人に笑われるのが彼の仕事だった。

 いつもと同じはずのその芸を、街の人々は笑わなかった。

 滑稽なはずのピエロからにじみ出る人間臭い必死さが、彼の芸から笑える空気を消していた。


 化粧を涙でぐちゃぐちゃにして帰ってきた孫を、祖父は叱った。


『ピエロが泣くな馬鹿野郎! 笑え! 心から笑え! おれの芸は世界一面白れぇなあと思ってやんなきゃ、見てる客が笑えるわけねえだろう!』


「そんなこと言ったって子供のことだ。毎日毎日心の中で泣きながら、必死で芸をやりました。祖父とやっていたときの半分の半分も売り上げがありませんでしたよ。でもほかにできることなんてなにもないんだから、やり続けました。でもずっと同じ町の中にいるんだ。どうしたって飽きられる。日に日に見てくれる人が減って、稼げる金も減って。心の中で泣いて泣いて泣きながら、笑った化粧でやり続けました」


 そうして祖父が、息を引き取った。


 空っぽの床を空っぽになってみているとき


「おや、と思いました」


 悲しいはずなのに

 なんだか愉快な心持がする。

 なんだか笑えるような気がする。


「きっと祖父が、私の横で芸をしているんだと思いました。見えないけれど」


 すぐそこで祖父が、あの面白い動きをしていると考えるだけでなんだかおかしい。

 なんだか笑える。

 衣裳を着て、化粧をして

 ピエールは笑って街に飛び出した。


『……坊ちゃん嬢ちゃん寄っといで』


 赤い唇から自然に歌が零れた。

 昨日まで灰色に見えていた世界が今日はカラフルに見える。


『楽しい楽しいショータイムの始まりだ』


 なんだなんだと街行く人々がピエールを振り返る。


『ピエロのピエール、ピエールピエロの時間だよ!』



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