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化物嬢ソフィのサロン ~ごきげんよう。皮一枚なら治せますわ~ 【書籍化/コミカライズ】  作者: 紺染 幸


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36 癒師クルト=オズホーン3


「ソフィ様、クルト=オズホーン師がお見えです。お通ししますか」


 毛糸の目の数を数えていたソフィは手を止めて顔を上げた。


「ええ、お願い。ところでマーサ、先日の件は」


 前回オズホーンが現れたとき、先ぶれがなかった件である。

 マーサが眉を寄せ険しい顔をした。


「若いメイドが白状いたしました。あの日はユーハン様に税のことで役人の来客予定がありましたが、メイドがそれとオズホーン師を取り違え玄関を通したのです。かの方は止める間もなくソフィ様のサロンにすたすたと進んでいったそうで。大変な不始末をしでかし誠に申し訳ございません」

「いいえ、結果的に助かったのだから、気にしないで。お茶をお願いしてもいいかしら」

「はい、扉は」

「開けておいてちょうだい」

「はい」



「ソフィ嬢、失礼する」


 やっぱりそう言って、四角い男は現れた。

 せっせと編み棒を動かしていたソフィは、「どうぞ」と言って顔を上げた。


「本を返しに来ました。おや」


 ソフィの編んでいるものに目を留め、オズホーンが声を上げた。


「ご懐妊ですかソフィ嬢。おめでとうございますいったいどうやって。婚約者もいないのに」

「いきなり失礼ですわ。わたくしのものではございません、友人への贈り物です」


 ソフィが編んでいるのは小さな靴下である。

 冬になる前にアル君にあげられたらいいなと思って、イザドラを見送ってから編み始めたのだ。


「なるほど……衣服の贈り物というのは色の趣味が合わないと喜ばれないと聞きますが大丈夫ですか」

「なんでも真実を言えばいいというものではないのよ、オズホーン様」


 興を削がれ、ソフィは編み棒を置いた。

 オズホーンを見上げる。相変わらずのつるつるとしたくそ真面目な顔である。


 彼はスタスタと本棚に歩み寄り、正しく元あった場所に本を戻した。


「楽しくお読みいただけましたかしら」

「はい。10回ほど読みましたが物足りないくらいです。ところでソフィ嬢」

「はい」

「本日は私の癒術を、お受けいただけないだろうか」



 ソフィは目の前の男の顔を呆然と見た。



「癒師が所属する癒院以外で癒術を使うには、国の許可が必要です。3級以上の癒師は緊急の場合に限り己の判断でそれを使う権限がありますが、緊急以外でみだりに使用すれば罰せられることもあります」

「……今は緊急ではないわ」

「はい。なのでここだけの話、内密に願います」


 あっさり彼はそう言った。


「……いけません」

「本来は癒師が任務以外でマナを減らすことに対する対策です。皮一枚ほどの治癒に、私のマナは削られない」

「……」


 ぎゅっとソフィは唇を噛み締める。


「ソフィ嬢、私は前にも申し上げた通り、あなたの皮膚の炎症を何とも思わない」

「……はい」

「だがどうやらあなたは気になさっておられる。なぜそうなるのかは理解できかねますが、あなたの尊厳は、その皮膚により傷つけられているのでしょう」

「……」

「あなただって癒されていいはずだ」


 泣きそうになった。

 この人はどうしてこうなのだろう


 くそ真面目な顔でソフィを見つめ

 淡々とした声でソフィの心を乱してくる。


「……きっと無駄です、また元通りになるわ」

「試してみなければわかりません。試して駄目なら別のやり方を試みる。そうやって癒術は進歩してきました」

「……」

「なので今日は駄目でも私を責めないように」


 真面目な顔で言うのでソフィは思わず噴き出した。


「わかりました。どうぞよろしくお願いいたします、オズホーン様」


 ぱたんとソフィは扉を閉めた。


「よろしいのですか」

「はい。秘密ですから。オズホーン様を信用しております」

「されすぎるのも困りものだ」

「何かおっしゃいまして?」

「いいえ」




 ソフィは椅子に腰かけている。

 正面の椅子にオズホーンが座っている。


 オズホーンの大きな手のひらがソフィの顔にかざされた。


 ソフィは目を閉じた。


 瞼を通して、明るい光が見える。


 熱い、と思った。

 肌を突き刺す、痛みにも似た熱さがソフィの顔を包んだ。


 それは『癒し』というには激しすぎる

 灼熱の太陽の光のような熱だった。



 光が消えた


 目を開ける。


 頬にそっと手をやれば


 つるり、とした感触がした。


 心が跳ねた。


 しかし


 ぼこ、と地面が割れるように肌が隆起し

 固いものがぼこ、ぼこ、ぼこと顔を覆うのが分かった。



「……」

「……ソフィ嬢」

「……いいえ、いいの。試したけど駄目だった、ということがわかったもの」


 微笑み、口ではそう言いながら


 涙が頬を伝うのがわかった。


 泉のように湧き出し、止まらない



 ソフィは期待したのだ。


 オズホーンの力ならあるいは


 あるいは、と。



 男の腕が女の顔に向かってわずかに動き

 逡巡ののちに下ろされたことに、涙に濡れるソフィは気づかない。


「……今日はあなたを泣かせる予定がなかった」

「ごめんなさい」

「だからハンカチを忘れました。笑っていただく予定だったから」

「いいえ、どうか謝らないで。泣いたりしてごめんなさい」


 ありがとうございました。とソフィは頭を下げた。

 じっとオズホーンはそれを見ている。


「……癒せないことが、こんなにつらいとは知らなかった」

「……」

「癒して差し上げたかった。力及ばず、申し訳ありません」


 どうしても止めることができずソフィは泣いた。

 オズホーンはいつもの顔で、それをじっと見つめていた。







 すんすんと鼻を鳴らしながら、ソフィはソファで靴下を編んでいる。

 オズホーンは椅子で本を読んでいる。



「ところでソフィ嬢」

「婚約者ならいませんわ」

「いえ、子供が好きなのですか」


 突然の質問に思わずソフィは手を止める。


 アル君の甘い香りが思い出された。

 小さな手

 小さな爪

 大人を信じ切ってくっつく可愛らしい生き物。


「大好きです。いつか産みたいわ」

「婚約者もいないのに」

「ええ、いつかはです。でも……」



 ふっ、とソフィは考えた。

 ソフィのこのぼこぼこは、体にもある。

 特に肘とひざなど、ほとんど岩のようだ。


「子作りがまず問題ですわね。わたくしと肌を合わせたら、殿方は傷だらけの血みどろの、変な汁まみれになるわ」


 ほほほと笑いながらやけっぱちに言って

 言いながら自分でも悲しくなった。

 引っ込んだはずの涙が出そうになった。



『あなただって癒されていいはずだ』


 そう

 確かにソフィもそれを望んでいたのだ


 癒えていく人々の肌を見て


『私の番はまだかしら?』、と


 心のどこかで思っていたのだ。

 期待していた

 だからあんなに悲しかった。


 まだ自分の番が来ないことが

 いつ来るのかわからないことが、悲しかった。



 オズホーンで無理ならば、いったい誰にソフィを治せるのだろう


 治る日など来るのだろうか。


 一生このまま


 恋することも、子を儲けることを諦めて

 人の肌を癒す、化物であり続けるのだろうか


「傷だらけの血みどろの、変な汁まみれになってでもあなたと肌を合わせたいと願う男がいたら」


 いつの間にかオズホーンがソファの脇に立っていた。


 顔を上げる。目が合う。


「その男の心を受け入れてくださいますか、ソフィ嬢」


 まっすぐな目が、ソフィを見ていた。


 この人はいつもまっすぐだ。

 そらすことも、飾ることもなく

 相手の心の深い場所を、最短距離でまっすぐに突き刺す。



「……今日はもう遅いわ、オズホーン様」


 ソフィは編み棒をそっと置いた。


「間もなく夕餉の時間ですので、申し訳ありませんがお引き取りください」




 オズホーンが本を抱えて去っていく。


 その大きな背中が扉の向こうに消えたのを確認して



 ソフィは顔を覆ってまた泣いた。














お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、レビュー、感想、オズホーンへの熱い応援(あればで大丈夫です)をお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
ソフィちゃん治って…(T_T)
[一言] 自分が少数派なのはわかってるのですが、どうにもオズボーンの美醜というか、見た目を全く考慮していなくて、その差異を他人が気にしている事を理解してなかった性格に共感できないんですよね。 そのく…
[良い点] もう!もう!この男はもう! ふんがー!
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