24 【閑話】シェルロッタ
「そういうことがあったの」
「そう」
夜
湯上りの娘と、シェルロッタは並んで針を動かしている。
どこに嫁に行くにしても刺繡の腕は大事なので、シェルロッタ自らソフィに指導をしているのだ。
アニー
イボンヌ
ウマイ
アラシル
リリー
お母様は口外などしないから、と釘を差してから娘はそれらを語った。
それぞれの物語が鮮やかに、シェルロッタの目の前を通り過ぎ消えていった。
それぞれの、喜びと悲しみが胸を満たしていった。
「わたくし、サロンを開けて、本当によかったわ」
微笑む娘の顔は大人びて、少し疲れているようにも見えた。
「そうね。でも少しは間を開けたほうが良いのではなくて? 人の語りを聞くのは疲れることだわ。ましてあなたは魔術を使っているのだから」
針を置き、そっとその頬に手を寄せる。
娘の肌は、『窓から落ちた事故』のときよりは良くなっているものの、相変わらずに痛ましい。
「……腕を縛って寝ているそうね」
『マーサは辛うございます』と涙するメイド長を思い出す。
「寝ている間に掻いてしまうから」
娘は照れたようにそっと身を引いた。
さまざまな場所に飛ぶ社員たちはソフィのサロンの宣伝をすることに加え、その土地土地にある『肌にいいと言われている薬』を自発的に持ち帰るようになった。
飲み薬は流石に怖いので止めるように言ったが、塗り薬ならば『多少のものなら治せるから』と、ほんの少しずつ腕の内側などにのせて様子を見ているのだという。
まだはっきりとした効果が出るものはないのだそうだが、このペースで世界中から集められれば、一つくらい娘に合うものが出てくるかもしれない。
一つくらい、あっていいと思う。
あってほしい。
それぐらいあっていいではないか。
人の肌が治る様子を、どのような気持ちでこの子は見ているのだろう。
自分が持っていないものを
自分の力で与えるのだ。人に。
サロンを開き続ける限り、娘はわざわざ『化物』と名乗りながら人を集め、蘇った綺麗な肌に喜ぶ人の顔を見続けなければいけないのだ。
それを思うと、シェルロッタの胸は締め付けられる。
痛くてかゆくて泣く小さな娘
学園で泥を投げつけられて頭から血を流し、絶望に塗りつぶされた瞳で帰ってきた娘
初恋の人との婚約を聞いて、喜びよりも悲しみに震えた娘
どうしてこの子だけが、ずっとこんな目に合わなくてはならない
この子からどれほどのものを奪えば気が済むのだと、シェルロッタは神に向かって吼えたくなるときがある。
何故健康な肌に、幸せな人生に産んでやらなかったのかと己の腹を破裂するまで殴りたくなるときがある。
だが
また針を持ち、シェルロッタは静かに手を動かす。
こうしたほうが美しいわと優しく娘に教える。
わたくしはシェルロッタ=オルゾン
ユーハン家当主の妻であり、愛する一人娘が尊敬するただ一人の母親。
わたくしは今日も華やかで、穏やかな人間の振りをして、娘のサロンを応援する。
娘がそれを望む限り、娘の邪魔をする全てのものから娘を守る。
いつかこの手の代わりに娘を守ってくれる人ができるそのときまで
わたくしは微笑みを絶やさずに、娘の傍らにあり続けよう。




