(6)復活祭
今回は、復活祭の御話です。
主に真面目な復活祭模様の御話ですが、箸休めとして、
楽しんで戴けたら幸いです。
朝食を終えた一同が席を立ち始めると、夏風の貴婦人が翡翠の貴公子に耳打ちした。
「・・・・・」
翡翠の貴公子は静かに夏風の貴婦人の言葉に耳を傾けると頷いた。
「其れは良いと思う」
翡翠の貴公子が賛同すると、
夏風の貴婦人は自室へ戻ろうとする白銀の貴公子の背を追って呼び掛けた。
柔和に笑って振り返る白銀の貴公子に、夏風の貴婦人は翡翠の貴公子に耳打ちした事を告げる。
其の言葉に、白銀の貴公子は吃驚した様に立ち止まった。
珍しい事に白銀の貴公子はターコイズブルーの瞳を瞠らせ、微動だに出来ないでいる。
夏風の貴婦人は、いつになく優しく笑っている。
「・・・・・」
白銀の貴公子は暫し呆然と立ち尽くしていたが、我に返ると、夏風の貴婦人を抱き締めた。
そして、
「有り難う・・・・」
吐息と共に感謝の言葉を零す。
夏風の貴婦人は彼の背に手を回すと、
「だって其れくらいしか・・・・出来ない。馬鹿ね。ちっとも顔に出さないんだから。
あんたって本当に、パーフェクトボーイだわ」
弟でも宥める様に優しく撫でた。
間も無くして一同は、それぞれの馬車に乗り、南部の中央聖堂へと向かった。
着いた者から会場の広間へと集まる。
まだ、さして、めかし込んでもいない異種たちが集まると、
夏風の貴婦人が並び方の修正を始めた。
「出始めは同じ。私と翡翠の貴公子、白銀の貴公子が出たら、今まで通り並んで、皆、出てね。
でも男女の幅は此のくらい空けて・・・・女子は振り返って、そうしたら皆一斉に母様に敬礼。
母様が通って一番前へ来たら女子が正面を向き直って、一斉に観客に敬意の表示。判った??」
夏風の貴婦人が早口で説明すると、皆一様に頷く。
「判った」
「わっかりました~~」
「判ったわ」
「イエッサー!!」
それぞれが返事をすると、「それじゃ、試に遣ってみましょう」と夏風の貴婦人が指示を出す。
皆、意外にも飲み込みが早く、ニ回の練習で済ます事が出来た。
「よし!! もうオーケーね??」
夏風の貴婦人が頷くと、
「もう部屋に戻っていいかしら??
わたくし、今から湯浴みをして支度をしないと、式典までに間に合わないわ」
言い乍ら、白の貴婦人が早々と広間を出ようする。
だが。
「待って。もう一つ、皆に遣って欲しい事が在るの」
何処か重い声音で、夏風の貴婦人が言った。
「??」
白の貴婦人が振り返ると、いつになく厳しい表情をしている夏風の貴婦人に皆が目を丸くした。
夏風の貴婦人の指導が終わり、
控え室に戻った翡翠の貴公子は備え付けられた浴室で湯浴みをし、
バスローブを纏って衣装室へと出た。
すると。
「はぁ~い!! あったしがシェパード家から派遣されたスタイリスト、シリエルで~す!!」
衣装室で待っていたのは、白髪の前髪を赤く染めた、ひょろりとした男だった。
理解を難する目のチカチカする衣装を纏った・・・・しかもオカマである。
「・・・・・」
翡翠の貴公子は暫しシリエルを見ると、
「宜しく」
ぼそりと言って鏡台の前の椅子に座った。
「では早速~~!!」
シリエルは翡翠の貴公子の身体を包む様にして大きな布を回すと、首元で結ぶ。
そして塗れた翡翠の貴公子の髪に手を伸ばし、
「ああああ!! 以前、何度か白銀の貴公子様のスタイリストをさせて貰ったんだけど、
白銀の貴公子様、金髪だから、異種様の髪を触っている実感がなくて・・・・」
でも、でも、
「翡翠の貴公子様の髪、地毛なんですよねえ?! 染めてるんじゃないんですよね?!」
「・・・・・」
感動して打ち震えるシリエルを鏡越しに見ながら、翡翠の貴公子は言った。
「染めてはいない」
其の言葉に、更に内股になって興奮するシリエル。
「きゃあああ!! 地毛なんですよね!! ああん!! どうしよう?!」
身悶えし乍ら、翡翠の貴公子の後ろ髪を何度も触る。
「長さは余り変えずに、前髪を大きくカール・・・・ううん、其れより後ろを、
もっと短く切って・・・・横にシャギーを入れて・・・・ああん!! 素敵ぃ!!」
一人ぶつぶつと言っては何度も身悶えしているシリエルを翡翠の貴公子は黙って見ていたが、
「後ろ・・・・バッサリ切っちゃってもいいですか??」
と内股おちょぼ口で言われて、
「いいから早くやってくれ・・・・」
ぼそりと答えた。
やがて空が黄金色になり蒼い闇が影を落としてくると、
聖堂に観客がぞろぞろと集まり始めていた。
会場の客席は隙間なく埋め尽くされ、開かれた扉から道を作る様に長蛇の列を成していた。
それぞれ支度を済ませた異種たちは、別の控え室で待機している。
翡翠の貴公子が其の控え室に入ると、係りの人間が直ぐに案内した。
彼が先頭の位置へ行くと、其の斜め後ろの金の貴公子が小声で話し掛けてきた。
「うお・・・・主、結構、髪切ったな」
「・・・・・」
翡翠の貴公子は返事をしない。
すると金の貴公子は嬉しそうに笑う。
「いいじゃん、其の髪型。凄く可愛い」
「・・・・・」
思わず本音トークをしてしまった金の貴公子に、翡翠の貴公子は視線を外した。
「可愛い」は不味かったかなと今頃思っても、後の祭りである。
金の貴公子が控え室を見回すと、皆それぞれ足の先から頭まで、めかし込んでいた。
特に目立つのは赤の貴公子だ。
黒地に金糸の軍服に黒の肩掛け・・・・男たちには悔しいが、同族の中で一番男前であった。
218センチの身長が余計に存在感を主張しているが、いつもの様な、ただ大きな男ではなく、
神聖な厳かな雰囲気を醸し出している。
マッチョめ・・・・こう云う慎まった場に、すっかり馴染みやがって・・・・。
内心、鼻息を荒くする金の貴公子である。
すると夏風の貴婦人が控え室に入って来た。
其の彼女の姿に、ドレスを纏った赤の貴婦人が小さく口笛を吹く。
「わお・・・・夏風の姉、ゴージャス・・・・!!」
軍服とドレスを纏う同族の中で、夏風の貴婦人は唯一人、オールオーバーの式服を着ていた。
彼女は異種代表として出席する為、ドレスではなく刺繍のびっしり入った式服なのである。
間もなく復活祭の開催だ。
冬の復活祭が始まった。
復活祭・・・・其れは、大陸が生気を取り戻した事を祝って作られた祭事である。
厳かなるパイプオルガンの音が聖堂中に響き渡ったのを合図に誰もが息を飲み、
真っ直ぐに中央の祭壇を見る。
其処へ祭司が現れると、挨拶の言葉をゆっくりと述べ始める。
そして、
「人々の生活を護り繁栄する事に、大いなる力を貸して下すった異種の方々」
祭司が右腕を上げると両側の扉が開かれ、三人の異種たちが姿を現した。
翡翠の貴公子を真ん中に白銀の貴公子と夏風の貴婦人が堂内を横切り、司祭の右側に並ぶと、
其れに続いて他の異種たちが男女に分かれて次々と入場する。
其の人間ならぬ顔揃いに、聖堂内に感嘆の声が響き渡った。
「美しい・・・・」
「全員が揃うと、我々とは全く違う人種だと云う事がよく判るな・・・・」
あちこちから声が上がったのも束の間。
夏風の貴婦人を筆頭に異種たちが頭を垂れると、一人の女性が現れた。
純白の裾の長いドレスを纏った快の貴婦人が姿を現すと、
敬礼する異種たちの列の間を通って前へ出て来る。
其の余りに人世離れした姿に、人々は声を上げる。
「あれが・・・・異種の最長老・・・・??」
「初めて見た・・・・」
「凄い・・・・」
「まるで精霊の様だ・・・・」
既に千百年も生きている快の貴婦人は明らかに浮世離れしていた。
取り巻くオーラが他の異種とは比べ物にならない事は、人間の目から見ても明らかだった。
快の貴婦人が異種の先頭に並ぶと、異種たちは頭を上げ、
快の貴婦人の挨拶の意に合わせて今度は司祭に向け、目礼と共に胸に手を当てる。
異種の挨拶に頷くと、祭司は又ゆっくりと話し始める。
そして今年、最もゼルシェン大陸に貢献した者たちに、其の出身をいとわず勲章を与えていく。
其の間に夏風の貴婦人が背後の扉に入った。
扉の裏では大きな毛皮の肩掛けを持った人間たちが待機しており、
直ぐに夏風の貴婦人に其の肩掛けを着せる。
夏風の貴婦人は裏の回廊へ回ると、表彰を待機している者たちの最後尾に並んだ。
式典は静かに厳かに進められていた。
又一人、誰かの名が呼ばれる。
祭司は、ゆっくりと勲章を与えていく。
そして、
「そして、誰よりも我々の大陸の為に、最も貢献して下すった異種殿」
祭司の言葉に、正面の中央の扉から夏風の貴婦人が現れた。
銀の刺繍の施された純白の毛皮の肩掛けの裾は三メートルもの長さだ。
其の裾を厳かに進め乍ら、夏風の貴婦人が祭司の前へと行く。
跪く夏風の貴婦人を、祭司は穏やかな瞳で見下ろす。
「異種と云う不思議な力を持って生まれたそなた達が、
我々人間たちの為に尽くして下すった多くの全て事を今、此処に称する」
祭司が夏風の貴婦人の胸元に勲章を着けた。
「そして、そなた達が就任してから、今年で丁度、百年。
其の愛深き行いに、異種代表、夏風の貴婦人、そなたに冠を捧げる」
目を伏せる夏風の貴婦人の頭に、宝石の散りばめられた銀の冠が載せられる。
「来年も又、我々人間と共に手を取り合い、最善を尽くしてくれますね??」
「はい。喜んで」
夏風の貴婦人は顔を上げると、よく通る澄んだ声で答えた。
其の瞬間、聖堂一帯が拍手の海に包まれる。
夏風の貴婦人は立ち上がると、満面の笑みで堂内を見渡す。
幸福だった。
自分たちは百年掛けて、やっと此処まで来たのだ。
何もしなければ迫害され続けるだけであったであろう自分たちが、今、此処で人々から表彰され、
拍手の雨を受けている。
素晴らしい。
素晴らしい。
何て素晴らしいのだ。
夏風の貴婦人が同族の場所へ戻ると、司祭の最後の言葉が始まった。
其の挨拶もやがて終わると、コーラス隊が現れて歌い始める。
其のコーラス隊の歌声に、聖堂内の観客に留まらず外の人々も声を揃えて歌い出す。
そして其の歌が終わると、聖堂中にパイプオルガンの音色が響いた。
係りの人間が、祭司と表彰を受けた人間にビスケットの入った籠を渡し始める。
祭司が聖堂の外へと出ると、其の後を表彰を受けた者たちが一列に並んでついて行く。
そして籠の中に詰められた白い小さなビスケットを、観客の左右に撒いて行くのだ。
「来年も幸あらん事を・・・・!!」
祭司がビスケットを投げると、其れをキャッチした観客は有り難く口の中へと納める。
夏風の貴婦人もビスケットを掴むと、出来るだけ遠くの人にビスケットを投げる。
来年も又、幸あらん事を・・・・!!
幸あらん事を!!
幸あらん事を!!
星々の瞬く夜空に、人々の歓声とパイプオルガンの音色が響き渡っていた。
この御話は、まだ続きます。
ほんの少し、異種の立場が伝わったでしょうか?
次回は遂に温泉旅行の御話に入りますので、御楽しみに☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆