(21)深夜の格闘技
今回は、蘭の貴婦人の想いと、ぶつかり合うBLの御話です☆
少しでも楽しんで戴けたら幸いです☆
慰安旅行、最後の夜。
快の貴婦人の部屋で彼女の昔話を聞き終えた異種たちは、それぞれ挨拶をすると、
自室へと戻り始めた。
春風の貴婦人などは、初めて知らされた快の貴婦人の余りに長く止め処ない人生に、
ハンカチで涙を拭い乍ら退室して行った。
だが、まだ一人、名残り惜しそうに残っている者が居た。
快の貴婦人は、にこりと笑うと、
「どうしたのですか?? 蘭の貴婦人」
一人だけ、まだ長椅子に座っている蘭の貴婦人に優しく声を掛けた。
蘭の貴婦人は立ち上がると快の貴婦人に歩み寄り、其の場にしゃがみ込んで、
大きな桃色の瞳で見上げてくる。
そして、ぼろぼろと涙を零し始めたではないか。
「母様・・・・母様・・・・母様は、余りに雲の上の人です・・・・!!
母様が抱えてきた苦しみは、私なんかには到底判るものじゃないです!!
でも、でも、母様の人生は本当に素晴らしいと、私は思います!!」
快の貴婦人はハンカチを取り出すと、蘭の貴婦人の涙を優しく拭って微笑んだ。
「どうしたのですか?? わたくしは流される儘の人生を生きてきた、只の弱き者ですよ」
優しいターコイズブルーの瞳が宥めてくる。
蘭の貴婦人は快の貴婦人の膝に縋り付くと、泣き乍ら見上げて言う。
「以前、シスターが言っていました」
「シスター?? そう云えば、貴女は修道院で暮らされていたのでしたね」
蘭の貴婦人は元修道女で在り、神を崇める精神の無い異種たちの中では、
珍しく神に祈りを捧げる異種で在った。
「昔、或る上流貴族の御嬢様の家系が破産して、
御嬢様は貧しい暮らしをする事になってしまったんです。でも箱入り娘の御嬢様には、
貧しい環境で、どうやって生きて良いのか判らなくて・・・・やがて冬の始まりに、
貧しさ故に死んでしまったんです。そんな御嬢様を周りの人たちは、
『ろくに働こうともせず、馬鹿な娘だ』
『自業自得で死んだんだ』
って言いました。でも、シスターが言ったんです。
『人は誰しも強く生きていかねばなりません。
ですが、だからと云って、彼女が愚かだった訳ではありません。
美しい川で生まれた魚が美しい川でしか生きられない様に、彼女も又そうだったのです。
其れは悲しくもありますが・・・・とても誇り高き事なのです』
・・・って」
「・・・・・」
「母様・・・・母様は本当に誇り高き人なのだと・・・・私は今、初めて、
そう思いました・・・・」
涙ながらに一生懸命に己の胸中を伝えてこんとする蘭の貴婦人に、快の貴婦人は微笑む。
「蘭の貴婦人・・・・貴女は本当に慈悲深き人ですね」
素晴らしい事です・・・・。
優しく蘭の貴婦人の髪を撫でる。
其の全身を抱擁する様な優しさに、蘭の貴婦人は一層ぼろぼろと涙を零すと、
快の貴婦人の膝に顔を埋める。
そうし乍ら再び口を開いた。
「母様、私・・・・正直、想像が出来ないんです。
自分が人間と、そんなに違うとは思えないんです」
同族の中でも最年少の蘭の貴婦人は、まだ三十六歳だった。
異種としての意識を持つには、少々難しい年齢で在るとも云えなくもない。
「皆、百年近く生きていて、母様は千百年以上も生きていて・・・・
私には其の時間の長さが・・・・想像出来ないんです」
「ええ、判りますよ・・・・」
蘭の貴婦人の不安を受け止める様に、快の貴婦人は優しい優しいターコイズブルーの瞳で笑った。
「大丈夫ですよ。焦らなくても、近い未来で・・・・ちゃんと感じられる日が来ます」
「・・・・はい」
まるで本当の母親の様な寛容の眼差しに見下ろされ、蘭の貴婦人は頷き乍ら、
渡されたハンカチで涙を拭った。
そして更に自分の胸中を打ち明けてくる。
「私・・・・その・・・・主の事が・・・・好きなんです・・・・」
「ええ」
知っていますよ、と笑う快の貴婦人。
「でも私、何か主に嫌われているみたいだし・・・・どうしたら私の気持ちって、
主に伝わるんでしょうか・・・・?? 母様は昔から主の事を知っているみたいだから・・・・」
恥ずかしそうに告白する蘭の貴婦人に、快の貴婦人は「そうですね・・・・」と暫し考えると、
言った。
「もし、わたくしから何かアドヴァイスが出来るのなら・・・・
翡翠の貴公子は相手が真実に望むのなら、誰であろうと必ず与えてくれる人ですよ」
「真実に望む・・・・もの??」
「貴女が本当に望むものです」
蘭の貴婦人は意味が判らないと云う様に桃色の瞳を丸くしていたが、
「あ・・・・!!」
と声を漏らした。
そして頭を掻くと、笑う。
「私、又、シスターの言葉を思い出しちゃいました」
「何ですか??」
「シスターに昔、同じ様な事を言われたんです。
『其の身に感じる幸も不幸も、貴女の魂が本当に望んだ事だからこそ起きているのです。
神は必ず貴女が真実に望むものだけを、常に与えて下すっているのです』
・・・って」
恥ずかしそうに笑う蘭の貴婦人。
こんな宗教的な話をするのは、異種の中でも蘭の貴婦人だけであろう。
だが快の貴婦人は透き通るターコイズブルーの瞳で蘭の貴婦人を見下ろすと、
「それでは貴女にとっての神は、きっと翡翠の貴公子なのでしょう」
そう笑って言った。
「・・・・・」
蘭の貴婦人は一瞬、言葉を失ったが・・・・桃色の瞳を見開くと、
「そ・・・そうかも・・・・!! ううん!! きっと、そうだわ!!
だって主は、私の全てなんですもの!!」
顔を輝かせて声を上げる。
「母様!! 有り難うございます!! 私、何だか元気が出てきました!!
これからも、ずっとずっと主を追って頑張っていきます!!」
「ええ」
快の貴婦人が優しく頷くと、蘭の貴婦人は立ち上がって満面の笑みで言った。
「母様!! 御話を聴いて下さり、本当に有り難うございます!! 長居をして、ごめんなさい。
でも私、母様の事、大好きです!! 又、御話、聴いて下さいね!! おやすみなさい!!」
「おやすみなさい」
蘭の貴婦人はぺこりと一礼すると、元気良く手を振って部屋を出て行った。
すると急に部屋が静まり返る・・・・。
「・・・・・」
暫くの間、快の貴婦人は一人、暖炉に当たっていたが、やがて総てを受け入れる様に、
ゆっくりと瞬きをすると、寝室へと入って行った。
各自部屋に戻った異種たちは、今宵は早々と就寝していた。
翡翠の貴公子も又、夜着に着替えると、もう休むつもりだった。
彼が寝室に入ると、部屋にはキングサイズの寝台が二つ並んでおり、
其の一つに既に夜着に着替えた赤の貴公子が座っていた。
翡翠の貴公子と赤の貴公子は、今回の慰安旅行では同室なのだ。
部屋に一つだけ灯るサイドテーブルのランプに手を伸ばすと、翡翠の貴公子が言う。
「消していいか??」
「ああ」
赤の貴公子は頷いた。
翡翠の貴公子はランプの螺子を回して火を消すと、寝台に上がる。
すると突然、赤の貴公子が翡翠の貴公子の寝台に乗って来るや否や、勢い良く掴み掛かって来た。
其の手をパシリと払い除けると、翡翠の貴公子は赤の貴公子を睨む。
「何の真似だ??」
今朝は昨晩の酒の飲み過ぎで二日酔いに潰れていたが、
今夜は翡翠の貴公子は殆ど酒を口にしておらず、当然、素面であった。
だが赤の貴公子は平然と鼻息荒く言う。
「今夜こそ、御前を抱く。
昨夜は御前が余りに可哀相だった為に諦めたが、今夜は、そうするつもりはない」
其の言葉に翡翠の貴公子は、あからさまに嫌な顔をする。
「俺は寝る。御前は御前の寝台で寝てくれ」
しかし百年以上も翡翠の貴公子に片想いをしてきた赤の貴公子が、此処で引く訳がなかった。
「今夜は力尽くでも御前を抱く」
ガバリ!! と再び勢い良く赤の貴公子が覆い被さって来て、だが翡翠の貴公子は、
するりと躱すと、寝台を下りて強い眼差しで睨んだ。
「好い加減にしろ!! 迷惑だっ!!」
だが赤の貴公子は同様に寝台を下りて立ち上がると、大きな拳を握る。
「多少、御前を傷付け様とも、今夜は俺の物にする」
戦闘意識を露わにする身長218センチの赤毛の大男に、翡翠の貴公子も負けじと拳を握る。
「そう云う事なら、俺も手加は減しない」
両者、火花を散らすかの如く激しく視線をぶつけ合うと、間も無くして、
どったんばったんと云う格闘音を部屋中に響かせたのは言うまでもない・・・・。
其の、けたたましく鳴り響く格闘音と物の破壊音に、
一人の貴婦人が男二人の部屋に跳び込んで来ると、寝室の扉を開け放った。
「ちょっとぉ!!」
現れたのは、ネグリジェ姿の白の貴婦人だった。
彼女の泊まる部屋は、翡翠の貴公子たちの部屋の隣なのだ。
「何遣ってるのよっ?! さっきから、ドタバタ、ドタバタ・・・・」
五月蠅いったら、ありゃしないわっ!!
そう白の貴婦人が怒鳴ろうとした時、バタバタと足音が響いてきて、もう一人現れたではないか。
其の人物は一族一の鬼女・・・・
「てめぇ等っ!! 何時だと思ってんだっ?!」
夏風の貴婦人だ。
夏風の貴婦人の部屋は白の貴婦人とは反対側の、翡翠の貴公子たちの部屋の隣だった。
「さっきから、五月蠅ぇぇんだよっ!! ドタバタ、ドタバタ・・・・眠れねぇだろうがっ!!」
正しく鬼の如く咆哮してくる夏風の貴婦人に、
翡翠の貴公子と赤の貴公子は拳を握ったまま顔だけ向けると、其の場に固まる。
そんな男二人に、夏風の貴婦人は牙を剥いて捲くし立てた。
「御前っ、赤の貴公子っ!! 真面にこいつと遣り合って、朝まで殴り合う気かっ?!
ヤりたいなら眠り薬なり酒なり飲ませるなりしてから襲いやがれっ!!」
ビシッと赤の貴公子を指を差して咆える、夏風の貴婦人。
そして次に翡翠の貴公子を指差すと、
「あんたもねっ!! 一晩男と寝るくらい、何だって云うのよっ?!
ガキが出来る訳じゃねぇんだから、今夜は、そいつと大人しく寝てやがれっ!!」
支離滅裂な事を吠える。
睡眠を妨げられた彼女は怒り狂っていて、既に理性が吹っ飛んでいた。
だが余りに滅茶苦茶な夏風の貴婦人の発言に、流石に白の貴婦人が宥める。
「夏風の貴婦人・・・・其れは、ちょっと・・・・翡翠の貴公子には、あんまりだわよ・・・・」
だが眠気で目が据わっている夏風の貴婦人の怒りは治まる気配を見せなかった。
「とにかくっ!! てめぇ等、此れ以上、騒ぐんじゃねえぇぇっ!!」
大声と共に、バンッ!! と扉を閉めると、ドカドカと足音を立てて夏風の貴婦人は去って行った。
まるで突然の嵐にでも襲われたかの様に、
翡翠の貴公子と赤の貴公子は石像の如く固まっていたが・・・・闘争心も失せたのか、
「寝るか・・・・」
「ああ」
頷き合うと、飛散した陶器や家具は其の儘に、互いに痣だけをつくって寝台に潜り込んだ。
そうして異種全員が集まった慰安旅行の最後の夜は更けていったのである。
この御話は、まだ続きます。
タイトルの通り、格闘を繰り広げた翡翠の貴公子と赤の貴公子です☆
長かった、この御話も、次でラストです☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆