(17)初夜
今回は、蒼花の貴婦人と漆黒の貴公子の御話です☆
少しでも楽しんで戴けたら幸いです☆
更にもう一組、男女で同じ部屋になったのは、蒼花の貴婦人と漆黒の貴公子であった。
が・・・・。
此の二人は実にドライな性格で在り、同族たちからは無駄な組み合わせだと思われていた。
漆黒の貴公子が部屋へ入って来た時、蒼花の貴婦人は夜着にガウンを羽織り、
居間の暖炉の傍で椅子に座っていた。
其の蒼花の貴婦人には殆ど目を遣らず、漆黒の貴公子は黙って寝室へと向かおうとした。
すると。
「少し御話、致しませんか??」
珍しい事に蒼花の貴婦人が声を掛けてきたではないか。
黙って見返してくる漆黒の貴公子に、蒼花の貴婦人は笑った。
「同じ御部屋になったのも何かの御縁かも知れません。少し御話、致しませんか??」
「・・・・・」
同族同士とは云え、彼等は今まで一度も言葉を交わした事がなかった。
漆黒の貴公子は暫し無表情で立ち止まっていたが、蒼花の貴婦人が椅子を勧めてきたので、
隣に座った。
「ウィスキーでも宜しいかしら??」
「ああ」
ミニテーブルに予め置かれていた酒瓶を手に取ると、蒼花の貴婦人は二つのグラスに注ぎ、
其の一つを漆黒の貴公子の前に置いた。
漆黒の貴公子がグラスを手に取ると、二人は乾杯する様に軽くグラスを掲げ、静かに口に含んだ。
すると蒼花の貴婦人は一旦グラスをテーブルに戻し、静かな口調で話し出した。
「今回の様な旅行は、何だか、とても吃驚ですわね」
「・・・・そうだな」
漆黒の貴公子は抑揚の無い返事をする。
だが蒼花の貴婦人は柔和に微笑し乍ら続ける。
「闘技会といい今回の旅行といい、夏風の貴婦人は、
いつも本当に面白い事を考えて下さりますわね」
「・・・・そうだな」
やんわりと話をする蒼花の貴婦人に、漆黒の貴公子は愛想がなかった。
いや・・・・此れが漆黒の貴公子らしいのだが。
「漆黒の貴公子様は翡翠の貴公子様の事を、とても尊敬されていらっしゃるのですね」
蒼花の貴婦人の其の言葉に、漆黒の貴公子の表情がやや変わった。
そして少し興奮した声で言う。
「主は・・・・尊敬すべき人だ」
「憧れなのですね」
「ああ。あの人の御蔭で、俺の人生は変わった・・・・あの人が俺を見付けてくれた・・・・」
急に言葉数が増える漆黒の貴公子に、蒼花の貴婦人は目を細めた。
「どの様に変えてくれたのですか??」
「全てだ・・・・生き方を・・・・武術も神術も・・・・異種で在る事も・・・・
全て主が教えてくれた。俺は、ずっと、自分が異種で在る事さえも知らなかった」
「そうなのですか・・・・」
確かに黒髪に黒い瞳を持つ漆黒の貴公子は、異種として自覚するには難しかったのかも知れない。
「だから貴方様は、翡翠の貴公子様に追い付きたいのですね」
「ああ・・・・主は俺の目標の全てだ」
「・・・・・」
蒼花の貴婦人は空いた二つのグラスに再びウィスキーを注ぐと、静かに言った。
「女性は御嫌いですか??」
其の不意な質問に、漆黒の貴公子は酒を一口飲むと、首を傾げ乍ら答えた。
「いや・・・・別に普通だが」
「今、心に決めた御婦人などは、いらっしゃいますか・・・・??」
「いや・・・・特に居ないが」
「では・・・・宜しいでしょうか??」
「宜しい?? 何がだ??」
「・・・・・」
蒼花の貴婦人は暫し俯いたが、勇気を振り絞る様に漆黒の貴公子を見上げると、
「貴方様を・・・・御慕い申し上げても・・・・宜しいでしょうか・・・・??」
静かに、だが、はっきりとした声で彼女は言った。
「慕う・・・・??」
漆黒の貴公子は意味が判らないと云う様に蒼花の貴婦人を見た。
彼女は言った。
「漆黒の貴公子様・・・・貴方様の事が・・・・ずっとずっと好きでした・・・・」
ずっとずっと・・・・愛しておりました・・・・と。
「・・・・・」
目の前の女性からの突然の告白に、漆黒の貴公子は驚愕の余り瞬きさえも忘れた。
「子供の頃・・・・初めて白銀の貴公子様の館へ行った時・・・・
貴方様を一目見た時から・・・・御慕い申し上げておりました・・・・」
「・・・・・」
其れは何十年も前の事ではないか??
「それから、ずっとだと云うのか・・・・??」
漆黒の貴公子は信じ難い眼差しで呟く様に訊ねる。
すると・・・・
「はい・・・・」
湖の様な蒼い瞳から、ぽろりと涙が零れた。
余りに予期し得なかった告白と彼女の涙に、漆黒の貴公子は酷く狼狽した。
蒼い蒼い瞳が涙を零し乍ら自分を見詰めている。
見詰め乍ら、まるで命でも懸ける様に自分の答を待っている。
「触れても・・・・いいだろうか??」
漆黒の貴公子が立ち上がると、
「はい・・・・」
蒼花の貴婦人は頷いた。
漆黒の貴公子は彼女の前に跪くと、波打つ蒼い髪に触れる。
湖深の様な蒼き瞳が、真っ直ぐに自分を見詰めている。
「・・・・口付けても・・・・良いだろうか??」
頬に伝う涙を優しく指で拭ってくる漆黒の貴公子に、
「はい・・・・」
蒼花の貴婦人は頷いた。
数十年もの長きの間、蕾んでいた赤い花が、今此処にやっと花開いたのである。
慰安旅行、二日目。
異種一同は、それぞれ各部屋で遅い朝を迎えていた。
時は既に昼。
人の声や物音の響きに、翡翠の貴公子は重い瞼を押し上げた。
見慣れない天井・・・・自分の屋敷のものではない。
ああ、そうか。
旅行中だったのだ。
そう思ったのも束の間。
物凄い二日酔いの波が彼を襲った。
頭がぐわんぐわんと重く揺れ、胸がすこぶる気持ち悪い。
其の激しい頭痛と吐き気に、翡翠の貴公子が枕に顔を埋めて呻いていると、
既にきちんとした身形の赤の貴公子が声を掛けてきた。
「気分は、どうだ??」
「・・・・最悪だ」
翡翠の貴公子が辛うじて答えると、
赤の貴公子はサイドテーブルに供えられたポットからグラスに水を注ぎ、差し出してくる。
「飲むか??」
翡翠の貴公子は、のそりと起きて受け取った。
そして、ゆっくりと飲む。
赤の貴公子は寝台の端に座ると、不思議そうに言った。
「御前の酔い止めは、とても効いた。昨晩、幾ら飲んでも全く酔わなかった。
だが御前には効かなかったのか??」
「・・・・・」
翡翠の貴公子はばつの悪い顔をすると、黙ったまま又、気持ち悪そうに横になる。
昨晩、二人は宴会の前に翡翠の貴公子特製の酔い止め薬を飲んだのだが、
赤の貴公子には効果は在ったものの、
作った本人の翡翠の貴公子には余り効かなかった様に見受けられた。
すると翡翠の貴公子がぼそぼそと言った。
「効いては、いた」
「そうなのか??」
「普段の十倍は飲んでいたと思う」
「・・・・・」
言い乍ら気分が悪そうに枕に顔を埋める翡翠の貴公子を、赤の貴公子は不思議そうに見下ろす。
「酒が嫌いなのに、無理して飲んでいたのか??」
赤の貴公子の問いに翡翠の貴公子は首を振らなかったが、小さく答えた。
「違う・・・・酒は好きだ。だが弱い・・・・」
「・・・・・」
成る程。
此の翡翠の同族は殆ど下戸なのだ。
だが酒自体は好きなのである。
何とも可哀相な体質だ。
内心、同情しつつ、赤の貴公子が無言で見下ろしていると、翡翠の貴公子が掠れる声で言った。
「済まないが、俺のトランクから小瓶を取って来てくれ・・・・赤のラベルのを」
だが赤の貴公子の返事は予想外のものだった。
「それなら、さっき、夏風の貴婦人が持って行ったぞ」
「・・・・・」
「貰って来るか??」
「・・・・頼む」
翡翠の貴公子ほどではなくとも、同族の殆どが二日酔いであった。
それは夏風の貴婦人も例外ではなく、だが翡翠の貴公子と付き合いの長い彼女は、
彼が二日酔いの薬を持って来ているだろうと予想がついていた様で、先程、
乱暴に扉を開けて入って来ると、其の薬を勝手に持って行ったのである。
赤の貴公子は立ち上がると「待っていろ」と云う言葉を残して部屋を出て行った。
暫くして、赤の貴公子が部屋に戻って来た。
「主」
大股で寝台に近寄って来ると、赤の貴公子は大きな手に握った赤いラベルの小瓶を差し出した。
が。
「遅かった・・・・」
低い声で言う。
「・・・・??」
翡翠の貴公子は小瓶を受け取ると、其の軽さに目を見開いた。
中は空であった。
「既に皆で飲まれていた」
重い口調で言う赤の貴公子に、
「・・・・・」
翡翠の貴公子は暫く微動だにも出来ず固まっていたが、
力尽きた様に「ああ・・・・」と枕に顔を埋める。
其の姿が余りに可哀相で、赤の貴公子は言った。
「旅館の者に、二日酔いの薬を貰って来てやろう。何も飲まないよりはマシだろう??」
そう言って、赤の貴公子は再度、薬を貰いに出て行くと、
暫くして昼食を乗せたカートと共に寝室に戻って来た。
「主。二日酔いの薬だ」
水の入ったグラスと薬を差し出されて、翡翠の貴公子は気分悪そうに起き上がると、
受け取って飲む。
「今日は夕方から、快の貴婦人の部屋の小広間で会食をするらしい」
赤の貴公子が本日の予定を告げる。
「・・・・そうか。其れまで俺は休む」
「昼食は、どうする??」
「・・・・要らない」
「そうか。では俺が御前の分も食べるぞ」
食欲旺盛な赤毛の同族には、もう答えず、翡翠の貴公子は再び横になった。
黙々と料理を食べる赤の貴公子の食器の音だけ響き、もう二人とも言葉を発さなかった。
この御話は、まだ続きます。
無事、一つのカプが結ばれました。
BLあり、NLあり、で、この物語は、まだまだ続きます☆
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