(15)主の言葉
今回は、シリアスあり、BLありです☆
少しでも楽しんで戴けたら幸いです☆
会食から遊戯室へ移った異種たちは、それぞれゲームを楽しんでいた。
夏風の貴婦人や赤の貴婦人、蘭の貴婦人、そして男子たちは、
ビリーヤードやボーリングに熱中している。
一方、白の貴公子は金の貴公子が居ない事を良い事に蒼花の貴婦人を口説いており、
快の貴婦人は皆から少し離れたところで椅子に腰掛け、そんな同族たちの姿を一人眺めていた。
普段、集まる事のない者たちが群がって実に楽しそうだ。
其の我が子たちの姿に、快の貴婦人は穏やかに微笑んでいた。
又、皆が和気藹々としている中、こんな会話をしている者たちも居た。
「そんなに切手がいいのか」
「いい。切手を眺めていると、落ち着くんだ。最近は洒落た切手ばかりが出てきているが、
やはり最低でも十年以上前に出た切手が、また古めかしくていいんだ」
「そうか。そう云えば昔来た封書になら、古い切手が貼って在ると思うが」
「おお・・・・」
「今度、送ってやろう」
「それは有り難い」
ぼそぼそとそんな会話を繰り広げているのは、翡翠の貴公子と漆黒の貴公子である。
そんな地味な二人の会話を、目敏く見付けた夏風の貴婦人が指を差す。
「其処っ!! 隅で二人して、オタクな話をするなぁっ!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
一喝されて、翡翠の貴公子と漆黒の貴公子は口篭ると、黙って酒を飲む。
そんな二人を見詰めて拳を握っているのは、蘭の貴婦人だった。
いや、正確には彼女が見詰めているのは翡翠の貴公子なのだが、隣に漆黒の貴公子が居るので、
目的の翡翠の貴公子に声を掛けるに掛けられないのであった。
「む~~!! 主が近い様で遠い~~!!」
唸る蘭の貴婦人に、
「声掛ければいいじゃん」
あっさりと言う赤の貴婦人が、ビリヤード台でポケットに玉を決め乍ら言う。
赤の貴婦人の鮮やかなショットに、「おーっ!!」と皆が声を上げる。
「そう出来たら苦労しないわよ~~!!」
蘭の貴婦人はぼやくと、横目に赤の貴婦人を見る。
赤の貴婦人や夏風の貴婦人は、いい。
何を遣っても男子同等の事が出来る。
だが異種で在ること以外は至って普通の女子で在る蘭の貴婦人は、
文字通り何を遣っても駄目であった。
「何さ~~」
いじけた様に蘭の貴婦人がぼやいていると、
カクテルバーの椅子に座った白の貴婦人がクスクスと笑った。
「あの二人と自分を比べるのは辞めなさいよ。女らしさがなくなるわ」
カクテルグラスを傾ける白の貴婦人の隣に蘭の貴婦人は座ると、頬を膨らませる。
「だって~・・・・主って夏風の貴婦人が好きみたいだしぃ」
「あら?? 翡翠の貴公子が好きなのは、水の貴婦人じゃなくって??」
「うっ・・・」
白の貴婦人に言われ、嫌な事を思い出してしまったと、蘭の貴婦人は顔をしかめた。
「矢駄あぁ~~!! 水の貴婦人は嫌~~!!」
べ~っと舌を出す蘭の貴婦人に、白の貴婦人は笑う。
「ふふ。でも彼女、同族の中でも特に綺麗だわ」
ま、わたくしには及ばないけれど。
ほほほほ、と声高く笑う白の貴婦人に、蘭の貴婦人は歯軋りする。
「そりゃあ、水の貴婦人は綺麗だけど、水の貴婦人は嫌~~っ!!」
「貴女、本当に水の貴婦人が嫌いなのねぇ」
「嫌いっ!! 大嫌いよっ!! だって私の事、虫って言ったのよ!!」
きぃっと歯を剥き出す蘭の貴婦人に、白の貴婦人は一層笑う。
すると。
遠目の翡翠の貴公子が席を立った。
「少し酔いを醒まして来る」
そう漆黒の貴公子に言い残して、遊戯室を出て行く。
其の後ろ姿を内心、腕一杯伸ばして追い乍ら、蘭の貴婦人は声を上げる。
「ああああ!! 行っちゃったわ!!」
「また戻って来るわよ」
「ううー・・・っ」
そんな煮詰まらない会話を繰り返し乍ら、なかなか成就しない恋に、
蘭の貴婦人はガブガブとカクテルを飲む。
翡翠の貴公子は、なかなか戻らなかった。
ゲームを楽しむ皆も、かなり酔ってきているのが伺える。
蘭の貴婦人がふてくされて酒を飲んでいると、ずっと椅子に座っていた快の貴婦人が席を立った。
「それでは皆さん、御先に失礼」
「あ・・・・母様、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
皆が一礼をすると、快の貴婦人も軽く会釈をして広間を出て行った。
其の後に二人の侍女が付く。
今回の慰安旅行には使用人は連れて来ない事になっていたが、快の貴婦人だけは特別であった。
静かに回廊を歩いて行く快の貴婦人の後ろを、二人の侍女が足音なくついて行く。
快の貴婦人は真っ直ぐに自分の部屋へ戻るつもりであったが、
回廊に連なる小さな広間に見慣れた姿を発見し、其の人物の方へと足を向けた。
侍女たちは回廊の壁際で待つ。
快の貴婦人は広間の窓際まで歩くと、
「こんな所で寝ていては、風邪をひきますよ。翡翠の貴公子」
声を掛けた。
小広間の窓を開けた翡翠の貴公子は其の窓辺に立った儘、寄り掛かって眠っている。
だが、ゆっくりと翡翠の瞼を開けると、快の貴婦人を見上げる。
「母様・・・・」
虚ろな瞳で言い、翡翠の貴公子は立ち上がって軽く会釈する。
すると快の貴婦人は笑った。
「貴方が、そんなに御酒に酔う姿を、初めて見ました」
そう言われて、翡翠の貴公子はクスクスと笑う。
「酔ってませんよ、俺」
十分、酔っているのだが。
快の貴婦人が更に可笑しそうに笑っていると、回廊に一人の楽芸師が現れた。
楽芸師は二人の異種の姿を見ると、気を利かせて柱の傍でバイオリンを弾き始める。
其のバイオリンの音に、翡翠の貴公子が快の貴婦人に手を差し出す。
「一曲、御願い出来ますか??」
快の貴婦人は翡翠の貴公子を見上げると、
「喜んで」
華奢な手を差し出す。
二人は手を取り合い乍ら、バイオリンの音に合わせて緩やかに踊り始める。
翡翠の貴公子は快の貴婦人の髪にキスをし乍ら小さく囁いた。
「母様・・・・愛しています」
「わたくしもですよ・・・・」
快の貴婦人は小さく返すと、翡翠の貴公子の背に手を回した。
其のまま二人は静かに楽の音と共に揺れていたが、まるで空気に秘める様に翡翠の貴公子が言った。
「母様・・・・逝かれるのですか??」
「・・・・・」
快の貴婦人は美しいターコイズブルーの瞳を見開くと、優しく笑った。
「ええ・・・・息子にも同じ事を言われました。
貴方が気付いているのなら・・・・夏風の貴婦人も気付いているのでしょうね」
「はい・・・・」
窓から、ひやりとした夜風が舞い込んで来る。
其の風が妙に覚醒を促す。
「わたくしは長く生きました」
本当に楽しい人生でした・・・・そう笑う。
「翡翠の貴公子。貴方は本当に・・・・わたくしに似ていますね」
「そうですね・・・・」
翡翠の貴公子は静かに言った。
「ですが、俺の全ては彼女が変えてくれました」
「・・・・・」
快の貴婦人は翡翠の貴公子を見上げると、首を振り乍ら彼の胸に顔を埋める。
「例え、わたくしが若き日に夏風の貴婦人の様な相手に出逢っていたとしても、
わたくしには何も出来ませんでした・・・・」
わたくしは、こうして・・・・ただ佇んでいるだけ・・・・。
「変わる事が出来たのは・・・・翡翠の貴公子、貴方の強さなのです」
自分たちの魂は、こうも似ている。
それでも互いに歩んだ人生の、なんと違う事か・・・・。
「貴方は・・・・今、本当に幸せなのですね」
快の貴婦人は笑った。
「はい」
頷く翡翠の貴公子。
「俺は幸せです。ずっと幸せです。生まれた時から幸せです・・・・」
「何故ですか??」
「彼女が・・・・彼女が居たから」
「夏風の貴婦人が居た頃から・・・・生まれた直ぐから・・・・??」
「はい」
快の貴婦人は翡翠の貴公子を抱き締め乍ら言う。
「翡翠の貴公子・・・・貴方は昔から、そう言いますね。
生まれた時から夏風の貴婦人が居たから幸福だと」
「はい。幸福です」
「ですが夏風の貴婦人は、貴方が十五の時に出逢ったと言っています」
「そうです。十五の時に彼女と出逢いました」
「では何故、生まれた時から貴方は幸せなのでしょう・・・・??」
「・・・・・」
淡々と告げる快の貴婦人の問いに、翡翠の貴公子は答えなかった。
快の貴婦人は更に言った。
「貴方は昔から言います。
自分の人生は生まれた時から夏風の貴婦人が居たから幸福だと・・・・では・・・・」
では・・・・。
「夏風の貴婦人と出逢う、十五歳の前は・・・・どうしていたのですか??」
「・・・・・」
翡翠の貴公子は答えなかった。
彼の翡翠の眼差しは宙を眺めている。
そして途切れ途切れに言う。
「考えた事が・・・・なかった・・・・」
と。
快の貴婦人は言った。
「貴方は、いつも、そう言いますね。考えた事がなかった、と。
では、夏風の貴婦人に出逢う前の・・・・貴方は??」
「・・・・・」
翡翠の貴公子は答えなかった。
じっと黙り込んでいる。
快の貴婦人は彼の柔らかい髪を撫で乍ら言った。
「わたくしは・・・・視たのです。それは到底、普通では目にする事の出来ないものを・・・・」
「・・・・・」
「翡翠の貴公子・・・・貴方は・・・・」
其の先を言おうとした時、彼の身体がガクリと倒れてきた。
慌てて、しゃがみ込み乍ら翡翠の貴公子の身体を支えると、快の貴婦人は抱き締める。
遠くでバイオリンを弾いていた楽芸師と侍女が心配そうに目を向けたが、彼女は、
ゆうるりと首を振った。
眠ってしまった翡翠の貴公子の頭を抱え乍ら、快の貴婦人は呟く。
「まだ・・・・駄目なのですね・・・・」
まだ・・・・言ってはならない。
其れ程、貴方の世界は・・・・重い??
快の貴婦人は彼の髪を優しく撫でると、窓の外に瞬く冬の星を見上げる。
そして祈る・・・・。
どうか・・・・同族たちが幸せであります様に・・・・と。
小広間で眠ってしまった翡翠の貴公子に、どうしたものかと快の貴婦人は周りを見渡した。
回廊の壁際には、自分の侍女二人と楽芸師一人が居る。
だが快の貴婦人は彼等を制する様に目配せする。
同族の誰かが来てくれれば・・・・と思っていると、幸いな事に足音が近付いて来て、
金の貴公子が現れたではないか。
金の貴公子はゲームによって脱がされた服を既に着衣しており、女物のガウンを手に持っていた。
其の彼が小広間の横を通り過ぎようとした時、目の端に映る同族の姿に気が付いた。
金の貴公子が声を掛ける前に、快の貴婦人が笑った。
「丁度、良いところへ参りました。金の貴公子、翡翠の貴公子を御願いね」
「母様??」
金の貴公子が快の貴婦人の下へ行くと、
其処には酒の飲み過ぎで酔い潰れている翡翠の貴公子が居た。
「あ・・・・えっ・・・主??」
動揺し乍ら、金の貴公子は手の中のガウンを快の貴婦人に差し出す。
「母様、ガウンを有り難うございました」
「いいえ」
快の貴婦人は其れを受け取って柔和に笑うと、
「それでは、おやすみなさい」
静かに小広間を出て行く。
其の後を二人の侍女がついて行くと、楽芸師も姿を消した。
さて。
どうにも困ってしまったのは、金の貴公子だった。
「おーい、主ー。起きないと風邪ひくぞ~~」
すうすうと眠っている小柄な翡翠の貴公子を抱えられない事もなかったが、やはり、それは、
ちょっとなぁ・・・・と思い、再度、翡翠の貴公子に声を掛けた。
「主ー。起きろー」
すると今し方まで閉ざされていた皓い瞼が、ゆうるりと開いた。
ぼーっとした目で翡翠の貴公子は金の貴公子を見ると、ふらりと立ち上がり、
危なっかしくふらふらと歩き始める。
其のまま壁に直進する翡翠の貴公子を、金の貴公子が慌てて止めた。
「主!! そっち壁だって!!」
翡翠の貴公子の肩を掴んで、回廊の方へと修正させる。
此れは、もう、早く寝室に連れて行った方がいい。
金の貴公子は翡翠の貴公子を支えて歩き乍ら言った。
「主。もう割り当てられた部屋に戻ろう。自分の部屋、判るか??」
だが翡翠の貴公子は首を振った。
「皆の処へ戻る」
其の翡翠の貴公子の答に、思わず、ぎょっとする金の貴公子。
「て云うか、まだ飲む気じゃないよな??」
「飲む」
「マジで、もう辞めとけって・・・・此れ以上、酔ったら、どうするんだよ??」
「俺は酔ってない」
「さいですか・・・・」
十分、酔いまくりである。
普段、ワイングラスニ杯半で爆睡してしまうくせに、何を言っているのだ、此の人は!!
だが翡翠の貴公子が皆の処に戻ると言って聞かないので、
金の貴公子は仕方なく彼を支えて宴会室への回廊をのろのろと進んだ。
歩き乍ら考える。
そう云えば今日の主は確かに、よく飲んでいる。
普段は少量の酒で朝まで目を覚まさない程に眠りこけてしまうのに、
今日は其処までではない様だ。
もしかして、本当は人並み程度には飲めるのだろうか??
そんな下らない事を考え乍ら、隣の翡翠の貴公子に、ふと視線を止めた。
今日の主は酒臭い。
でも其れに混じって普段の主の香りもする。
深い深い森の奥の霧掛かった凛とした香り。
どんな女の香水よりも心地良い、淡く透き通る香り。
今なら何を言っても明日には全て忘れているだろう。
金の貴公子は自分より頭半分背の低い翡翠の貴公子の肩を少し力を入れて抱き寄せると、呟いた。
「主・・・・俺に、主の人生の半分・・・・ううん・・・・五分の一でいいから、
くれよ・・・・」
無論、返事は無い。
宴会室の扉が見えてくる。
二人の足音だけが静かに回廊に響いている。
すると。
パシリ、と翡翠の貴公子が金の貴公子の手を軽く払った。
もう大丈夫だと云う様に一人で歩き始める翡翠の貴公子に、渋々と後をついて行く金の貴公子。
そして広間の扉の前へ来ると、其の取っ手に手を掛けた翡翠の貴公子が金の貴公子を振り返った。
「だから、やっているだろう」
静かにそう言うと、翡翠の貴公子は扉を開けて中へと入って行った。
「・・・・・」
金の貴公子は暫し時を忘れた様に其の場に立ち尽くしていたが、
高まる鼓動を抑え様と己の口許に拳を当てると、慌てて中へ入った。
この御話は、まだ続きます。
快の貴婦人の事、翡翠の貴公子の秘められた過去、
翡翠の貴公子を想う金の貴公子の想いが、伝わりましたでしょうか?
因みに「水の貴婦人は、まだ出てきてないのでは?」と思われた方、
話の関係で、水の貴婦人は他の話で出てきますので☆
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆




