(12)のぞき
いよいよ、温泉旅行で、男たちに危機到来?!
笑って戴けたら、嬉しい限りです☆
女湯を岩山一つで挟んだ向こう側で、異種男たちは、げっそりと湯に浸かっていた。
「あいつ等・・・・勝手な事ばかり言いやがって・・・・」
金の貴公子が歯軋りすると、皆「ふう~・・・・」と深い深い溜め息をつく。
沈黙。
最早、夜空が綺麗だなぁ、等と寛げる気分ではなかった。
暫くの間、男湯は波一つ立たなかったが、漸く白の貴公子が小声で喋り始めた。
「私は、ともかく、御前は言われて当然だぞ」
言い乍ら顎で金の貴公子を示す。
「婦女子を騙してまで接吻を迫るとは、男の風上にも置けない奴だ」
「確かに・・・・余り頷ける話ではないね」
「同じく・・・・」
皆に非難の眼差しを向けられて、金の貴公子は、ばつの悪い顔をする。
「あれは魔が差したんだよ!! 今じゃ頼まれたって蘭の貴婦人なんかとしねぇよ。
少なくともナルシストな雪男にだけは言われたくないね」
「な・・・・貴様!! 此の美しい私を雪男だと?!」
「雪男と言ったら雪男だろ!! 此の、ナルで鏡が命な雪男め!!」
「おのれ・・・・!! あいつ等もあいつ等だ!! あんな怪物と美しい私を一緒にするとは!!
雪男なんて呼び方は、赤の貴公子!! 御前だ!! 御前にこそ似合う名前だ!!」
あくまでヒソヒソと口喧嘩をし乍ら、白の貴公子は赤の貴公子を指差す。
だが。
「俺は御前の様に、クールではない」
真面目に答える赤の貴公子の言葉に、白銀の貴公子が咽喉を鳴らした。
「赤の貴公子・・・・其れギャグなのかい??」
赤の貴公子は自分が火系で在る事を主張したかったのだろうが、
ギャンギャンとよく喋る白の貴公子に対して言う言葉としては、どうにも妙な答え方であった。
其れが又、気に食わなかったのか、白の貴公子が更に言う。
「ふん!! ふざけた言い方しやがって。大体、赤の貴婦人のあの言葉は何だ??
御前、本当に妹と風呂に入っているのか??」
ぷぷっと笑う白の貴公子に、だが赤の貴公子は平然と答えた。
「入っている」
「うお・・・・マジかよ」
流石に金の貴公子も、うげっと言う顔をする。
「俺でも流石に妹とは入らねぇ」
「まぁ、まぁ。仲の良い証拠じゃないか」
取り繕おうとする白銀の貴公子に、白の貴公子はぶるぶると首を竦める。
「違うだろ?? だって妹とだぞ?? 私だったら有り得ないね。変態としか言い様がない」
両手を広げて溜め息をついて見せる白の貴公子に、しかし赤の貴公子は平然と答える。
「俺は妹の事を女として見ていない。自分の妹の裸に動揺する奴の方がおかしい」
「むう・・・・」
何やら尤もらしい言葉を言う赤の貴公子に、白の貴公子は呻いた。
だが。
「仮に見ず知らずの女と風呂に入ったところで、さして欲情もしない。
俺が心底欲情するのは、あ・・・・」
「言うなぁっ!!」
何かとんでもない事を言おうとする赤の貴公子に、
其れ以上先を言わせまいと金の貴公子が拳で湯を叩いた。
「其れ以上、言うなぁ!!」
「・・・・・」
「風呂場で生々しい事を言うなぁ!! ってか、主を見るなぁ!!」
ぬおおお!! と金の貴公子は叫ぶと、
翡翠の貴公子に向けられた赤の貴公子の視線を阻止すべく、其の間に移動する。
「・・・・・」
そして、ぜえぜえと呼吸を整え乍ら、金の貴公子が翡翠の貴公子を見てみると、案の定、彼は、
きょとんとしていた。
駄目だ。
話題を変えなければ・・・・。
金の貴公子は、ぽんと手を打つと、
「そう云えば夏風の貴婦人て、傷痕が在ったのか??」
女湯から聞こえてきていた話題を思い出して言ってみた。
「ああ、在るね」
「在るな」
「あれって軍人の時のだろう??」
「ああ」
金の貴公子と赤の貴公子以外の四人が、うんうんと頷く。
「あれは、ちょっと痛々しいよな」
「そうだね」
白の貴公子が腕を組むと、皆よく知っているのか、辛辣に頷いている。
「そうなのかぁ。夏風の貴婦人て無敵なイメージが強いからな。俺、全然、知らなかったよ」
そう言い乍ら、金の貴公子は何かが引っ掛かる気がした。
「あれ??」
金の貴公子は口許に手を当てると、
「主は、ともかく・・・・何で皆、知ってるんだよ??」
ぽろりと疑問を零した。
思い返してみれば、夏風の貴婦人の背中を見る機会など今迄に在っただろうか??
夜会でも、ドレス姿の夏風の貴婦人に傷が在った覚えはない。
つまり上手く隠されていたのであろう。
となると・・・・。
夏風の貴婦人と仲睦まじい翡翠の貴公子はともかく、白銀の貴公子や白の貴公子、
更に漆黒の貴公子まで、何故、彼女の背中の傷の有無を知っているのだろうか??
金の貴公子は周りを見渡し、
「え・・・えええっ?!」
皆のばつの悪そうな顔に驚愕の声を上げた。
「何だよ?! 皆、夏風の貴婦人と、そう云う関係なのか?!」
あくまで小声で仰天する金の貴公子に、皆、視線を外す。
「ゴホ・・・・もう、ずっと昔の話だよ」
「子供の頃だな」
「そうそう!! 子供の頃の話だぞ!! 私は、まだ無垢な少年だったんだ!!」
あれは事故だ!!
さぞ仕方がなかったんだと云わんばかりに言う三人に、
金の貴公子は気持ち悪そうに舌を出した。
「何だよ・・・・皆、結局、夏風の貴婦人派なんじゃん」
あんな鬼女の何処が良いのだか・・・・あ~あ。
金の貴公子が呆れていると、白の貴公子がすかさず白銀の貴公子を指差した。
「違う!! 俺は被害者なんだ!!
好き好んでいちゃついていたのは、白銀の貴公子だけだぞ!!
何故なら、白銀の貴公子の初恋の相手は夏風の貴婦人なんだからな!!」
「えええっ?!」
白の貴公子の暴露に、金の貴公子は顎が外れそうになった。
パーフェクトボーイの白銀の貴公子が実に困った様に溜め息をつく。
「だから・・・・昔の話だよ。確かに好きな時期も在ったよ」
観念した様に言う白銀の貴公子に、金の貴公子は「う~ん」と唸った。
翡翠の貴公子と言い、白銀の貴公子と言い、一体どうして、あんな凶暴な女が良いのだろうか??
全く以て判らん・・・・。
其処まで考えて、金の貴公子はパクパクと口を開けた。
「白銀の貴公子・・・・!! 御前・・・・夏風の貴婦人と同じ部屋じゃないか!!」
はははは・・・・と冴えない笑い声が漏れる。
其処へ白の貴公子が更に小声で言った。
「だから、さっき、女共が言っていただろう??
こいつ、浮気しても、絶対バレない様に遣る奴なんだよ」
「・・・・そうだったのか」
意外な白銀の貴公子の一面を知ってしまった・・・・と思わず納得してしまう金の貴公子。
すると。
「白の貴公子・・・・」
珍しい事に、白銀の貴公子の米神がピクピクと動いていた。
「でたらめを言うのは辞めて貰えないか・・・・私は妻一筋なんだ」
だが白の貴公子は意外そうな顔をする。
「まさか本当に、そうなのか??」
「当たり前だ。変な言い掛かりはよしてくれ」
「私だったら一生同じ女だなんて耐えられないなぁ」
「・・・・悪かったね。私は未来永劫、妻一人で十分なのだよ」
互いに余裕の眼差しで睨み合う二人。
真相は判らないが、どちらにしても白銀の貴公子は良き夫を続けていくつもりの様だ。
金の貴公子は後ろ頭に手を組むと、
「でも俺も白の貴公子と同感だな。生涯、同じ女とだけだなんて耐えられね~~」
軽く口笛を吹いてみせる。
「そうだろ?? そうだろ??」
白の貴公子も頷く。
此の辺りは、たらし同士、気が合う様だ。
すると。
其の話題に入るべく、赤の貴公子が口を出した。
「俺は生涯一人の相手でも構わない」
意外な赤の貴公子の言葉に、
「何だよ、マッチョ。顔に似合わないこと言うなよなぁ。
むっつりスケベだって妹から言われていたのは、何処の誰だよ??」
うははは!! と金の貴公子が冷やかす様に笑う。
「スケベで在る事は認める。だが、そんなものは取るに足らない」
「さいですか」
平然と認めるなよ、そう云う事を。
金の貴公子が呆れていると、赤の貴公子は更に続けた。
「俺はスケベだが、唯一の者が手に入るのなら、浮気なんて絶対にしない自信が在る。
だから、あ・・・・」
「ストーップ!!」
ジャバーン!! っと金の貴公子が湯の飛沫を上げた。
「言うな・・・・其れ以上、言うな・・・って云うか、主を見るなぁ!!」
「・・・・・」
いつの間にか翡翠の貴公子が見える位置に移動をしている赤の貴公子に、
金の貴公子は又も其の間に入り込む。
なんて抜け目の無い奴だ。
此の、むっつりめ。
金の貴公子と赤の貴公子が睨み合っていると、何やら耳を疑う様な声が男性陣の下へ響いてきた。
「此の岩の向こうってさ~~、男湯なのかなぁ??」
「そう聞いていたけどね」
「じゃあ、御兄ちゃん達、此の岩の向こうで今頃ゆっくりしてるんだろうね~~」
「そうですわね。でも向こう側の声って、なかなか聞こえないものなのですね。
岩が厚いのかしら??」
おいおい。
思いっきり聞こえているんですけど・・・・と云う言葉を咽喉の奥で押し殺す男性陣。
「此の岩の向こうか~~!! よいっしょ、っと!!」
「まぁ!! 赤の貴婦人、何するんですの??」
「んー?? 男湯、覗いてみようかなって」
「や、辞めなさいよ!! みっともない!! 貴女!! 下から丸見えよ!!」
「気にしないも~ん。蘭の貴婦人も登ってみる~~??」
「ええっ?! ・・・・私は流石にちょっと・・・・」
「そうよ、貴女は辞めなさいよ。はしたないわ」
「え~~?? 来なよ~~。又とない翡翠の兄の裸が見られるかもよ~~??」
「主の、はっ、裸っ?!! そ、其れは・・・・見たい、かも!!」
其の余りに恐ろしい会話に、岩の向こうの男性陣は身を強張らせる。
「おい・・・・まさか・・・・」
「本当に登って来る気か・・・・??」
「有り得ない・・・・有り得ないぞ・・・・」
「するか、普通・・・・」
「とにかく岩壁に背を向けて、気付かない振りをしよう・・・・」
「そ、そうだな・・・・」
気付かない振り。
気付かない振り。
其処へ。
「わおっ!! 見なよ、蘭の貴婦人!!」
「何?? 何?? 主、居る??」
「ちょっとーっ!! 辞めなさいよ!! 蘭の貴婦人!!」
「いいじゃん。登れ登れ!!」
囃し立てるのは夏風の貴婦人だ。
岩山の頂上まで登った赤の貴婦人と蘭の貴婦人は声を上げる。
「すっごい面白い!! 白の貴公子と漆黒の貴公子と金の貴公子が、髪の毛、上に上げてる!!」
「きゃああ!! どうしようっ!! 主だわっ!!」
「春風の貴婦人の旦那も居る~~!!」
「ちょ、ちょっと、赤の貴婦人!! 夫は見ないでちょうだい!!」
「うーん・・・・でも何で皆、後ろ向きなんだろう??」
「向こうに何か動物でも居るのかしら??」
信じられない行為に及んでいる女ニ名の声を背中で聞き乍ら、
男性陣は蚊の鳴く様な声で言葉を交わした。
「実は俺、ちょっと、のぼせてきてるんだけど・・・・」
金の貴公子がぼそぼそと言うと、皆、頷く雰囲気を醸し出す。
「実は私もだ・・・・」
「我慢だ・・・・今上がれば餌食だぞ」
「もう少しの辛抱だ」
男性陣は共に励まし合うと、沈黙を守る。
一体、何なのだ??
此の温泉旅行は??
おかしい・・・・何かがおかしいぞ・・・・。
部屋割りだって、とんでもない事になっている。
横暴だ・・・・夏風の貴婦人を筆頭にした、女たちの横暴だ。
そう思いつつも、修行僧の様に湯の中に座り続ける男たち。
そんな中。
「実は先程から疑問が在るのだが」
珍しい事に漆黒の貴公子がボソボソと言った。
「何だよ?!」
のぼせて気が立っているのか、白の貴公子が歯軋りする。
漆黒の貴公子は淡々と言った。
「何故、彼女たちは知っていたのだろうか??」
「知るって何をだ??」
「切手の事だ」
後ろに女警備隊約ニ名が居る為、顔を向ける事は出来なかったが、一同、
辛うじて目だけを漆黒の貴公子へと向ける。
「御前・・・・切手、集めてるのか??」
「集めている」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・頼む。今は笑わせないでくれ・・・・」
「・・・・同じく」
「・・・・・」
そして、もう、誰も何も言わなかった。
願わくば、女警備隊が早急に去らん事を・・・・。
只今、謎の御一行が宿泊する高級宿シュリンプでは、ベルガール達が休憩室で大騒ぎであった。
「ちょ・・・ちょっと!! 凄いわよ!!」
「見たわ、見たわ、見たわ!!」
「プリティー・フラワー団って・・・・」
「異種様だったのよねっ?!」
「きゃあああ!! どうしましょうっ?! どうしましょうっ?!」
きゃあ!!
きゃあ!!
きゃあああ!!
興奮の頂点に在るベルガール達は沸騰寸前である。
其処へ。
「静かになさい!!」
纏め役のチーフの中年女性が手を叩く。
「異種様が此の宿に泊まられた事は、過去に何度も有ります。それを何ですか??
貴女たちは接客のプロでしょう?!」
「そーですけどぉ」
「だってね~~」
未だ興奮冷め遣らない若い娘たちは拳を握る。
「確かに過去に夏風の貴婦人様が何度も泊まられましたけれど、今回は違うんですよ??
異種様、全員ですよ??」
「そーよ!! そーよ!!
異種様が全員揃われる事なんて、公の催しでも滅多にないって聞くじゃありませんか!!」
「なのに今此処に、こんな間近で異種様全員を拝見出来るんですよ!!」
「凄い!! 凄い事だわ!!」
「貴女たち!! 落ち着きなさい!!」
「とか何とか言って~~、チーフも本当はドキドキしてるんでしょー??」
ツッコンでくる娘たちに、チーフの中年女性は図星だったのか、頬を赤らめて咳払いをする。
だが此処は纏め役。
深呼吸をして手を叩く。
「とにかく!! 皆、仕事に戻りなさい!! 良いですか!! 決して粗相の無い様に!!」
「は~い!!」
娘たちは、はしゃいで返事をしたが、間も無くして、
かつてない『異種様たち』の姿を目の当たりにするのである。
さて、御忍びで来たとは云っても、既に其の正体がばればれの異種たちはと云うと、皆、
温泉から上がって、各自部屋で過ごしていた。
快の貴婦人を除く異種たちは、ニ人一組になって部屋割りをあみだくじで決められ、
翡翠の貴公子は一族一の大男、赤の貴公子と同じ部屋になっていた。
翡翠の貴公子と赤の貴公子はラフな格好に着替えると、暖炉の前で過ごしていた。
本格的な「同族の親睦を深めようの会」は、大広間で皆揃って食べる夕食から始まるので、
其れまで各自、好きな様に過ごして良いのだ。
翡翠の貴公子は椅子に頬杖を着いた儘、暖炉の火を眺めている。
何か物思いに耽っている様であるが、女湯から聞こえてきた話が正しければ、
おそらく彼は何も考えてはいないのだろう。
実際、翡翠の貴公子は「暖炉の火が温かいな」程度の事しか考えていなかった。
一方、赤の貴公子は、隣の翡翠の貴公子を此れでもかと云う程に見詰めている。
実に会話の無い二人である。
二人は石像の様にぴくりとも動かなかったが、漸く翡翠の貴公子が腰を上げた。
「そろそろ行こう」
「そうだな」
赤の貴公子が頷くと、翡翠の貴公子は自分のトランクを持って来て、
何やらごそごそと取り出した。
彼が取り出したのは小さなニつの小瓶で、それぞれ色違いのラベルが貼って在る。
翡翠の貴公子はグラスに水を注ぐと、緑のラベルの小瓶を開け、
中の粉を一匙グラスに入れると飲んだ。
其の様子を傍で見ていた赤の貴公子が話し掛けてくる。
「其れは何だ??」
問うと、
「酔い止めだ」
ぼそりと翡翠の貴公子は答えた。
翡翠の貴公子はワイングラスニ杯で酔ってしまう、実に酒に弱い男である。
故に普段のパーティーでは、グラスに軽く口を付ける程度で退場する彼なのだが、
一族が皆が揃った席で流石に自分だけが早々と部屋に戻る訳にもいかないので、
自分で調合した酔い止めを持参して来たのだ。
「俺も飲んでいいか??」
赤の貴公子が言うと、翡翠の貴公子は頷いて小瓶を差し出した。
一族一の薬師の作った酔い止めだ。
さぞ良く効くに違いあるまい。
赤の貴公子は同様にして飲むと、翡翠の貴公子と共に部屋を出て広間へ向かった。
この御話は、まだ続きます。
さて、これで、湯に入ったトークは終了です。
少しでも笑えて戴けたでしょうか?
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆