インスタントフィクション 「帰路」
仕事を部下や上司に任せて帰路につく。
細く長い歩道を埋め尽くしている、まるで満員電車のような人混みは、さながら硬い岩のようで、人が歩いているのではなく、地面の流れが、私たちを進ませているような錯覚に陥入る。
今日、有名なアーティストの武道館ライブがあったらしい。周りの奴らは口にスピーカーをつけて、千五百hzの大音量を撒き散らしている。
「生きているだけで素晴らしい。」
「始まりよりも終わりを大切に」
だの、綺麗な言葉をただ羅列したような歌を、さもその歌を知らない者を見下すように歌っていた。
鈍流をかき分けながら駅に着く。ここもか。
計3本の電車が目の前を通り過ぎた頃、私は電話に出る。
彼女の声が聞こえないのは、彼女が嗚咽混じりに泣いているからか、それともまだ現実を受け入れていないからか。
「生きているだけで素晴らしい」
「始まりよりも終わりを大切に」
ふと、隣に並んでいた男のイヤホンから聞こえてきた気がした。
読んでいただきありがとうございました。