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第6筆 琥珀と灰青


流血注意です。




「南領のアール茶園はあるか?」

「ありますよー」


 ジンが尋ねれば、紅茶屋の娘は迷うことなく壁の棚から木箱を取り出した。


「味は軽めに仕上がっておりますー。冷やして飲むのがオススメですー」

 彼女が木箱の蓋を開ける。中には濃い琥珀色の茶葉が入っていた。


「トウリ。どれぐらいが妥当だ? リットに送る手間賃は」

「そうですね。五十ガラムで良いかと」

 トウリが口元に手を当て、答える。


「そうか。――じゃあ、それを五十くれ」

「ありがとうございますー」

 磨かれた木製のカウンターの上で、紅茶と貨幣が交換される。


「またのお越しを、お待ちしておりますー」

 独特な語尾の店娘に見送られ、ジンとトウリは紅茶屋を出た。


「小腹が空いたな」

 ジンが手で腹を押さえる。


「何か食べてから戻ろう、トウリ。おごるぞ」

「本当ですか!」

 きらっと、トウリの目が輝く。


「何がいい? 揚げ団子か、ミートパイか……」

 ふっと、ジンの視線が路地に吸い込まれる。既視感のあるフードが、ちらりと見えた。


 二人の女性が、四人の男たちに囲まれている。


「ジン様!」

 駆け出したジンの後を、トウリが追う。大通りから離れた路地。

 石造りの高い建物に囲まれた薄暗い空間に、不穏な空気が満ちていた。


「――お命頂戴、ですか?」

 フードの女性の言葉に、茶髪の頭に布を巻いた男が唇を吊り上げる。


「物わかりのいい嬢ちゃんだな」

 長剣を抜く。

「下がってください。ルー様」

 女騎士がフードの女性を背に(かば)う。


「……クードさんのお店にいた、お二人ですね」

 追いついたトウリが、小声で言う。

 無言でジンが頷き、腰に帯びていた長剣を確かめる。


「トウリ。離れていろ」

「はい」

 荷物を抱きしめて、トウリが後退する。


 ジンが一歩踏み出す。


「んだぁ? テメーは」

 顎に傷がある男が、ジンに気づいた。

 これ見よがしに、担いだ長剣で自身の肩を叩く。


「女性を傷つけようとするやつに、名乗る名はない」

「汚ねえ髪色のヤローが、カッコつけやがって。灰でも被ったか?」


 はん、と顎に傷のある男が下卑た笑みを浮かべた。他の三人が嘲笑する。

 トウリが唇を噛む。


 ジンの灰色の髪は珍しい。

 でも、決して汚くなんかない。


 叫び出しそうになる声を殺す。彼の気を散らしてはいけない。


「残念ながら、灰より血を被ることが多いな」

 ざっ、と草を薙ぐような音が響く。


「ぎゃあ!」

 (あか)と悲鳴が散った。

 金臭い匂いが漂う。


 長剣を一瞬にして閃かせ、ジンが傷のある男の右腕を切った。

 ぼたぼたと、石畳の上に血が流れ落ちる。


「テメー、正気かよ!」

 頭に布を巻いた男が、叫びながら長剣を振るう。


 遅い。


 両手首を斬られた。鋭い傷口からピンク色の尺骨(しゃっこつ)が見える。瞬く間に血があふれる。男の絶叫。


「こ、こんなの。き、聞いてねーぞ!」


 残り二人が背を向けて走り出し――一人は重い蹴りを背中にもらい、一人は左の太腿に刃を受けた。むわっと赫い匂いが弾ける。バランスを失って転倒する。

 ジンが蹴り倒した男の腕を捻り、武器を落とす。


「トウリ」

「はいっ!」

「悪いな。お二人を連れて、スレイ騎士団を呼んできてくれ。王都守護を担う彼らなら、もう気づいていると思うが」


 甲高い笛の()が聴こえた。

 フードの女性はびくりと肩を震わせたが、トウリは知っている。呼笛(よびぶえ)。天を舞う鷹のように、スレイ騎士団は笛で意思疎通を図る。


「大丈夫ですか?」

 駆け寄るトウリの眼前に、突きつけられる長剣。

 女騎士の目には、警戒の光。


 トウリは反応できない。

「え――」

 彼女の刃を、ジンが弾いた。


「ジン様!」

 トウリの声は悲鳴に近い。


「剣を収めろ。おれたちは敵じゃない」

「だが、味方でもない」

 女騎士の言葉に、ジンが目を見張った。


「我らに関わるな」

 彼女が片割れを促す。フードの女性が走り出した。ジンが虚を突かれた一瞬の間に、女騎士も身を翻した。速い。


「こっちだ!」

 スレイ騎士団の呼笛が鳴り響く。三人の騎士が、裏路地に現れた。


「これは」

 血の匂いが満ちる周囲に、息を呑む。

 その中央。赫に染まっていない灰色の髪の青年に、嫌疑の目が集中する。


「おい! そこの――」

 呼びかけにも答えない。


 ジンの灰青の瞳は、二人が消えた路地に向けられている。


「……逃がした」

 ぽつりと、零す。






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― 新着の感想 ―
[一言] あらあら、ジンが活躍したのに。逃げられてしまいましたね。関わるな…って…、そ、そんなフラグじゃないですか!Σ(゜д゜lll) 女騎士、また会いましょう!(*´꒳`*)ノシ
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