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第23筆 月夜の舞踏


「何だか……、狐に化かされたような心持(こころもち)だ」


 庭のバルコニーで、ジンが手すりに背を預けた。

 夜空を見上げる。満月に近い月が輝いている。


「権謀術策が踊る王城だからな。ワルツでも踊ってくればいい」

 リットがジンの隣に立つ。手にはアイスティーのグラス。


「今宵はもう、勘弁してくれ」

 ジンのぼやきに、リットが気づく。


「そう言うな。お前に客だぞ」

 目線だけでリットがジンを促す。


「……シズナどの」

 騎士の礼服を凛々しく着こなしたシズナが立っていた。肩から胸に掛かる、金の飾り緒が夜にきらめく。


「ジンどの。その……、お怪我は、平気か?」

 ジンの右手には包帯が巻かれている。


「平気だ。心配ありがとう」

 ジンが微笑んだ。リットが口を開く。


「こいつは傷の治りが特別に早い。気にするな」

 きょとんとするシズナに、リットが続ける。


「ジキタリア家の中で、ジンだけだ」

「どういう、ことだ?」

「剣の鷲大狼(グリフィネール)は、聞いたことあるよな?」

 リットの言葉にシズナが頷く。


灰青の牙(ジキタリア)という名の意味は?」

「いや……」

 うん、とリットが一つ頷いた。

 グラスをバルコニーの手すりに置き、両手でジンとシズナの背中を押す。


「な、何だ。リット!」

「ジン。ここからは、お前の口で言え」

 ぐいぐいと、二人を庭へと押し出した。


「ついでにワルツの一曲でも踊ってこい」

 健闘を祈る、と手を振って、リットはグラスを持ち大広間へ消えていった。


 残されたジンとシズナが、顔を見合わせる。


「ええと、その……」

 シズナが言葉を紡ぐ。


「傷の治りが早い、とは?」

「あぁ……、うん」

 気が乗らなそうなジンの声音に、シズナが慌てた。


「いや、答えたくなければいいんだ。リットどのが意味深に言うから、気になって」

 ふっとジンの口元が緩んだ。


「シズナどのが良ければ、庭でも歩きながら話そうか。おれも、ズルしているみたいで、気に掛かっていた」


 蝋燭が入った角灯が、庭に点々と置かれている。

 夜風が吹けば、甘酸っぱいフリージスの花の香りがする。


 植えられた花木の間を、二人が歩く。

 風に乗って、楽団が奏でる音楽が聴こえてくる。


「ジン・ジキタリア。おれの正式名(フル・ネーム)だ。陛下から賜る、栄誉の隠し名(ヴァーチャス)はない」

 歩きながら、シズナが記憶を探る。


隠し名(ヴァーチャス)……。確か、武功や功績を挙げた者に王が授ける、フルミアの栄誉だったな」

「よく知っている」

 ジンが笑った。その裏表のない表情に、シズナの心臓が飛び跳ねる。


「と、当然だ。隣国のことは頭に入れてある」

灰青の牙(ジキタリア)の意味は?」

 うぐ、とシズナが言葉に詰まった。


「し、知らない……」

「うん。そうだろう。おれも話さないようにしているから、知っているのは一部の人間だ」

「リットどのは知っているのか?」

「まあ」

「――うらやましい」

 自然に零れ出た言葉に、シズナは驚愕した。


「い、いや、その。仲が良いんだな」

「ああ。大切な友だ」

 柔らかなジンの声に、シズナは並び歩く彼を見上げた。

 角灯の灯りを受ける、彼の灰青(かいせい)の瞳が美しい。


「フルミアは銀と岩塩を産する。昔から、シンバルをはじめ、近隣各国から領地を狙われてきた」

 ジンの声が夜闇に溶ける。


「独立を守る中で、戦いの最前線で剣を振るう一族ができた。ジキタリア家。血統の元はもうわからないが、その中で灰青の目を持つ者が現れた」


 ぴくり、とジンが何かに反応した。


 ジンと共に、シズナがバルコニーの方を振り返る。遠目に、リットとルリアの姿が見えた。距離があるので会話は聴こえない。 

「あいつ……、余計なことを」

「どうした、ジンどの?」

 困ったように、ジンが眉を寄せた。


「ルリア様に、シズナどのは逢い引き中です、と言いやがった」

「な!」


 シズナの頬が赤く染まる。

 が、すぐに顔が青ざめた。


「ちょ、ちょっと待て! この距離で、二人の会話が聞こえるのか?」

「ああ。この目を持つ者は……聴覚や視覚、身体能力が高いんだ。呪いのようにな」

 シズナが息を呑む。


「それで――剣の鷲大狼(グリフィネール)灰青の牙(ジキタリア)か」

 シズナは木の下で足を止めた。

 角灯の灯りが消えていて、薄暗い。


 彼がどのような顔をしているのか。

 シズナには、見えない。


「力は正義じゃない」

 ジンが言う。


「だから、おれは間違えてはいけない」

 同じように足を止めて、ジンが振り向いた。


「あと何年、命数(めいすう)が残されているか知らないが。何かを守るために、剣を振るおうと誓った」


 何でもないように言う、彼が恐ろしい。

 シズナの唇が戦慄く。


「あと……何年?」

「高い身体能力の代償に、短命なんだ。それでも二十と少しは生きた」

 ジンが笑った気配がする。


「リットに出会えた。シズナどのにも出会えた。剣を交えることもできたし、おれは幸せさ」

 実直な彼の言葉に、シズナは唇を噛む。


「来年、また親善試合を行うことは……できるのか?」

「たぶん、まだ生きているとは思うが。明日のことはわからないな」


 気を抜けば緩みそうになる涙腺を、シズナは唇をさらに強く噛んで誤魔化した。


「ジンどのは――」

 暗闇で、シズナの足が木の根に(つまづ)く。


「あぶない!」

 ジンが転びそうになるシズナを抱き止めた。


「す、すまない。無礼を!」

 密着状態。今更になって慌てる彼が可笑しい。温かな手、包帯を巻いた右手。


「ジンどのは、踊れるか?」

「は?」

「舞踏は武闘、という言葉がシンバルにはある」

 繋がれた手の意味を、ジンはやっと理解した。


「お、踊れるには、踊れるが。あまり得意ではない」

「リードしてくれ。この暗闇では、私は見えない」


 シズナがワルツのステップを始めると、ぎこちなくジンの右手がシズナの腰に添えられた。


 静かな庭に、風に乗って楽団の音楽が流れてくる。

 三拍子のスローワルツ。


 灯りは天に輝く銀月だけ。

 (ひそ)やかな舞踏を見る者は、いない。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] ジン様が短命〜⁉︎ 高い身体能力の代償には納得だけど、納得したくな〜い_:(´ཀ`」 ∠):
[一言] かつてない甘い展開! リット様、ジンに聞こえるようにルリア王女に告げてますよね!確信犯。ジンが動けないように縫い留めました。さすがです。 (*´꒳`*)
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