第21筆 王子と王女
夜の帳が下りて。
シャンデリアが燦然と輝く大広間で、一組の男女が踊っている。
楽団が奏でるのは、華やかな一曲目。
舞踏会の主役と隣国の王女が優雅にステップを踏めば、取り巻く人々からため息が零れた。
「ああ、なんて素敵なお二人でしょう」
薄紅のドレスのご令嬢が呟けば、薄緑のドレスの友人も続く。
「凛々しいラウル様。さすがは第一王子様……。私とも踊ってくれないかしら」
「伯爵令嬢のアナタは望み薄ですわよ」
薄紅ドレスのご令嬢の言葉に、薄緑ドレスが口を尖らせた。
「あら、わかりませんわ。今宵は生誕祭ですもの。ラウル様が結婚相手をお選びになると噂ですよ」
「それだけではありませんわ。陛下が正式に王太子としてご指名なさるとか。ご存じありませんの?」
「まあ!」
薄緑ドレスのご令嬢が洋扇で口を隠す。
くふふ、と二人で笑い合う。
「素敵ですわね」
「素晴らしいですわね」
大広間の中央で、ラウルと鮮やかな黄のドレスを纏った王女が踊る。
「ラウル様」
楽団の音に紛れて、彼女が口を開く。
「何だ」
「フルミアの白い黄金。もう少し、採掘量を増やせませんか」
「こんなときに商談とは。さすがだな」
ラウルが手を繋いだ手を掲げる。くるり、と彼女が回った。ドレスの裾がシャンデリアの光を受けて金色に輝く。
「それなら、小麦の輸出を三割増やしてもらおうか」
「まあ。抜け目ないですわね」
「採掘をするにも、人手がなければならない。民を養わねばならない」
「では、シンバルからも人を集めます」
王女が微笑む。
「小麦を運ぶ用事もありますしね」
最後の弦楽の音。二人が踊りをやめる。
見つめ合う。
「商談仮成立だ。ルリア王女」
「仮ですか。慎重ですね、ラウル殿下」
ラウルとルリアが揃って王と王妃に頭を垂れる。
盛大な拍手が湧いた。
王が玉座から立ち上がった。
大広間が静まり返る。一番手のダンスを褒める慣例。
「ラウルよ。見事な舞踏であった」
「はっ」
「齢十九になったことを、余は祝福する」
「有り難き御言葉」
ラウルが真っ直ぐに王を見る。自分と同じ紫に見つめられ、王は微かに笑った。
「ラウルよ。何ぞ、望むものはあるか? 祝いとして授けよう」
「では、陛下。これを」
ラウルがルリアを抱き寄せた。
「我が妻にください」
ぱちくり、とルリアが青い目を瞬かせた。
「ラ、ラウル様?」
「嫌か」
至近距離の紫の色彩、その目に真剣な光が宿っている。
「嫌ではありません。しかし、もっと、こう……権謀術策の手札として切り出すかと思いました」
「その通りだが。不服か?」
「わかりました。私抜きの駆け引きですね」
ルリアとラウルが揃って王を見た。
「シンバル国王に一報を送っておこう」
王が大広間を見回した。壁際で隠れていた彼を見つける。
「リトラルド・リトン一級宮廷書記官!」
逃げ出そうとしたリットの襟首を、ジンが掴んだ。
「ほら、陛下がお呼びだ」
「ジン。後生だ見逃してくれ」
「王前逃亡とは何事か、友よ」
「戦略的敵前逃亡だ、友よ」
「なおさら悪い」
ずるずると、ジンが王の前にリットを引きずり出した。
「捕獲ご苦労。ジン・ジキタリア近衛騎士団副団長」
「はっ。光栄であります」
一方のリットは嫌そうに顔をしかめて、それでも居住まいを正す。
「信書代筆でございますか?」
「そうだ」
王が首肯する。
「この件と、次の旨をシンバル国王に書いて送れ」
「次の旨……、あー、ソウデスカ」
リットが指で頬を掻く。王前での不遜な態度に、ジンがリットの頭を左手で叩いた。
「いった。何する、ジン!」
「王の御前だぞ。ちゃんとしろ!」
「俺はいつでもちゃんとしている」
「どの口が言うか!」
ふふふ、と王妃が微笑ましげに洋扇で口元を隠す。
「青年たちの戯れは横に置いて。どうぞ、陛下」
王妃の言葉に、リットとジンが口を噤んだ。
直立不動で腕を背中で組む。王と王妃から見えない背後で、肘をぶつけ合う。
その様子に、壁際で控えていたトウリがため息をつく。
王が咳払いをした。
しん、と静寂が満ちる。
その中で、王は高らかに宣言した。
「今宵をもって、我が子息ラウルを、王太子とする!」




