第19筆 眠り姫と夢見姫
「あぁ、やっとお会いできましたわ。ラウル様」
髪の両側を編み込み、ハーフアップにした少女が、うっとりと青い目を細めた。
「メリア第二王女」
苦虫を噛み潰したようなラウルの表情に、メリアは首を横に振る。
「メリア、と呼んでいただいて構いませんわ」
「何故、お前が銀雪の国にいる?」
「ラウル様にお会いしたくて」
ふふ、とメリアが微笑む。その目元が姉に似ている。
「手紙はお前の仕業か」
「手紙?」
メリアが首を傾げた。
「惚けるな。ルリアに眠り薬を盛っただろう」
「さあ? 何のことだかわかりませんが、お姉様にお手紙は出しましたわ」
「Mと獅子の飾り文字」
窓辺に立つリットが口を挟む。
「これは、メリア様の直筆ですね?」
白い封筒をリットが見せれば、メリアは頷いた。
「そうよ」
「便箋も?」
「ああ、それは代筆をお願いしましたわ。文字が綺麗な方がいましてよ」
「……ほう」
リットの瞳の温度が下がった。鋭い目で、便箋を睨む。
洋紙の縁に、金色のインクで葡萄の蔦と実が描かれている。
文字は、黒い上等なインク。流麗ながらも、力強さを感じさせる筆跡。
「リット?」
ジンが声を掛けるが、リットは微動だにしない。
その翠の目は、文面ではなく葡萄の飾りをなぞっている。
「おい、リット!」
ジンの大声に、やっと顔を上げた。
「随分と熱心に手紙を読んでいたな。何かあるのか?」
「……ああ。俺の案件だ」
感情のこもらないリットの声。
ラウルの眉が跳ねた。
「どういうことだ、リトラルド・リトン一級宮廷書記官」
正式名で呼ばれても、リットはラウルに答えない。代わりにメリア王女へ尋ねる。
「手紙に眠り薬が仕込まれていたことは、ご存じでしたか?」
まあ、とメリアが上品に驚く。
「そうですの? 知りませんでしたわ」
白々しい、とラウルが吐き捨てた。
「では、お姉様は? ぐっすり眠ってらっしゃるの?」
「自分の目で確かめればいい」
ラウルの言葉に、メリアが笑う。部屋の奥、シズナが傍に立つ寝台に歩み寄る。
寝台で、ルリアが眠っていた。
「ああ、お姉様。深い夢の中へ旅立たれてしまったわ」
メリアが声音だけで嘆く。顔には微笑みが浮かんでいる。
「貴女様の仕業か!」
今にも噛みつきそうなシズナに、メリアは可愛らしく小首を傾げた。
「こうなってしまったら、今宵の生誕祭の舞踏会に、お姉様は出席できませんわ。ラウル様のお相手は、わたくししかいませんね」
「それを気にされるのですか!」
はっとシズナが気づく。
「まさか……、それだけのために?」
シズナの唇が戦慄く。
「ご自分が舞踏会でラウル様と踊るためだけに、ルリア様を眠らせたのか!」
「まあ、人聞きが悪い。わたくしは知りません」
ツン、とメリアはそっぽを向いた。
「でも。こうなっては仕方ありませんね?」
ラウル様、とメリアが甘い吐息をつく。
「――わたくしをお選びになって」
悪寒がシズナの背筋を走った。
メリアは、舞踏会の相手のことだけを言っているのではない。
もし、このままルリアが眠り続けるのなら。
目覚めないのなら。
金陽の国の王女は――メリアだけ。
ラウルが眉をひそめた。察したのだろう。
シンバルと婚姻関係を結ぶなら、その相手はルリアではなく。
「愛していますわ。ラウル様」
メリアが嗤った。




