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第16筆 騎士の誇り


「よう、お疲れ」

 訓練場の半地下にある、控えの間にリットが現れた。


「お疲れ様です。ジン様、シズナ様!」

 トウリが水の入ったコップを手渡す。二人が礼を言って受け取った。


「お二人ともかっこよかったです! こう、グオッときてガッと防いで――」

 熱の入ったトウリの感想に、シズナが苦笑した。


「ありがとう」

 疲れたように、一つに結った髪を背に払う。


「でも……、剣の鷲大狼(グリフィネール)には歯が立たなかった」

 シズナの表情が沈む。トウリが首を傾げる。


「ええと、良い試合でしたよ? 引分けですよね?」

 トウリがリットを見た。見上げる視線に、リットは口元を歪める。


「政治的にはな」

「っ」

 シズナが唇を噛んだ。 


「で、剣の鷲大狼(グリフィネール)としては、どうだったんだ?」

「その呼ばれ方は好きじゃない」

 ジンがコップを小卓に置き、リットを睨む。


「お前、わざとやっているだろう」

「まーね。たまには我が友をからかってやろうと思って。賭けにならなかったし」

「リット様。それは、八つ当たりでは?」

 トウリがため息をついた。シズナから空のコップを受け取る。


「八つ当たりは結構だけど。ジンどのをからかうのは僕の役目だよ」

 石造りの階段を、レガートが下ってくる。


「二人とも、お疲れ。良い試合だったよ」

「皮肉か」

「皮肉ですか」

 ジンとシズナの声が揃う。リットが肩をすくめた。


「レガートどのは、何やら我が友と、シズナどのに突っかかりますねぇ」

「悪いかい?」

 レガートが微笑む。緑と翠の視線がぶつかる。


「……二人の騎士から首チョンパされないよう、お気をつけて」

 リットの言葉に、わざとらしくレガートが目を見張る。


「僕も帯剣する騎士だけど」

「ああ、そうでした。審判役が苦手なスレイ騎士団副団長どの」


「くくくっ。さすが一級宮廷書記官どの。言葉(ワード)長剣(ソード)だ」

 きょとんとした表情で、トウリが言う。


「レガート様はスレイ騎士団副団長なのに、剣の試合の審判役が苦手なのですか?」

 くくく、とレガートが喉を鳴らす。


「侍従君は正直者だね」

「ありがとうございます!」

 トウリの頭をリットが軽く叩いた。


「いた! 何するんですか!」

「首チョンパされたくなかったら、黙っていろ。トウリ」

 リットの真剣な目に、トウリは口を手で押さえた。


「ウチの侍従が失礼を。まだ年若ですから、ご容赦ください」

 リットの謝罪に、別に、とレガートは返す。


「気にしていないよ。もっと辛辣な言葉を浴びる予定だから」

 レガートが彼女を見た。


「ねぇ、シズナどの?」

「王都守護を担うスレイ騎士団の副団長は、素敵な性格をしてらっしゃいますね」

「お褒めにあずかり光栄だね」

 レガートは微笑んでいる。が、その緑の目は一切笑っていない。


「レガートどの」

 ジンの強い声音に、レガートが振り向く。


「何だい?」

「騎士としての振る舞いを、お忘れか」

 ぴくり、とレガートの眉が跳ねた。


「どういう意味だい? ジンどの」

 微笑みと一致しない、レガートの冷たい声に、トウリは息を呑んだ。

 ジンの灰青(かいせい)の瞳が、真っ直ぐにレガートを捉える。


「剣を交える以外でやり返すのは、騎士として恥ずべきだ」

「へぇ、面白いね。キミはシンバルの肩を持つんだ?」

 シズナが眉間にしわを寄せた。


「……レガートどのは、我が国に対して、何か思うところがあるのか」

「ただの八つ当たりだよ。コーネス家の名に聞き覚えはあるかい?」

 シズナの目が驚きに大きくなった。


「それは……」

「ああ、そういえば名乗りがまだだったね」

 レガートの唇が弧を描く。


「僕はレガート・コーネス。お見知りおきを」

 慇懃無礼に、レガートが拳を胸に当てた。正式な騎士礼に、シズナの顔が歪んだ。


「……あの一件は、すでに片が付いています」

「そうだね」

 あっさりとレガートが頷く。


「わかっているよ。今更、波風立てるつもりはない」

 満面の笑みで言う。


「だから、ただの八つ当たりさ。かわいいものだろう?」

「親善試合の通例を無視することが、ですか?」

 発言したリットに、全員の視線が集まる。


「ヒラの騎士はともかく。役付きの騎士同士の試合は、頃合いを見て引分けにするのが、親善試合の通例」

 リットが目を(すが)めた。


「スレイ騎士団副団長どのが、知らない訳がない」

「うん。もちろん知っているよ」

 悪びれもせず、レガートが首肯した。


「フルミアとシンバルの王族方々の前で、雌雄を決してしまったら」

 リットの言葉をレガートが引き継ぐ。

「試合の敗者は居たたまれないだろうね。国の面子を背負った親善試合だから」


 びくりとシズナの肩が震えた。

 くくく、とレガートが喉で嗤う。


「よかったね、シズナどの。ラウル殿下に助けられて」

「あなたという人は……」

 シズナの琥珀色の目が鋭くなる。腰に吊った長剣の柄を握る。


「落ち着いてください、シズナどの」

 ジンが彼女の長剣の柄を手で押さえた。


「レガートどの。八つ当たりの域を超えています。挑発ですよ」

 ジンがレガートを睨む。


「残念だなぁ」

 レガートがため息をついた。


「これで斬り掛かってきてくれたら。正当防衛が成り立つのに」

「やっすい挑発ですねぇ」

 場違いなまでに軽い声音。

 リットが指で頬を掻く。


「スレイ騎士団副団長どのは、シンバルに喧嘩を売りたいのですか?」

「さあ、どうだろうね」

 惚けるレガートに、リットが表情を消す。静かな威圧を放つ主人に、トウリは唾を飲み込む。


「忠告ですよ、スレイ騎士団副団長どの。言葉(ワード)長剣(ソード)になっています」

「くくく、そうだね」

 レガートが面白そうに笑う。


「そのつもりだからね」

「レガート!」

 ジンが叫んだ。灰青の目には怒りが宿っている。


「心配ないよ。ぎりぎりの(ライン)さ。ジンどのは知らないかもしれないけれど、これぐらいの応酬は舞踏会では珍しくないよ」


 ねぇ? と話を振られたリットは答えない。


「何だ。つれないなぁ、リットどのは」

「スレイ騎士団副団長どの。ペンは剣より強し、です。お気をつけて」

「ご忠告ありがとう。今夜の舞踏会は大人しくしているよ」

 ああ、とレガートが気づく。


「シズナどのも舞踏会に出席するよね」

「……ええ」

 硬い表情で、シズナが頷く。ちら、とジンを見た。ジンが彼女の長剣を押さえていた手を放す。


「じゃあ、今回のお詫びだ。一曲、僕の相手をしてくれないかい?」

「いえ。私は騎士として参加するので」

「ドレスではない?」

「はい」

 ふーん、とつまらなそうにレガートが鼻を鳴らした。


「なぁんだ」

 薄い笑みを浮かべて、レガートがシズナに近づく。


 耳元でささやく。


「騎士姿よりも、髪をほどいてドレスを着ていたほうがいいんじゃない?」

 かっと、シズナの頬が羞恥に赤く染まった。


「レガート。斬るぞ」

 ジンが長剣の柄を握った。


「冗談だよ。剣の鷲大狼(グリフィネール)は怖いね」

「ジンどの。助太刀は無用です」

 静かに彼女が言った。すらりと長剣を抜く。


 レガートの唇が吊り上がった。


「シズナどの! 落ち着いてくだ――」

「大丈夫です」

 ジンの声をシズナが遮る。


「レガートどのを斬るつもりはない」

 シズナの琥珀色の目がレガートを捉える。


「しかし。これで黙っていては、騎士の名が(すた)る!」

 シズナが自分の髪を掴み、片手で長剣を閃かせ――。


 ざくっ、と音が響いた。


 レガートが目を見張る。

 ぼたぼたと、(あか)い血が床に落ちる。

 シズナの刃を、ジンが手で握っていた。


「駄目だ、シズナどの!」

 ジンが叫ぶ。


「髪は女性の命だ!」

「だから切り捨てる!」

 シズナが強く言い返す。


「私は騎士だ! 令嬢ではない!」

「それでも!」

 ジンが手に力を込める。


「自分が自分を否定するな!」

 控えの間にジンの声が響いた。









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― 新着の感想 ―
[一言] だめだ…前話を踏まえて読むと、リット様のジンへの絡みが尊い。(様付けの移行が全く発生しません。) 最後のジンのセリフは、彼が言うと深い意味を持ちますね。剣の鷲大狼の名を持つ身の上だと。
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