第15筆 親善試合
生誕祭当日。
近衛騎士団の訓練場に、王侯貴族たちが集まっている。
親善試合に出場する騎士たちに期待を寄せ、賑やかに喋る。
剣を交えていた片方の騎士が押し負け、地面に膝をついた。
「それまで!」
審判役のレガートが声を上げた。二人の騎士が距離を取り、互いに礼をする。
「さすが、フルミアの騎士ですね。お強い」
ルリアが貴賓席に座るラウルへ声を掛けた。
「冬が厳しいフルミアでは、熊や狼も相手にしなければならないからな」
「まあ。聞きまして、マエス」
マエスが眉を寄せる。
「私は熊を相手にしたことはないですね。野犬ならありますが」
「ほう」
ラウルが声を漏らす。
「野犬は群れるからな。苦労しただろう」
「ええ。とても」
訓練場に騎士たちが現れた。歓声が沸く。
「リット様! やっとジン様の出番です!」
階段状の観客席から身を乗り出して、トウリが指差した。
革の防具を身に着けたジンが、訓練場の中央でシズナと対峙する。
リットが座ったまま、足を組みかえた。
「宮廷書記官たちも、近衛騎士団たちも。全員ジン派だったから賭けにならん」
つまらなそうに、あくびをする。
「まぁ、もともと勝敗については……わかっているからな」
「双方、礼」
レガートの言葉に、ジンとシズナが一礼をする。顔を上げれば、ぴりっと空気が張り詰めた。
ジンとシズナが剣を構える。
「始め!」
駆け出したのは、シズナだった。
振り下ろされた刃を、ジンは長剣を横にして受ける。力で弾き、長剣を薙ぐ。シズナが飛び退く。避ける。ジンが踏み込む。シズナがその剣戟を受ける。重い。至近距離で灰青と目が合う。
ぞっと、背筋が凍り着いた。
彼の瞳には、何の感情も浮かんでいない。
気負いも、攻撃性も。恐れも、計略も。
ただ当然のごとく、長剣を振るっている。
今まで感じたことのない悪寒に、シズナは距離を取った。息を整える。
――剣の鷲大狼。
その名は聞いていた。
例年なら、親善試合と生誕祭は、夏の離宮で行われる。近衛騎士団副団長として、王城守護で残っていたジンとは、今まで会うことはなかった。
それでも、街中の襲撃で、彼の戦いを見た。
容赦なく振るわれる刃に、慈悲などなく。普段の温厚さとは一線を画す。ただ淡々と、そうであるかのように男たちを斬り倒した。
シズナは思う。
ジンにとって、血に濡れることは日常なのだろう。
ジンが駆け出し、距離を詰めた。耳障りな高音。刃が交わる。
力では押し負けるので、シズナは長剣を滑らせた。力を逃がす。一瞬できた隙に、斬り返した。
防がれた。
シズナは唇を噛む。剣技はジンのほうが上。刃を交えて痛感した。
再び距離を取って、審判役を見る。もう、頃合いだろう。
シズナの視線に気づいたレガートが、微笑んだ。
口を開かない。
続行。
ふざけるな、とシズナは零す。小声でも、ジンの柳眉が跳ねた。
フルミアとシンバルの王族が観ている場で、無様に負けてしまったら。剣しか取り柄のない自分に価値などない。
気を奮い立たせる。
一撃だけでも、剣の鷲大狼に喰らわせたい。
長剣を振るう。
ジンに弾かれる。
立て直し、横に薙ぐ。高く跳躍して避けられた。その反射と身体能力に、シズナは目を丸くした。
着地と同時。
ジンの切っ先がシズナの喉を狙う――前に。
「それまで!」
ラウルが立ち上がった。ジンの動きが止まる。
「見事な剣技だった。双方、異論は?」
あるわけがない。
「……ありません」
ジンが剣を収めた。ラウルのいる貴賓席に頭を垂れる。ほっと息をつき、シズナもジンに倣う。
拍手と歓声が沸いた。




