第12筆 真相は闇の中に置く
土埃を落として、リットは職位の正装に着替えた。
胸元に、白鷲の三枚羽をブローチで留める。ばさりとマントを捌き、トウリへと向き直る。
「どうだ」
「完璧です」
トウリが小さく拍手をした。
「普段から正装着用なら、執務にも励んでくださいますか?」
「やだよ。肩が凝る」
億劫そうに、リットが右肩を回す。
間が良く、私室の扉がノックされた。
トウリが開ける。
「おっ、トウリ。お前も侍従の正装か。かっこいいぞ」
「ありがとうございます! ジン様も素敵です」
ジンがはにかんだ。黒を基調とした制服に、銀の飾りがあしらわれている。
「このまま舞踏会に出られそうだな、友よ」
リットの言葉に、ジンが首を横に振った。
「肩が凝るから遠慮したいな、友よ」
「二人して同じことを言っていますね」
息ぴったり、とトウリが呟く。
「まるで、〈白雪騎士物語〉の主人公レオン騎士とエーヴォン王ですね!」
トウリの瞳がきらきらと輝いている。
「だ、そうだぞ。エーヴォン王」
「トウリの戯言に乗るんじゃない、ジン。この流れだと、お前が白雪騎士であるレオンだぞ。主人公だぞ」
「それは、ちょっと恥ずかしいな」
ジンが指で頬を掻く。
「レオン騎士のモデルって、いるのですかね?」
トウリの疑問に、リットは首を傾げた。
「仮に似ているとしたら、やっぱり近衛騎士団副団長どのだろ」
「おれか?」
目を丸くして、ジンが自分を指差す。
「というか。正々堂々、王道の騎士を書いたら、そいつが実在したっていうオチだな」
「ふーん。そうかもしれませんね」
トウリが疑いの眼差しを主人に向ける。
「真相は闇の中のほうがいい。『光るもの、すべて銀ならず』だ」
「またそうやって、リット様は煙に巻く」
不服そうに、トウリが唇を尖らせた。
「まあ、トウリ。現実は現実、物語は物語だ」
ジンがトウリの頭を撫でる。
「早く新刊が出るといいな」
「はい!」
笑顔になった侍従に、けっ、と主人が不貞腐れた。
「リット様! 万が一、億が一、あなた様が失脚なさったら。僕に近衛騎士団への推薦状を書いてくださいね!」
「失脚する前に失踪するから無理だな」
「地の果てでも追いかけますよ」
「馬に乗れないくせに」
「今、それ言いますか!」
主従の茶番を、微笑ましげにジンが見守る。
「やっと、来たか」
紋章の間で、椅子に座ったラウルが呟いた。
リットとジンが顔を見合わせる。
「ご命令により参上いたしましたが……、何やら疲れてません? 殿下」
挨拶と礼をすっ飛ばして、リットが口を開いた。
「祝いの口上を散々に聞いていたからな。疲れて当然だ」
ラウルが肘掛けに頬杖をつく。
「ああ、襲撃の一件ご苦労。ルリア王女は無事だったな」
リットは顔をしかめ、ジンは頭を垂れた。
「さすが、聡明と名高いルリア王女です」
ジンが言う。
「一足先に王城へと向かっていたとは。襲撃者の目も誤魔化せました」
「その襲撃者の特定を、近衛騎士団に命じる」
「はっ」
第一王子の命令に、ジンが拳を胸に当てる騎士礼を執った。
「親善試合の前に、仕事が増えてやんの。やーい」
リットの冷やかしに、ジンが睨んだ。
「……畏れ多くもラウル殿下の御前だぞ、一級宮廷書記官どの」
「これくらいで怒るなよ、近衛騎士団副団長どの。余裕がないな?」
「あってたまるか。隣国の第一王女が、フルミアで襲撃されたのだぞ? もし、ルリア王女の身に何かあったら。シンバルとの関係が悪くなるのは明白だ」
「残念だな、ジン。天と地の間には、国と国との思惑を越える思慕がある」
「何?」
ジンが眉をひそめた。
「どういうことだ、リット」
「そういうことですよね。ラウル殿下」
翠の瞳がラウルを射る。
「直接、本人から訊けばいい」
ラウルが青年侍従の姿を確認した。扉の脇に立ったヤマセが頷き返す。
「入れ」
ヤマセが扉を開ける。
「――シンバルの第一王女、ルリア様。側近、シズナ様のお見えです」
青い洋扇を片手に、ドレス姿のルリアが美しい令嬢礼儀をした。拳を胸に当て、シズナが頭を垂れる。
ジンの目が見開かれた。
「あ!」
壁際で控えていたトウリが声を上げ、慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「何だ、トウリ?」
リットの言葉に、首を横に振った。
「いえ! 失礼いたしました!」
「ふふ。インク屋と、街中でお会いしましたね」
ルリアが青の目を細めた。




