第11筆 厄介事を手土産に王城で会いましょう
朝一番の来客に、ラウルは盛大に顔をしかめた。
「これは、どういうことか」
王城のエントランスに現れたのは、青い目の賓客。傍らには女騎士が控えている。
他に、供はいない。
「御存じでしょう、ラウル様」
ドレス姿のルリアが微笑んだ。
「そういう訳で、一足先に来訪させていただきました」
「どういう訳だ」
ラウルが彼女を睨む。剣呑な紫の瞳に怯みもせず、ルリアは小首を傾げた。
「あの子が、ちょっかいを出してくると思いまして」
地を這うような、深い息がラウルの口から洩れた。
「……メリア王女か」
「ええ。シンバルを出発した時も、散々にだだを捏ねられましたよ。『お姉様だけラウル殿下に会うのはずるい』って。もう、何かしらの一報がお耳に届いているでしょう?」
「昨晩、王都の手前で襲撃されたと聞いた」
馬車も侍女も護衛も連れていないことから、導き出される答えは。
「……王都のどこに、いつから潜んでいたのか。紅茶でも飲みながら、話を聞かせてもらおうか」
「ええ。王都フルトは、楽しい街ですね。素敵なインク屋がありました」
「そうか。街巡りは楽しかったか」
しかめっ面のまま、ラウルが踵を返す。彼の後にルリアたちが続く。
「腕の立つ騎士様も見かけましたよ。さすが、小国ながら独立を守るフルミアですね」
「一角の獅子に忠告しておこう」
淡々とラウルが言う。
「銀と白い黄金に手を出せば、鷲大狼に切り裂かれるぞ」
「あら怖い。ねぇ、シズナ。ラウル様が私を脅すわ」
「先に口を出したのは、ルリア様です。軽率ですよ」
「わかっています」
悪びれもせず、ルリアが笑みを深くした。困ったように、シズナが進言する。
「危ない橋をさらに揺らさないでください。わたしたち護衛の命がいくつあっても足りません」
「それはメリアに言ってね」
シズナとラウルのため息が重なった。
白嶺門の門番が、リットに手紙を渡す。
「殿下からです」
馬から下りたリットの表情が歪んだ。
「リット様。お顔に出ています」
トウリの忠告に、ヤマセが小さく噴き出す。失礼、と咳払いで誤魔化して、自分が乗っていた馬とリットの馬の手綱を引く。
「労いの言葉とかじゃないのか?」
ジンが黒鹿毛から降り、飛んで駆けつけた近衛騎士団の騎士へ預ける。
「お前は人が好過ぎるぞ、ジン。あの殿下の性格を考えてみろ。どーせ、また厄介事だ」
リットが封蝋を剥がし、洋紙を開いた。簡潔な一文。
――近衛騎士団副団長とともに、正装で紋章の間に来い。
「ほらみろ!」
ジンに向かって吠えた。
「お前も巻き込まれているぞ!」
びしり、とリットがジンへ指を向けた。
「人を指差すんじゃない」
革手袋をしたリットの右手、その腕をジンが叩く。手を叩かないのは、宮廷書記官である友への配慮。短弓の弦から右手を守る革手袋を着けていたとしても、彼の職命を脅かすことはしたくない。
「うん? ちょっと待て、リット」
「何だ」
リットの持つ手紙を、ジンは覗き込んだ。
「正装で、って書いてあるぞ」
「だから厄介事だ決定事項だ」
盛大にリットが嘆く。
「心当たりでもあるのか?」
ジンが首を傾げた。
「殿下の生誕祭当日まで、あと数日だぞ。近衛騎士団副団長どの」
リットの言葉に、ジンが頷く。
「ああ、そうなるな。一級宮廷書記官どの」
ジンが白銀門のほうの空を見た。爽やかな朝の空気に乗って、微かにざわめきが聴こえる。
「……王城の正門たる、白銀門が忙しそうだな」
裏口である白嶺門の門番へ話しかければ、長い槍を持つ青年門番は首肯した。
「はい。こちらは静かですが、やっぱり人の出入りは激しいですよ。白銀門のほうに、ラウル様の生誕祭を祝うため、王侯貴族の方々が到着していますから」
「ジン。お前、この距離で白銀門に誰が来たか、わかるか?」
リットが尋ねる。
「さすがに無理だな。到着を知らせるラッパの音しか聴こえん」
トウリが耳を澄ませ、不思議そうに首を捻った。リットが苦笑する。
「それでも十分だが」
「二、三組は到着したようだな」
「ふーん。早いな」
翠の目が眇められた。
「一番乗りは、誰かな?」




