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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

口の悪い天女と私

作者: kio



「痛ったああ!」



 雲ひとつない、綺麗な夕焼け空に叫び声が響き渡る。


 うん、痛そうだ。盛大に尻餅ついたからね。背中も痛いだろう。


 しかも空から落ちてきた人をキャッチしてんだから。


 まあ、落ちてきた当人は何食わぬ顔で、下敷きになった彼女の上にうつ伏せになっているが。

 

「あんたねえ! なんでいつも私の上にくるの!? 毎回受けとめるこっちの身にもなってよ!」

「うん。いつもありがとう。感謝してるよ」


「先に謝ってよ! バカ!」

「私のほうが成績いいんだけど?」

「そういう意味じゃない!」


 彼女はすぐに人のことをバカという。


「なんでこれだけやってまともに着地できないの? バカなの?」


 またバカという。


 何故こんなにも口が悪いのか。黙っていれば誰もが目を見張る美少女だと言うのに。


 いや、学校での彼女はそれなりに品行方正か。口が悪いのは私にだけだ。


「着地できる人もいれば、できない人だっているんだ。人間とは、そういうものだよ」

「何悟ってんの? 出来ない人に付き合わされてる私がバカみたいじゃん」


「もっかい飛んでいい?」

「ダメ。私の体がもたない」


 ケチだな。まあいいか。


「じゃあ芽衣が飛んでよ。私はそれを見ているから」

「いいけど。ちゃんと見て、いいかげん着地覚えてよ」


 そういうと、芽衣は私を押しのけてふわりと地面から飛び立った。

 


 綺麗だ。



 芽衣は実に綺麗に空を舞う。


 私は芽衣が飛んでいる姿を見るのが好きだ。

 まるで空が彼女の本来いるべき場所かのように、まったく違和感がないのだ。




 もともと私と芽衣はそれほど仲は良くなかった。

 同じクラスではあるが、別のグループだったからほとんど話しもしなかった。別に仲が悪いわけでも、良いわけでもない。普通のクラスメートといった感じだ。


 関係が変わったのは、夏休みに家族と旅行に行ったときだ。

 旅行といっても、遊びにいくというものではなく、避暑地に休みにいくというものだ。


 親はそれで良いのかもしれないが、子供である私はひどく退屈だった。なぜわざわざ車で半日かけて慣れないコテージに行かなければならないのか、さっぱりわからない。

 やることといえば、普段過ごしている家で、クーラーを効かせてスマホでゲームをやるのと同じことだというのに。


 そんな感じで退屈していた私は、親から『山の空気は美味いから外に出て散歩でも行って来い』と意味のわからない理屈のもとに追い出された。


 まあ確かに気晴らしにはなるかと思い外に出て、有名な滝が近くにあるらしいからとりあえずそこにでも行ってみるかと山道に足を伸ばしたのだが、そこに芽衣がいたのだ。


 芽衣も家族でこの避暑地に来ていたらしい。

 そして私と同じように退屈していて、同じような理由で滝に向かっていたのだと。


 普段話をしないとはいえ、一応クラスメートだし、二人しかいないものだから、当たり障りのない話をしながら一緒に滝まで行ったのだ。


 有名な滝だというからさぞ凄いのだろうと思っていたが、そこにあった滝は普通に川の一部に段差が出来ただけのような、こじんまりとしたものだった。


 暑い中わざわざ歩いてきたのにこんなものかとがっかりした。

 芽衣もそれは同じだったらしい。

 ただこれでも有名な滝らしいから、写真だけも取ろうとスマホを取り出したのだが、私は誤って落としてしまったのだ。


 滝自体はこじんまりとしたものだが、その滝を見る展望台は崖の上にあったため、私のスマホはあっという間に落ちていった。

 ただ、下に落ちたような音は聞こえなかったから、スマホにつけていたストラップが途中の木にでも引っかかったのだろう。


 私は風人(かぜびと)だから、一応飛ぶことは出来るのだが、あまり上手く飛べない。

 それでもやっぱり拾いに行こうかと逡巡していたら、芽衣が先に飛んで拾いにいってくれたのだ。


 彼女も風人だったらしい。


 あまりに綺麗に地面から離れたものだから、私は呆けてそれを見ているだけしかできなかった。


 スマホはやっぱり崖の途中の木に引っかかっていたらしく、拾ってくれた芽衣は宙に浮いたまま私に渡してくれた。



 天女かと思った。



 それぐらい綺麗だったのだ。


 彼女以上に綺麗に飛ぶ人を私は見たことがない。


 「スマホリングつけてるのに落とすなんて、つけてる意味ないじゃん。あんたバカなの?」


 ただ、その天女は口が悪かった。


 私は自分も風人だということを伝え、うまく飛べないから飛び方を教えてほしいと彼女に頼んだら、二つ返事で了承してくれた。




 それから学校の帰りに時間があるときは、こうして近くの河川敷で練習に付き合ってくれるようになった。


「じゃあ今から降りるから、よく見といてよ」

「わかった」


 彼女は飛び上がるときも、飛んでいるときも、地面に降りるときも、いつだって美しい。それに比べて私の飛び方はなんともぎこちない。


 でも、私は別に着地が出来ないわけじゃない。


 私は芽衣に向かって着地をしているだけだ。


 彼女の柔らかな体に向かって着地をし、彼女はそんな私を抱きとめてくれるのだ。


 彼女もそれはわかっている。でもそれを指摘せずに、ずっと付き合ってくれている。

 天女は口は悪いが、とても優しい。



 美しい芽衣が、美しく降りてくる。



 私はそんな芽衣の真下に体を持っていく。


「あ! ちょっ! 何やってるの!」


 彼女は慌ててバランスを崩し、私の上に落ちてくる。


 私は芽衣を抱きとめて、盛大に尻餅をつきながら後ろに倒れた。


「痛い」


 結構痛い


「……私の痛さが分かったか。このバカ」

「うん。でも、下になるのも悪くない」


 そんなことを言うと彼女は顔を赤らめて言うのだ


「バカ!」


 口の悪い天女は、とても優しく、とてもかわいい。


 キスのひとつでもしてやりたいが、それをすると彼女はもう抱きとめてはくれないだろう。



 私達の関係は、抱きとめられて、抱きとめる。そういう関係でいいのだ。


 それはこの先も、たぶん、変わらないだろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 口の悪い天女。 いいですね。 仲の良い二人が楽しそうに過ごしているのが読んでいて良かったです。 素敵なお話を読ませて頂きありがとうございます。
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