一方そのころ
シュンがいなくなったと知った日本人たちは軽く驚いたが、深く考える者は少なかった。
目立たず印象の薄い人間は一人消えても、彼らは他人事だったのだ。
まさしく御子柴の期待通りで、彼は仲間とほくそ笑む。
例外は二人だけいて、一人はシュンの隣の席の沢野ユキだった。
彼女は純粋に心配したし、シュンの身に何かあったのではないかと考えたが──クラス内で自分に発言力がないことを憂慮し、言えなかった。
かわりに担任の鹿倉に相談しに行く。
「砥峰がいなくなった件、お前も変だと思ったか」
沢野にとって意外な答えが返ってきた。
クラスの教え子なんてどうでもよさそうな鹿倉は、シュンの性格についてある程度把握しているらしい。
「ラルクって異世界人には俺から言っておこう。お前は黙っておけ」
「え、でも」
鹿倉の意見に沢野は困惑する。
シュンの件がおかしいと思う人間が増えるのは重要だと彼女は思っていたからだ。
そんな彼女に鹿倉は声を低め、怖い顔で警告する。
「砥峰が自分の意志で、あるいは事故でいなくなったならいい。誰かのたくらみだった場合、おかしいと騒ぐお前が次に狙われるぞ」
「ひ」
沢野はおびえた声をあげ、自分の鈍感さにようやく気づいた。
「い、異世界人でしょうか? 砥峰君のスキルがよくわからないものだったから?」
沢野にとってクラスメートよりも、未知の異世界人こそ疑うべき対象だった。
根が善良な彼女は御子柴が本気でシュンに悪意を抱いたなんて、とても想像できない。
「それも黙っておけ。誰にも言うな」
鹿倉は彼女には何も言わなかった。
「は、はい」
おびえた顔をして彼女が去って行って、鹿倉はほっと息を吐く。
臆病な少女が異世界人に警戒心を抱くのは、別に不自然に思われないだろう。
「クラスメートこそが敵」という可能性を彼女に言わなかったのは、彼女の身鹿倉なりに守るためだ。
鹿倉は舌打ちをしながらラルクに面会を求め、彼の予想通りすぐに会えた。
「一人いなくなった件について、あなたはどう思いますか?」
部下に囲まれているラルクは彼に椅子をすすめることもなく、単刀直入に切り出す。
「わからない。この世界について俺の知らない情報が多すぎる」
「なるほど、もっともなお考えです」
ラルクの表情に一瞬だけ失望がよぎったのを、鹿倉は見逃さなかった。
少なくともこいつらは砥峰を消してないな──と彼は判断する。
ラルクたちが犯人だった場合、彼の答えに対する彼らの反応は今と対極に位置するものだっただろう。
「気づいたことがあれば教えてください。僕としては消えた少年が見つかり次第、保護したいのです」
「わかっている。あんたらに庇護されたほうが安全だろうからな」
鹿倉は心にもないことを言ったが、完全な嘘と言うわけでもなかった。
ラルクたちは信用できないかもしれないが、自分たちに利用価値を見出しているだけまだマシな部類だろうと思うからだ。
鹿倉が部屋から出ると、ラルクは憤怒の顔になる。
「誰だ? ぷらもとやらのスキル使いを消したのは誰だ?」
「内紛でしょうか?」
部下の問いに彼は大きくうなずく。
「『結界王』の結界は、悪意ある者が『結界王』に知られず侵入することはできない。たとえ超越スキルでもだ。例外は内部の者が殺したか、あるいは追い出した場合だ」
「見つからないと追加の準備が無駄になってしまいますね」
と部下の一人が言う。
ラルクが言った追加の準備とは、シュンのプラモ作りというスキルを研究・分析できそうな人材を呼ぶことだった。
「スキルはまだ謎が多い。解明すれば僕のスキルが超越スキルに進化する可能性だってありえるのに。トノミネとやらに危害を加えた奴、絶対に許さないぞ」
異世界人を呼び、スキルを鍛えて自前の戦力にすると同時に、スキルの研究に使って自分が超越スキル持ちになる。
そんな計画を壊されたラルクの怒りはまだ鎮まらない。