プラモオタクのシュン
砥峰隼は今日も教室の隅で、一人プラモを作っている。
「それでさー、昨日見たドラマがね」
楽しそうに大きな声で話しているのは、クラスカーストトップの面子だ。
彼らから離れたところで別のグループがいて、他にも小グループがいる。
友達がいないシュンはぼっちでクラスカーストが底辺だった。
いじめはないものの肩身が狭いことにかわりはない。
彼は熱中できる趣味があるだけまだマシかもしれなかった。
「ふー、完成したか」
完成したのはミニサイズのプラモロボである。
サイズが小さくなることで集中力が要求されるので、完成した時の満足感は大きい。
「お、トノミネ、またプラモか」
「大久保」
たまたま通りかかった大久保が彼の机を見て声をかける。
大久保は190センチ近くあるバスケットボール選手で、明るい性格もあってカーストは高かった。
「相変わらず好きだねえ。そんなのに熱中して何の役に立つんだ?」
悪気なく彼は話しかけてくる。
「好きなんだからほっといてくれ。これくらいなら校則違反じゃないし」
シュンは面倒くさそうに答えた。
「まあな。うちの学校かなりゆるいよな!」
大久保は気を悪くした様子もなく笑ってそのまま離れる。
彼はプラモオタクのシュンを馬鹿にすることもない男だった。
その後、大久保と入れ替わるように男子の二人組がふざけ合いながらやってきて、シュンの机にぶつかってプラモが落ちる。
「あっ」
シュンが声をあげると同時に舌打ちが聞こえた。
「何だよ、トノミネ。プラモなんて持ってきてんじゃねえよ」
舌打ちしたのは御子柴という金髪のガラのよくない男子だ。
「ご、ごめん」
絡まれたくないシュンは反射的に謝ってしまう。
「きも」
聞こえるようにはっきり言って、御子柴は友達と一緒に離れていき、床に落ちたプラモに見向きもしなかった。
シュンはそっとため息をつく。
心を踏みつけたのだと御子柴は気づいてもいないのだろう。
(考えるな)
受け流したほうがきっと利口なのだと彼は自分に言い聞かせ、手を伸ばす。
自分で拾うよりも先に落ちたプラモを拾う手があって、空振りに終わる。
「はい、トノミネくん」
隣の席の沢野という女子がプラモを拾って渡してくれた。
「ありがとう」
地味ながらメガネがよく似合って可愛らしい子で、女子慣れしていないシュンはどきまぎしてしまう。
「きもっ」
女子の誰かの言葉に思わずびくっとなった。
別に彼に向けたものではなかったようだが、「オタクきもい」と言われたのは一度や二度ではない身は反応してしまう。
そしてそれがまた笑われる理由となる、負のスパイラルだった。
「ふー」
シュンは悪意を向けられていないことを把握して、そっと安どの息を吐き出す。
終わりのホームルームさえ終わればすぐにでも家に帰ろうと決める。
そこへ担任教師の鹿倉がやってきた。
いかめしい目つきをした四十代の男性教師で、あまり似合っていないスーツを今日も着ている。
不審者を警戒しているような視線を教室内に浴びせつつ、口を開いた。
「今日の連絡事項は特になし。掃除、さぼらずやれ」
鹿倉のホームルームは今日もとても短い。
大事な連絡事項がないなら一分で終わってしまうので、人気だった。
もっともホームルームの短さにかぎってのことで、本人は嫌われている。
鹿倉が出ていくと、とたんに女子がおしゃべりをはじめた。
「ああ、鹿倉の視線、不気味だったなぁ」
「教え子を見る目じゃないよね、あれ」
視線にこめられた感情については女子のほうが敏感ってほんとなのかな。
シュンはそう思いながら立ち上がって鞄を握り、教室の外に出た。
瞬間、ドォォオンという大きな音が聞こえ、校舎全体が揺れ、彼は思わずその場にしゃがみこんだ。