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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
15/22

15 半端者の覚悟

 目を覚ましたガレイに、店に戻っても大丈夫という事だけ伝えて、アルヴェスは覚束ない足取りで外に出た。

 活動を始めた街中はいつものように賑わっている。人の波にさらわれないようにアルヴェスは道の端を歩いて行く。彼の隣にいるはずの外套姿の少女はもういない。

 シルバレットがとうとうファミリーに捕まってしまった。その事実を認識する度にアルヴェスの心臓の鼓動が酷く速くなる。

 しかしあの場での彼の選択は、罪悪感が残る結果にはなったが間違ってはいない。あのままアルヴェスがシルバレットを手放さなかったら、きっとアルヴェスは死んでいただろう。

 だからあの選択はきっと最善の選択で、胸に渦巻く重圧感と罪悪感もまた、予想の範疇だ。

「しかし、あれだな」

 アルヴェス自身、窮地に陥っている人間を見捨てた経験が無いわけではない。この街に来る前、アルヴェスを陥れようとして逆にそれにはまり、あろうことかアルヴェスに助けを求めてきた人間もいたくらいだ。

 その時に比べれば、一時の別れなんてどうってことはない。そう思っていたが、全身を包む気持ち悪い不安はそんな予想を軽々と超えてきた。

 形容しがたい不安を抑え込んでふらふらとアルヴェスは道を歩いて行く。

 やがて、足下に芝生が見え始めた頃にアルヴェスは顔を上げた。

 見覚えのある景色。アルヴェスとシルバレットが先日やってきた霊園だ。

 規則正しく置かれた墓石の間の道を辿って、かつての同僚の名が刻まれた墓石に前にアルヴェスは辿り着く。一度大きく息を吐く。

「……よし」

 覚悟を決める。少し前に固めたものを再度固めるようにぎゅっと拳を握る。

 あの時、アルヴェスがシルバレットを手放したのは自分の命が惜しかったからではない。むしろアルヴェスは自分がどれだけ傷つこうとシルバレットを抱えて逃げるつもりだった。真祖の言葉を聞くまでは。

 本来接触するはずのなかった人物。その人物と接触し、言葉を聞いた事で、アルヴェスの胸中に蟠っていた何かが疑問という形で浮上した。

「クーリエ、君の無念も晴らせるかもしれない」

 最初は疑問にも満たないちっぽけな一つの情報に過ぎなかった。

「右手。銀。ファミリーの後継争い。関係性のない単語だと思っていたけど、違ったんだよ」

 魔術師と接触した事で僅かに違和感を覚えた。

「真祖の言葉を信じるなら、だけど」

 そして最大の真祖(イレギュラー)と言葉を交わして、明確な疑問に昇華した。

 ここまで辿り着けたのはとても幸運なことだ。そしてその幸運の入り口となったのがこの霊園だ。

 霊園にはアルヴェス以外の人影はない。昼間で騒がしいはずの街中と切り離されたように霊園を静寂が支配する。

「シルバレットも助けて、君も安心して眠れるようにするよ」

「ほう、それはどうやるんだ?」

 脈絡もなく、唐突に後ろから声がした。

 聞き覚えのある声だ。そしてそれは、アルヴェスが今最も会いたかった人物であることを証明していた。

「ここの警備は続けてたんだね」

「まあな。犯人の手がかりは少しでも欲しい。無いなら自分で掴むしかない。杖を下ろせ」

 ローレインが霊園中に響き渡るようにそう叫ぶと、ざぁ、と一陣の風がアルヴェス達を通り抜けていった。

「助かるよ」

「君とは会ったことがあるからな。しかし前とは状況が違う。今回は君を客人として扱うわけにもいかない。……おや?」

 そこまで言ってから、ローレインはアルヴェスの隣にシルバレットがいないことに気がついた。

「あの少女はどうした?」

「ん? ああ、色々あって連れて行かれた」

「…………」

 その意味を理解したのか、ローレインは沈黙する。団長であるローレインの耳にシルバレットを逮捕したという情報が入っていないなら、彼女をさらった犯人は必然的に絞られる。

「ファミリーを敵に回すような子では無いと思ったんだがな。それとも彼女の呪いか」

「すぐに取り返すよ」

「ふむ。誰かの心配をする余裕なぞ無いが、個人的興味で尋ねよう。どうするつもりだ?」

「力を貸して欲しい」

 アルヴェスのお願いにローレインは反応することも忘れてぽかんとする。しかしすぐにその言葉の意図を探るようにアルヴェスを見た。

「どういうことだ?」

「夜警団が追っている犯人がファミリー内にいる」

「その根拠は?」

 そう問われ、アルヴェスは焦りと緊張を抑えながら自分が立てた推論をローレインに話した。

 吸血鬼殺しの事、濡れ衣を着せられたシルバレットのこと、そして、真祖の言葉。

 話を聞いたローレインは顎に手を当てて考える仕草をとる。彼が一番驚いたのは真祖が生きていたことだろう。

 長い沈黙の後、ローレインはゆっくりと口を開いた。

「君が会ったという真祖の言葉を信じるなら、その説は有力だろう。しかしながら危惧すべき点もある。決して小さくはないファミリーの中から一人の犯人を見つけるのはどうするんだ? 一人一人調べられるわけじゃないだろう?」

「犯人はきっとファミリーのボスの座を狙っている。そしてボスになるにはそれに足る実績が必要になってくる。今回の場合、吸血鬼殺しの犯人を捕まえたという事実がそれに当たるはずだ」

 とはいえ、陰でこっそり犯人を捕まえました、だけでは他の吸血鬼が信じない可能性がある。

 故に、犯人はきっと吸血鬼たちの前にシルバレットを立たせ、自分の手柄であることを主張するはずだ。

「つまり、その機を狙って犯人を見つけると?」

「そういうことで合ってる」

 ローレインの顔つきが厳しくなる。なんせアルヴェスの言葉には信憑性がない。真祖の言葉だって、捏造しようと思えばいくらでも捏造できる情報だ。

 しかしアルヴェスは確信していた。

 未だにクーリエを殺した犯人の影すら掴めていない状態の夜警団。となれば必然的に、不安や焦りが外からも内からも溢れてくるだろう。団員の士気の低下はローレイン一人でどうにかなる問題ではない。

「まず作戦の決行にあたって、吸血鬼が多く集まる場所を教えてほしい。恐らくシルバレットは今日の夜にでも殺される。……時間が無いんだ」

「いや、しかしだな……」

 ローレインは珍しく困ったような表情を見せる。

 団長という大きな権力を持つ立場だからこそ、ローレインは乗るべきか乗らぬべきかを慎重に考える。成功したときの利益と、失敗したときに負う損害を天秤にかけている。

 最後の一押し、と言わんばかりにアルヴェスは言葉を続けた。

「この提案は俺の我儘だ。だから、その我儘に付き合ってくれるならその分お礼もちゃんとしたいと思ってる」

「……? そのお礼というのは?」

 特に物欲もなく、ただ純粋に「お前に何が用意できるんだ?」と問うてきたローレインに、アルヴェスはダメ押しの不敵な笑みで応じた。

「真祖と話してみたくない?」



 諸々の説明を終え、アルヴェスは無事に霊園を出る。そのまま一度自宅へ向かう。

 玄関をくぐり、静寂に包まれたリビングを横断して二階の寝室に向かったアルヴェスは、壁際に転がっている短剣を掴む。

「えーと……、あ、あった」

 クローゼットの中に置かれたままの鞘を手に取って刀身をそれに収める。そしてそのまま短剣を大事に懐にしまい込む。ついさっき謝ったばかりだが、これにはまだ仕事をしてもらう必要がありそうだ。

「さて、と……」

 窓の外を見る。太陽はまだ高い位置に昇っている。この太陽が沈んだ時が作戦決行の合図だ。

 打てる手は全て打った。けれど不安がないわけではない。この作戦が失敗に終われば、シルバレットは確実に死ぬだろう。

 思えば自分は、かなり変わったのだと思う。

 安心して生活できる場所を探してこの街に来た時は、他人のことなんてどうでもよかったのに、今は一人の友人のために奔走している。

 これはきっと良い変化で、その良い変化を作ったのがシルバレットだ。

「大丈夫」

 ならば、助けなければならないだろう。

「半端者でも、やる時はやるのさ」

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