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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
14/22

14 銀の抵抗

 室内に響き渡る激しい音でアルヴェスは目を覚ました。

 飛び起きて、扉がある方向を見る。

 焦っているような繊細さに欠けたノック。そもそもこの家に訪ねてくるものは殆どいないので、リビングに扉を叩く音が響くのは初めてのことだった。

 アルター達かと警戒するが、自宅がバレないように立ち回っていたアルヴェス自身がその成果を実感している。となれば、このノックの主は一人しか思い当たらなかった。

「やっぱり。おはようございます、ガレイさん」

「アルヴェス、ちょっと面倒なことになりそうだぜ」

 扉の先にいたガレイは額に汗を浮かべている。どうやら店から走ってきたらしい。

「あいつらが店に来てる」

「アルターですか」

「ああ。どうやらお前が来るまで動く気はないらしい」

 昨夜の真祖の言葉が的中した結果となった。

 人間のファミリーとの争いは終わり、今度は捜査線上に上がった個人を調べている最中。と、昨日のアルヴェスなら予想しただろう。

 真祖の言葉を信じるなら、既に吸血鬼殺しの犯人はシルバレットになっている。となれば、あそこにアルヴェスが出向けば待っているのはシルバレットの身柄の要求だ。

 アルヴェスは扉を大きく開けてガレイに入るように促す。

「とりあえず、アルター達が店からいなくなるまでここにいてください。俺はシルバレットを見てきます」



 二階の寝室の扉を開けると、ベッドの上には誰もいなかった。

「……シルバレット?」

 閉め切られた窓を確認して、アルヴェスは声を出しながら寝室を横切ると、ベッドと壁の隙間に埋まるようにしてシルバレットが座り込んでいた。

「おはよう」

「あ、アルヴェス……。その、さっきの音は」

 青ざめた顔でシルバレットが訊いてくる。その声音には恐怖が滲んでいる。

「ああ、ガレイさんだったよ。店にアルター達が来てるってさ」

「……!」

 安心から一転、シルバレットの表情に罪悪感が浮かぶ。

 震え始めたシルバレットに向けてアルヴェスは手を差し出す。

「取り敢えず、立てる?」

「……はい」

 遠慮がちに握られた右手を引き寄せてシルバレットを立たせる。相変わらず羽のように軽い。

 それから部屋の隅の壊れかけたクローゼットの中からシルバレットの外套を取り出して彼女に投げる。

「行こう」

「……私だけで、行きます」

 ぽつりとシルバレットが呟く。

「きっと、私のことですよね?」

「そうだね」

「やっぱり……。私の力は強力です。吸血鬼殺しに間違われるのも仕方ないんです」

 シルバレットは外套をぎゅっと握って胸のあたりに持ってくる。

「昨日、聞いちゃったんです」

 何を聞いたのかは聞かなくても分かる。ただ、あの時間帯にシルバレットが起きていたのは予想外だった。

「これ以上はあなたの命に関わります。だから、私だけで行かせてください」

「それは無理」

 きっぱりと、なんの躊躇いもなくアルヴェスはその提案を一蹴した。

「犠牲が二人から一人に減っても意味が無い。それに、シルバレットはもうすぐ故郷に帰れるんだから」

「……無理です。私は――」

 何かを言うとして、シルバレットは途中で口を閉じてしまう。

 確かにファミリー間の争いに方がついた今、ファミリーはそれに割いていた吸血鬼達をこちらに回すことができる。馬車乗り場に監視を置くようなんて造作もないことだろう。

「それでも、俺は行く」

 アルヴェスは力強く言い切った。彼の中では既に身の回りのあれこれに踏ん切りがついていた。

「友人を死なせるわけにはいかないんだ」

 わがままにも似た言葉。しかしそれがアルヴェスの本心だ。

 アルヴェスはシルバレットに出会ってから多くの初めてを知った。

 家族以外の誰かと過ごす事、友人ができる事、誰かと歩幅を合わせて歩く事。どれも経験したことのないものだ。

 そんな人が理不尽な理由で死んでしまうのはアルヴェスにとって耐え切れない。きっと将来後悔するだろうと思うほどに。

「だから、行こう」

「…………」

「大丈夫。なんとかなるし、なんとかするさ」

 肝心のなんとかする方法ははっきりと思いつかないが、その方法の足がかりとなる要素が心の底で疑問という形で沈殿している。

 勝機はある。

「なんとかするって、励ましにしては曖昧ですね」

 聞き覚えのある声が聞こえて、アルヴェスは素早く寝室の扉の方へ振り返る。背後のシルバレットを守るようにあらかじめ身につけておいた外套をばさりと広げて彼女の姿を隠した。

 アルターは外套のフードを外すと、くすりと笑う。

「意外そうな顔ですね」

「いや、店にいるって聞いてたから。ガレイさんは?」

「少しの間眠ってもらってます。用件は……分かりますよね?」

 アルターの瞳が外套の裏にいるシルバレットを見透かすようにこちらを射抜く。

「さあ、彼女をこちらに」

「いつからそんな冷たい目をするようになったんだろうね、アルター。仲間の腕を消し飛ばされたのがそんなに嫌だった?」

「いえいえ、むしろいい躾になりました。おまけに吸血鬼殺しの犯人が分かったんですから、一石二鳥です」

「根拠がない」

「ありますよ。動作も見せず、物音ひとつ立てずに吸血鬼を殺す力。それこそが吸血鬼殺しの犯人である証です」

 腰のあたりが少し痺れる。シルバレットの震えた手が触れていた。その動作が、この状況でも自分を差し出すように促しているように見えて、アルヴェスはゆっくりと左手を腰のあたりに伸ばす。

「外にも仲間を待機させてます。無駄な抵抗はどうかなさらずに」

「俺って混血だからさ、二階から下の地面に着地できる程身体は丈夫じゃないんだ」

 軽口を叩きながらアルヴェスは腰のあたりに隠していたそれを掴んだ。刃物ではない。仮にそうであったとしても、吸血鬼(アルター)の視線に晒されている中で攻撃を仕掛けても防がれてしまう。

 だから、アルヴェスの作戦は単純だった。

「シルバレット!」

「えっ……?」

 シルバレットが反応するよりも早く、アルヴェスは外套を翻してシルバレットを抱える。

「っ! なにを――」

 そしてほんの一瞬だけ姿が見えなくなった二人にアルターの警戒が動揺と共に僅かに緩む。

 直後、アルターの眼前が白に覆われた。

「これは……!」

 アルターの周りだけが白煙で包まれる。火災ではない。アルヴェスが彼に叩きつけたのは、ガレイの店から分けてもらった小麦粉を包んだものだ。その数、三つ。威力は皆無だが、少しの間視界を奪う事はできる。

「あ、アルヴェスっ、逃げても外には――」

「いいや、逃げない」

 シルバレットの問いに短く答えてクローゼットに駆け寄ったアルヴェスは、中にあったソレをアルター目掛けて投擲した。

 しかし、

「無駄ですよ」

 白煙の中に突っ込んだ短剣が音を立てて床に落ちる。

 同じく白煙の中にいたアルターは、右手から流れる少量の血を外套で拭った。

「なるほど、銀ですか。いい作戦です。もう少し投擲する速度が速ければ、ですが」

 短剣を蹴って部屋の隅においやったアルターは、ゆっくりとアルヴェスへと歩み寄る。先程の投擲で力量の差を確信したからだろう。その歩みに迷いはない。

「彼女を渡してください。彼女には罰を受けてもらう必要があります」

「シルバレットは吸血鬼を殺してなんていない」

「それを決めるのはあなたではありません。実のところ、これ以上捜査が長引くとファミリー内の不満を抑えることができないんですよ」

 悪びれることもなくアルターはそう言い切る。

「……誰でもいいのか、犯人は」

「まあ、そういうことになるんですかね。とはいえ彼女の疑いは晴れていない。犯人にするには情報が足りませんが、彼らははっきりいってそんな事はどうでもいいんですよ」

 ぎゅっ、と腕を掴まれる。シルバレットがさっきより震えていた。

 アルターは既に目前。逃げ場はない。これ以上アルヴェスが抵抗すればアルターは彼を殺すことも視野に入れるだろう。アルヴェスに気さくに話しかけてくるアルターは既にいなかった。

「……シルバレット」

「……はい」

 こちらを見てくる潤んだ瞳見ていると自分の不甲斐なさをどうしようもなく実感してしまう。この決断はきっと、彼女を傷つけてしまう。

「ごめん」

「……いえ、きっとこれが一番良い結末です」

 力の抜けたアルヴェスの腕の中から抜け出したシルバレットは、アルヴェスとアルターの間に立つ。

「私を、連れて行ってください」

「もちろん。そのために来たんですから」

 アルターは懐に手を入れると、一束のロープを取り出した。それをゆっくりとシルバレットに巻きつけていく。ぞんざいな扱いかとも思ったが、問答無用で吸血鬼を灰にかえるシルバレットを連行すると考えれば優遇されているほうなのかもしれない。

「さて、最後に言いたいことがあれば待ちますが」

 ロープの先端を持ったアルターが二人に言うと、シルバレットは首を横に振った。アルターの視線がアルヴェスに向く。

「何か言いたいことはありますか?」

「……言いたいこと」

 この状況で一体何を言えば良いのだろうか。

 シルバレットは既に死に片足を突っ込んだ状態だ。無責任な励ましは逆効果だろう。

 肝心な時に言葉が出てこない口を呪いつつ、意味もなく部屋を彷徨うアルヴェスの視線があるものを見つけた。

「……短剣」

 部屋の隅に追いやられた短剣。シルバレットの護身用で、アルヴェスがアルターに向けて投擲したもの。

「また勝手に使っちゃって、ごめん」 

 前にもしたような謝罪をする。返ってきた言葉は予想通りのものだった。

「気にしないでください。……私にはもう、必要ありませんから」

 その日、その朝、アルヴェスの前から銀の少女は姿を消した。

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