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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
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11 交錯

「飲まないのか?」

 そう聞かれて、アルヴェスは視線を目の前のテーブルに置かれたカップに向けた。カップからは湯気が立っており、紅茶のいい匂いが漂ってくる。

 アルヴェスは一度カップを口元まで持ってきて、再度テーブルの上に置いた。

「猫舌なんだ」

「ほう。ちなみに、吸血鬼は猫舌が多いらしいが本当か?」

「初耳だね」

 掴み所のない男だった。

 身に付けた汚れひとつない白いローブも、灰色がかった髪も、切れ長の瞳も、全てが印象的なのに目の前の男と結びつけようとするとどうしても彼という存在をすり抜けてしまう。

 しかし彼の身分に偽りはない。それはアルヴェス達がいる場所が証明している。

 魔術師協会本部。この街で「一番綺麗な場所」と呼ばれる、秩序と知恵の塔。

 そんな場所の、何故か取調室でもないただの応接間に通されたアルヴェスは未だに自身が置かれた状況を把握できずにいた。

「一つ……というか、いくつか訊きたいんだけど」

「ん? ああ、茶菓子がないな。そちらのお嬢さんも熱いものは苦手かな?」

「い、いえっ、大丈夫です」

 アルヴェスの隣に座るシルバレットの返事を聞きつつ、男は応接間をぐるりと歩いて、やがて元の場所に座り直した。

「すまない。茶菓子は我慢してくれ」

「いや、大丈夫。それで、俺たちは拘束されたって事でいいのかな?」

「拘束? 君には自分の手首に手枷がかかっているように見えるのか?」

 怪訝な顔をする男にアルヴェスは少しむっとするが、そんな感情はおくびにも出さずに言葉を続ける。

「クーリエについて聞きたいからここに連れてきたんじゃないの?」

「そうだ。だが拘束ではない。これは夜警団の総意ではなく、団長であるローレインが独断で起こした行動だ。君たちはいわば私の客人みたいなものだな」

 団長、という言葉にアルヴェスは内心で驚く。

 ここでいう団長とは夜警団をまとめ上げる人物を指し、更にはこの魔術師協会のトップであることを意味している。目の前の男が実力と権力を兼ね備えた人物なのが分かると同時に、そんな男が前に出てくるほどクーリエの事件の捜査が行き詰まっていることをアルヴェスは理解した。

「教会に私がいたのは偶然だ。霊園の警備の許可を貰った後であれば話は違ったが、許可を貰う前に君たちと出会ってしまった」

 僅かな差だよ、とローレインが親指と人差し指を使って隙間を作る。

「つまり、俺たちがクーリエを殺した犯人に間違えられた訳じゃないと?」

「私が君たちをよく知らないという点ではそうだな。だが少なくとも、クーリエについて何か知っているのは確かなようだ」

 ローレインは目を細める。

「赤の他人の墓参りには行かないだろ?」

「……クーリエとは同じ仕事場で働いてたんだ」

 アルヴェスは特に何かを偽るわけでもなく答えた。

「君は見たところ吸血鬼のようだが」

「ハーフだよ。生まれも育ちもこっちさ」

「ふむ、なかなか珍しい立場にいるようだ。では隣の君は?」

「わ、私は吸血鬼ではないです」

「ではない、ということは何かしら特殊な立場にいるということか?」

「そ、それは……」

 シルバレットは口ごもった反応をする。

「あまりいじめないでくれ。シルバレットはクーリエと入れ違いで入ってきたただの人間で――」

「なるほど、呪いか。どんな呪いだ? 誰にかけられた?」

「え? な、なんでそれを……」

 教えてもいない事実を言い当てられてシルバレットは動揺を露わにしてしまう。これではローレインが言ったことが当てずっぽうな内容でも相手に真実だと伝わってしまうだろう。

 アルヴェスはシルバレットの肩に手を置いて落ち着くように促しつつローレインを睨んだ。

「悪趣味だ」

「失礼した。いや、こちらも色々忙しいんだ。殺人事件だけならまだしも、ファミリー間の争いときた。最近はヴァンパイアファミリーの後継争いで夜間の警備時間が増えたし、休み暇も無いとはこのことだよ」

 ファミリーの現在の状況を夜警団が把握しているという事実にアルヴェスは僅かに顔を強張らせる。事故で争いに巻き込まれかけているアルヴェスにとってはあまり上げられたくない話題だ。

 しかしそんなアルヴェスの心境は露知らず、ローレインはカップの中を空にするとようやく本題に入った。

「いくつか質問させて欲しい」

「分かった。可能な限り答えるよ」

「感謝する。では一つ目は――」

 ローレインはあらかじめ用意していたらしい質問を口にしていく。

 事件当日のクーリエの様子、人間関係の善し悪し、性格、癖、持病にいたるまで、アルヴェスは出来る限りそれに合った回答をしていく。

 しかし質問が終わってもローレインの顔から疑問が消えることはなかった。

「ますます分からんな。君から聞く限り、彼女は事件に巻き込まれるような人間じゃない」

 ローレインはソファに体重を預けると、髪が乱れるのも気にせずにがりがりと頭をかいた。

「この事件の鍵は彼女の無くなった右手だと私は思っている。だから彼女の知り合いに魔術師がいればそいつに話を聞こうと思ったんだが……」

「なんで右手が無くなっていると犯人が魔術師に?」

「触媒魔術というものがある」

 ローレインのその一言でアルヴェスは彼が何故犯人を魔術師に絞っているのかをなんとなく理解した。

「一般的な魔法は詠唱魔術だ。触媒魔術は魔力の他に、その魔法を補助する触媒を消費する。時代遅れなことこの上ないが、やろうと思えばできることだ」

 詠唱と触媒。あまり耳にする機会の無い言葉ではあるが、確かに、クーリエを名も知らない魔術師が襲う理由としては十分にあるだろう。シルバレットは自分に接触してきたあの魔術師を思い出したのか表情が暗かった。

 アルヴェスはカップを持って湯気が消えた液体を喉に流し込む。隣を見ればシルバレットに出されたカップは既に空だった。

 カップをテーブルに置いたアルヴェスはローレインに尋ねた。人差し指で床を指す。

「つまり、ここが一番犯人に近い場所ってこと?」

「ま、そういうことになるな。現在も協会に名前を登録している魔術師の調査は行なっているが成果はない。しかし成果が出ないからといってここに籠っているわけにもいかず、ああして教会に足を運んだのさ」

 天才にまるまじき停滞だ、と愚痴を垂れるローレインを横目にアルヴェスはちらりと応接間の窓から外の景色を見る。

 一度階段登ったのでアルヴェスが今いる場所は二階だ。窓からは青空と建物の屋根が見え、感覚的にお昼頃だろう、と見当をつける。

 いくら吸血鬼が活動できない時間帯とはいえ、彼らが遠くからアルヴェス達を監視している可能性は十分にある。クーリエの事件も気になるところだが、今は余計な情報を相手に与えるのはできるだけ避けたい。協会に出入りしているという誤った情報が伝わって誤解が広がってしまうのはアルヴェスとしても本意ではない。

「シルバレット、そろそろ」

「分かりました」

 声と手振りでシルバレットに立ち上がるように指示する。ローレインの質問には全て答えた。クーリエの事件は夜警団の活躍に期待するとして、アルヴェス達がここに居続ける必要性はない。

「悪いけどそろそろ帰らせてもらうよ。仕事があるんだ」

 嘘だ。しかしここを離れる必要性を理解してもらえるならなんでもいい。

 そしてアルヴェスの思惑通り、ローレインは愚痴を一時中断してアルヴェスを見た。

「ああ。元はといえば私個人でやったことだ、拘束力はない」

「じゃあ俺たちはこれで」

「ありがとうございました」

 踵を返して出口へ向かう。

「ああ、では最後に一つ」

「なに?」

 扉の取っ手に手をかけながらアルヴェスは振り返る。ローレインは見送りをする気もないらしくソファに体重に預けてこちらを見ていた。

「君はヴァンパイアファミリーに属しているのか?」

 属してはいないが、属している吸血鬼には会ったことがある。

 内心で出された回答に、アルヴェスが口にしたのはその半分だった。

「いや、勧誘されたけど断ったよ」

「そうか。噂には聞いているだろうが、最近ファミリーの動きが活発になっている。おまけに吸血鬼殺しも出没しているらしい。後者はまだ確証がないが、夜間の不要な外出は控えてくれ」

「気をつけるよ」

「そうしてくれ。全く、なんで今なんだ……」

 ローレインが再び愚痴を吐き始めたのを見てアルヴェスはそっと扉を開ける。シルバレットを先に行かせて、それに続くようにアルヴェスも廊下に出る。

 扉が完全に閉まる直前、ローレインの独り言がアルヴェスの耳に微かに届いた。

「最悪のタイミングだ。真祖が死ぬなんて」

魔術と魔法の意味合いは大体同じです

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