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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
10/22

10 夜警団

 休日の朝、アルヴェスはソファに一人腰掛けて考えていた。

 シルバレットが吸血鬼の腕を灰に変えた夜から一週間。二人はいつもと変わらない平和な生活を送っている。

 ファミリーの誰かが接触してくることもなく、危害を加えられることもない。もちろんそれは良いことなのだが、アルヴェスは少しずつこの街が変化していることに気付いていた。

 夜が騒がしくなっている。

 今や街に蔓延るファミリーの後継争いの噂は、噂から事実へ昇華しつつある。現在は吸血鬼殺しの犯人を捜して人間のファミリーと衝突を繰り返しているようで、きっと吸血鬼の体質が無ければ昼夜問わず爆発音が街中で響いていたことだろう。

 そんな噂と事実を踏まえてアルヴェスが出した結論は、彼自身正解に近いことをなんとなく自覚していた。

「後回し、なんだろうなぁ」

 シルバレットの力は強力だ。吸血鬼側の者からすれば脅威と言わざるを得ない。そんな少女の情報がファミリー内で共有されていない訳がないのだ。だとすれば、それは優先順位の差としか考えられない。

 ファミリーの後継争いの最中に起きた吸血鬼殺し。こんな状況で得をする奴らといえば、この街に最初からいて、吸血鬼達によって肩身が狭くなった人間のファミリーだ。

 ヴァンパイアファミリーは恐らく、真っ先に彼らが自分たちのファミリーを潰そうとして起こした犯行だと予想したはずだ。そして事実、ヴァンパイファミリーは人間達と連夜争いを繰り返している。

 ファミリーの壊滅を狙う人間のファミリーと、吸血鬼を殺す力を持つ一人の少女。どちらから対処すべきかは明白だ。

 ともすればこの平和も嵐の前の静けさに過ぎないわけで、今のうちに手は打っておくに限るのだが、

「ん-……、お?」

 ソファに寄りかかって首を反らした時、きらりと銀色が光るのが見えてアルヴェスはその少女の名を呼んだ。

「おはよう、シルバレット」

「おはようございます」

 アルヴェスに向けて僅かに笑みを浮かべて挨拶をするシルバレットは店で見せる真面目な雰囲気とはまた違った印象を受ける。

 夜が騒がしくなったこと以外にアルヴェスの身の回りで起きた変化といえば、シルバレットが外套を身につけなくなったことだ。

 正確には家の中限定の変化だが、外套の下の白いワンピース姿で生活できるほどこちらの生活に慣れてくれてアルヴェスは少しほっとする。まあ、友人だからと互いに一歩歩み寄った結果でもあるのだが。

「今日は休みなんですよね?」

「うん。用事ができたってさ」

 定休日と呼べる日が無く連日営業している『鶏の尸亭』であるが、今日は特別だった。

「多分、クーリエの墓参りだと思う」

 クーリエが死んでからしばらく経つ。ガレイも気持ちの整理がついたらしく、「明日は休みにする」とアルヴェス達に言ったガレイの表情はいつも以上に真剣だった。

「あの、私たちも行きませんか?」

「そうだね。ガレイさんと鉢合わせしないように時間を空けて行こうか」

「はい」

 ガレイが案外涙脆いことをアルヴェスは知っていた。









 教会に隣接する霊園は、その教会が有する面積よりも更に広大な面積を誇っている。

 背の低い草が生えた敷地内には規則正しく墓石がならび、街中で一番綺麗な場所はどこかと答えれば二番目くらいに思いつくような場所だ。

 数えるのが面倒になるほどの多くの墓石の間を歩きながら、アルヴェスは目当ての場所に辿り着く。

「うん、やっぱりここだ」

 クーリエの名前が彫られた墓石を見つけてアルヴェスは頷く。

 死とは限りなく無縁なアルヴェスが霊園にやってくるのは初めてだ。そんなアルヴェスが場所も分からぬクーリエの墓を見つけられたのは、先客が置いていった真新しい花束のお陰だろう。

 アルヴェスは墓石の上にあるものと同じような花束を手向けると、一歩下がって目を閉じた。

 思い浮かぶのはお別れの言葉ではなく、クーリエが死んだ日の事だ。

 クーリエが殺された。その事実を知ったときは理解が追い付かなかったアルヴェスだが、今なら落ち着いてその事実を受け止めることが出来る。

 それなりに良好な仲を築けていた、と思う。少なくとも、アルヴェスの正体を知って怯えるようなことは無かった。

 そんな彼女が死んだのはアルヴェスにとって悲しいことだった。もしシルバレットと出会わず、ファミリーとのあれこれが無ければ、もしかすると探偵まがいの行動に出ていたかもしれないとさえ思う。

 目を開ける。視線の先には文字が刻まれた石が一つ。

 一つ息を吐いてアウヴェスは振り返った。

「付き合わせて悪いね」

「いえ、私が言い出したことなので」

 シルバレットは僅かに微笑む。この踏み込みすぎない距離感があるからこそシルバレットと友人になれたのだろう、とアルヴェスは思った。

「もう帰りますか?」

「そうだね。ああでも、今日は休みだし、何か行きたい所があれば案内するよ」

 まだ太陽は高い位置にあり、吸血鬼たちが活動を始めるのにはまだ時間がある。

 この街に来てそれなりに時間が経ったシルバレットだが、連日店と自宅を行き来するだけで街中を歩き回った経験が少ないので良い機会かもしれない。

「行きたい場所……」

 アルヴェスの提案にシルバレットは僅かに逡巡を見せる。

「わっ」

 その時、強い風が吹いてシルバレットは反射的に外套のフードを手で押えた。

 フードからこぼれた銀髪が太陽の光を反射しながら揺らめく。外套がばさりと音を立てる。

 ざあ、と草が音を立てた時には風はやんでいた。

「あ、花が……」

 シルバレットの声に墓石の方へ目を向けると、丁度束からこぼれた一輪の花が宙を舞ったところだった。

 一瞬、その花に視線が吸い寄せられる。無意識にその色を追って視線が空中に投げ出される。

 花が風に運ばれ、やがて見えなくなるとアルヴェスは思い出したように瞬きをした。そして、もう一度シルバレットがいる方向に顔を向けて、

「その墓の下には何も入っていない」

 その声を聞いて固まった。

 男が立っていた。クーリエの墓の前に。

 アルヴェスとシルバレットが言葉を失っているなか、その男は屈んで、先程風に飛ばされたはずの一輪の花を地面に置いた。そして何事も無かったかのように立ち上がると、アルヴェス達がいる方向に向き直る。

「変な気配を感じて来てみれば、吸血鬼とも人間ともつかない男と少女とは。私の予想とは少し外れた結果だ。解せんな」

「……えーと、どちら様?」 

 そう尋ねつつ、アルヴェスはシルバレットがいる方向へと後退する。周囲に人影はない。しかし安心するのはまだ早い。

 音も気配も無く現れた謎の男。彼の正体がなんであろうと魔術に精通しているのは間違いなく、だとすればこの誰もいない霊園も既に彼の術中にあるのかもしれない。

 アルヴェスの誰何に男は意外そうな顔をする。

「私が誰か? ふむ、この白いローブを見れば分かると思ったのだが」

 自分で自分が来ている真っ白なローブをまじまじと見つめる。

 実際、アルヴェスはそのローブを街中で何回か目にしたことがあった。

「ああ、そうだ。ではこう言えば分かるだろう」

 そう言って、男が緩慢な動作で右手を振る。するといつのまにかその手の中に杖が現れ、その先端がアルヴェスを捉えた。

夜警団だ(ナイトウォッチ)。殺されたクーリエについて聞きたいことがある。ご同行願おう」

次回は三日後くらい

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