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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
1/22

1 銀

吸血鬼が好きです。

 ハーフヴァンパイアのアルヴェスにとって生きやすい環境はどこかと訊かれれば、彼は真っ先にこう答えるだろう。

「寝床があって、食事がとれる場所ならどこでもいいさ」

 それは果たして人間としてのアルヴェスか、それとも吸血鬼としてのアルヴェスの答えなのかを訊ける蛮勇を持ち合わせた人間に彼は会ったことはないが、きっとそのどちらでも彼は同じ答えを口にするはずだ。

 吸血鬼。

 ヒトの血を吸う。太陽に弱い。流水を渡れない。にんにくが苦手。

 真偽も不明な伝承をもとにすれば存外に脆い生命体に見えるソレは、しかし人間よりも遥かに強い力を持ち、遥か昔にそれを証明してみせた。

 人間と吸血鬼に戦争が終結し、和平を結んだ今でも、吸血鬼に対する恐怖心を人間達は拭えずにいる。

 そしてその恐怖心故にか、吸血鬼の撲滅を掲げる者達も一定数いるのだ。

 そしてその者達は、アルヴェスが住む街にも存在している。

「吸血鬼は出て行け!」

「ファミリーを結成するくらいなら、自分たちの国に帰ってしまえ!」

 日が昇ってまだ間もない頃。

 店の中から、朝早くから広場で吸血鬼に対する負の感情を撒き散らす若者達を見ながら、アルヴェスは他人事のように口笛を吹いた。視線をカウンターの奥へ。

「あれ、夜にやらないんですかね」

「ははは! そんなことした日にゃ、あいつらが皮と骨だけになってるぜ」

 アルヴェスの問いかけに、筋骨隆々という言葉が似合う男はカウンターから身を乗り出して笑った。

「うるさいから勘弁してほしいんだけどなぁ」

 吸血鬼は恐れられているものの、その存在が否定されることはない。

 和平を結んだ今、吸血鬼は自分達の国で暮らしているものと、人間達の国で暮らしているものがいる。比率で表せば七対三くらいだろうか。

 とはいえ許可を取って人間の国で暮らしている吸血鬼は三割の中の一割程度だ。二割の吸血鬼は仲間同士でファミリーを立ち上げ、裏社会に潜んでいるとかいないとか。

 それを知っていればあの若者の訴えも理解はできるが、一割の吸血鬼も迫害するような物言いのため共感する人間はあまりいないらしい。現に若者達がいる広場には誰も寄り付いていない。

 夜が怖いな、とこれまた他人事のようにアルヴェスが呟いていると、カウンターにいる男が野太い声をアルヴェスに向けた。

「そういうお前は吸血鬼っぽくないよなぁ。それとか」

 男のゴツゴツした指がさした先にあるのは、アルヴェスが持っている銀のフォーク。吸血鬼であれば本来触ることすらできず、触ったら指が灰になるような代物、らしい。

 ここで働き始めて何回目かの問いかけに、アルヴェスは前と同じ回答を口にした。

「ま、ハーフですから。にんにくも食えますし、銀も触れます。川遊びだってできますよ」

 川遊びは試したことは無いが、川の水――流水に手を突っ込んでも平気だったので多分大丈夫な筈だ。

 とはいえ、吸血鬼の弱点が効かない訳ではない。銀に触れば少し指先が痺れるし、にんにくも少しだけ嫌いだ。まあ、誤差の範囲ではあるが。

「そいつは頼もしい。なら今度、厨房に来るか?」

「俺に料理は無理ですよ。ガレイさん」

 ガレイと呼ばれた男は、「だろうな!」と言って笑うと、そのままカウンターの奥に引っ込んでいく。この店――『鶏の尸亭』の開店は日が落ちてからだ。それまでに準備があるのだろう。

 ガレイはアルヴェスに背を向けながら、

「後は俺が準備するからよ、お前はあがっていいぞ。次は夜に来てくれ」

「わかりました」

 いつものタイミング、いつもの言葉にアルヴェスは頷くと、アルヴェスはカウンターに手に持っていた食器を置いて、騒がしくなりつつある街中に足を踏み出した。



 頭上から降り注ぐ太陽の光にアルヴェスは目を細める。

 今日は雲ひとつない晴天だ。遮るものはなく、容赦なく突き刺さるこの熱は人間であっても鬱陶しく思うだろう。

 そろそろ半袖の時期だろうか、と思いつつ、アルヴェスは雑踏の中をゆっくりと進んでいく。

 アルヴェスの日常生活はとても単純だ。

 朝に『鶏の尸亭』で働き、夜まで街をぶらぶらと歩き、夜に働いて寝る。

 吸血鬼の性質なのか、夜の方が比較的目が冴えるアルヴェスにとってこの生活はとても心地がいい。給料も悪くない為、今のところこれといった不満はない。

「寝床があって、食事が取れる場所ならどこでもいいさ」

 自身のモットーを口の中で転がしていれば、いつもの場所に到着する。

 魔術都市アルレイヤの入り口、馬車乗り場だ。

 アルヴェスが近くにあったベンチに座ると同時に、丁度門が開いて数台の馬車が入ってくる。

 アストランテ王国の首都でもあるこの街には、商人や観光客など様々な者達が訪れる。アルヴェスはその訪れた者達を理由もなく観察するのが好きだった。もっと正確にいえば、()()()()()()者がいるかどうかを確認するのが、暇な昼間の時間を潰す趣味になったのだ。

 御者が降りて馬車の扉を開けると、そこから数人の乗客が降りてくる。

 身なりのいい男と、それに付き添う女と子供。商人と思しき恰幅の良い男。奥の馬車は研究者の集団だろうか。

 そうしているうちに、目当ての人物を発見する。

 青白い肌。帽子を被り、革手袋をはめた男。暑い中コートを着て露出を最低限に抑えているのを見るに、間違いなく吸血鬼だろう。合法か非合法かは知らないが、人間の国で生きていくことを決めた者だ。

 ファミリーに入るのか、それとも働き口を探しに来たのか。

 どちらにせよそれなりに厳しい道のりが待ち受ける吸血鬼の男にアルヴェスは内心でエールを送る。

 それから何回か馬車が入ってくる場面に遭遇したが、吸血鬼らしき者は見られなかった。

 昼を知らせる鐘が響く。アルヴェスは空腹を自覚して鳴り始めた腹を鎮めるべく立ち上がった。

 しかしこの時間帯の飲食店は軒並み混んでいる。更に今日は休日だ。客入りは更に増すだろう。もう少し早く切り上げれば迷うことも無かったが、過去のことを悔やんでも仕方がない。

「うーん、ここは屋台で我慢するか」

 アルヴェスは基本的にいい加減な男だ。腹にたまるものであればなんでもいいと思ってしまうくらいには食に無頓着である。

 屋台が並ぶ通りはどこだったかな、と脳内に地図を描きながら視線を巡らせて、ふと気づく。

「おっと……」

 確かこっちか、と振り向いた先。視界の下あたりに外套のフードがちらりと見えて、アルヴェスはぶつからないように一歩後退した。

 外套のフードを目深に被った人物だった。

 性別はフードに隠れて分からず、小柄な事くらしか分からない。吸血鬼かと予想するが、先程から今に至るまで、アルヴェスは馬車から降りる人物を観察していた。記憶にないということは、吸血鬼ではないのだろう。

 一言も声を発さない人物を前に、アルヴェスもまた声を出せずにいた。

(――なんだ?)

 先程感じた違和感を思い出す。

 歩き出そうとしていた先に誰かがいた。ぶつかりそうだったので思わず相手の肩を掴もうとして、何故か無理に後退した。

 指先が痺れるような感覚。それはつい数時間前にアルヴェスが経験した痺れだった。

 アルヴェスがその答えを口にする前に、フードの中から声が響いた。

「あの、一つお聞きしてもいいですか?」

「え? あ、ああ、はい。なんですか?」

「その、おかしなこと聞くかもしれませんが……、呪いを治せる魔術師を知りませんか?」

「呪い?」

 声からして少女だろう。しかし少女の口から出るにしては不似合いな言葉にアルヴェスは首を傾げる。

 ここは魔術都市だ。確かに魔術の高みに至らんと研究に没頭する魔術師はいるにはいる。しかし彼らと彼女はきっと合わない。そんな確信にも似た予感があった。

 しかし呪いとは。

 アルヴェスの沈黙を否定と捉えたのか、フードを被った頭が下げられる。

「……すいません。難しいことを聞いてしまって」

「いや、別にいいけど……。その、呪いって何?」

 アルヴェスの好奇心が刺激される。銀を触った時のような指先の痺れはなんだろうか。錯覚ではなく、本能が下がれ、と警鐘を鳴らしたあの感覚は。

 アルヴェスにしては無遠慮に踏み込んだ質問だったが、外套の少女は僅かに逡巡した後に、小さな手でフードを掴んだ。

 頭を覆っていた布が剥がれていく。

「――――」

 アルヴェスは言葉を失った。

 予想したものがそこになくて呆れたのではない。

 陶器のような肌が日にさらされる。こちらを遠慮がちに見つめる瞳は澄んだ青。

 そこにあったのは怪我で醜くなった顔でもなく、彼女のいう呪いとやらで血色の悪くなった顔でもない。

 少女は呆気にとられているアルヴェスに向かって言った。

「……私は、銀の呪いを治せる人を探してこの街に来ました」

 微風にのって、彼女の銀髪が揺れた。

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