5月7日その5 vs霧山さん その後
そのまま落ちていくと思った足は案外すぐ地面に着いた。上を見たまま階段を無事に降り切れた。そんな感覚が全身を包み、何かが自分の中でかみ合った気がした。
その瞬間、辺りを閃光が包み込む。目を閉じていなかった自分の目も眩んだけれど関係ない。次にやることは分かっている。視えている。
踏み込んだ位置はもう木刀の射程範囲。無意識に下段で構えていた木刀を、一層強く光らせて振りかぶる。そうしてもう一度強く踏み込み、声に乗せた気合とともに剣を相手の面に向かって振り下ろしし、駆け抜けた。
「メーーーン!!」
気剣体一致。その真理に限りなく近づいたのではと思われる会心の一撃。光にきらめく視界の中、振り向くとよろめく人影が見えた。そのまま、残心をとり追撃に入る。油断はしない。
もう一度、木刀を振り上げると人影は頭をかばうように両腕で覆う。おそらくは反射的な動き。だがそれを逃さない。もう一度。裂帛の気合を乗せて。今度は胴に会心の一撃を。
「ドーーー!!」
パシリ、という軽い音がした。おそらくは二度目の会心の一撃になるはずだった一撃。しかし、その一撃は人影の両手に止められていた。
手首に耐え難い痛みが走るのと、視界が回転して激しい衝撃に襲われることが同時に起こる。あまりに急すぎて受け身なんて、取れなかった。
薄れていく意識の中、やっぱ退魔課の人って武術の達人なんだぁ、なんて当たり前のことを思った。
「……でしょ」
「ではやはり……」
人の声が聞こえた。声。そういえば霧山さんと戦ってる時も声が聞こえた。それだけじゃなく初めて〔力〕に目覚めた時も。いや、もっと前にも一度……。
あいまいな記憶を引き出そうと体を起こす。そうして初めて自分がベッドに寝かされていたことに気がついた。真白に漂白されたカーテンに囲まれたベッド。ああ、俺、霧山さんに倒されたんだっけ。
それじゃあここは病院か医務室ってところかな。自分でもこんな状況に慣れてしまっているのを感じた。う~む、はたして喜ぶべきなんだろうか?
「あ、気がついたみたいですよ」
俺がそんなことを考えていると、カーテンの間から吉田さんの顔が覗き出てきた。彼の声に続いてカーテンが開く。蛍光灯のまぶしい光がはいってくると共に、相川さんと光山さんの姿が見えた。なんとなくベッドの上にいるという事実が恥ずかしくて、視線を落とした。
「おめでとう。君は〔力〕を覚醒させました」
俺が何か言う前に相川さんはそう言うと、俺に木刀を押し付ける。そして間髪入れずに光らせてくださいなんて言った。なんだか急じゃないか。もうちょっとゆっくりさせてもらってもいいと思う。
でも、俺のそんな感情はお構いなしに退魔課の3人は期待を込めた視線を俺に送ってくるのだった。
「さあ、田島君」
光山さんが催促をする。俺は膝の上の木刀を握ると促されるままに意識を集中させた。
一歩、暗闇の中に踏み出す感覚。ついさっき感じたばかりの感覚を乗り越えると、手の中の木刀は天井の蛍光灯のように光り輝いていた。
「やりましたね。それでは少し指示に従ってもらえますか?」
なぜか笑顔で抱き合っている吉田さんと光山さんを尻目に相川さんはクールな表情でそう言う。そして事務的にいくつか俺に指示をだした。真っ赤な顔をしてる吉田さんが羨ましいと思いながらその指示に従う。
木刀の光を強くしたり弱くしたり。合図に合わせて光をつけたり消したり。さっきまでは全くできなかったことなのに、一度感覚をつかんでしまうと面白いようにコントロールすることができた。なるほど、自転車に乗るようなものっていうのはこういうことか。〔力〕をコントロールする心地よい感覚に思わず笑みがこぼれた。
「すばらしいですね。それではこの書類に記入してもらえますか?」
相川さんに差し出されるがままに、書類に記入をする。ようやく、やっと俺も〔力〕を手に入れた。さっきまで希薄だった認識が急に肉付いたように感じられた。
「はい。これで田島君の能力者としての登録は完了です。それでは……」
「相川さん、そこから先は私が引き受けてもいいかしら?」
引き続いて説明をしようとする相川さんを遮って光山さんが話に入ってくる。相川さんはそれを聞くと一つ頷く。そのまま彼は俺が記入した書類を持って俺の視界から消えてしまった。ドアが閉まる音が聞こえたから、部屋の外に出たのだろう。
「そうね。まずベッドから出てもらえるかな?」
相川さんが出て行くとすぐ光山さんはそう言った。そういや霧山さんにしたたか叩きつけられたんだっけ。身体を起こして痛むのかが不安だったが、普通に起き上がることが出来た。そうして部屋の隅にあったソファーに案内された。
向かい合う形で配置された手前側のソファーに座る。後ろにはさっきまで俺が寝ていたベッドがあり、左手には保健室のように薬品棚と小さな椅子が配置してあった。周りを見回してみる限り、どうやらここは退魔課の医務室のようなところのようだ。
「それにしても田島君、君すごいね」
俺が落ち着いたのを見計らって向かい側に座った光山さんがそう切り出してきた。横に座った吉田さんもうんうんと頷いている。……俺がすごい? 俺の〔力〕のことだろうか? もしかして木刀を光らせる力ってとんでもなく貴重なのか? だとしたら……
「俺が、すごい、ですか?」
「うん。普通の高校生が霧山君とあそこまでやりあえるなんて思わなかったわ」
ああ、そちらの方か。よく考えてみりゃそうだな。木刀を光らせるなんてどんな役に立つのか……
停電のときとか? あとは年末のかくし芸程度か…… 考えると虚しくなってきたな。
「田島君は剣道部に入っているのよね。他に何か武道とかやってるの?」
「え、あ、いや、別に何もやってないです」
ぼぉっとしていた所に予想外の質問をされた。俺が何か武道をやっていたかなんかが問題なのだろうか。確かに自分でも霧山さんとの戦いでは信じられない動きをした。でも、それはやはり無我夢中にやった結果なのだろう。
「信じられませんね……」
「いや、ただ無我夢中にやっただけで」
吉田さんのつぶやきにかぶさるように俺は反論する。というか、正直言って俺はそんなに凄かったのだろうか? 霧山さんのボールにはぼこぼこにされるし、不意打ちでしか一撃を加えられなかった上に、追撃は手で掴まれる体たらく。攻撃を手で掴まれたなんて知ったら帝王になんて言われるか!
「吉田君。君が信じないもないでしょう。にしても、あれだけの動きが出来るなんて……そういう才能がかしら?」
「才能だなんて! 本当に、無我夢中で」
なんだか知らないが褒められて反射的に否定する。よく分からないが才能なんてあるわけがない。剣道の大会で1回勝てばいいような生徒に戦いの才能があるだって! とんでもない!
「普通の人だったら霧山君の初撃はかわすても、そこからはなかなかかわせないわ。少なくとも、そういった訓練を受けた人間か才能がないと」
剣道部だから普通の人とはやっぱり違うのかな? なんて光山さんは続ける。こういうことを言われたのはもう久しくなかった。少なくとも、才能があるなんて褒め言葉を聞いたのは小学生以来だろうか?
「才能、ですか」
「そう、君にはきっと戦いに関する才能がある。間違いないわ」
「はぁ」
光山さんは勢いよく俺に才能があると断言した。隣の吉田さんを見る。目が合うと同時に深く頷かれた。なんだか、自分を信じなさい、といわれてる気がした。
でも、なんだか実感が湧かない。なぜだろうか。そういや初めて〔力〕目覚めたと告げられたときもこんな感覚だった。空気を掴むような、他人の話を聞かされているような……
「田島君、君が初めて〔力〕に目覚めたとき、どんな行動をとったか覚えてる?」
「え?」
また光山さんが予想外の質問をする。彼女は俺がその時の状況をよく憶えてないと知っていているはずなのに。しかし、彼女はそんな俺の困惑を気にせず、俺の回答も聞かずに話を進めた。
「君はいきなり光った木刀に困惑することもなく、そのまま木刀を正面のUMAが振りかぶっていたこん棒にむけて一閃。敵の武器を破壊すると間髪いれずに左胸にむけて突きを放つ。胸を貫通した木刀を引き抜くとそのままUMAの首を切り落とした。そして今日。君は現役で活躍してるうちの職員相手を一瞬だけど超えてみせた。そんな君が普通の人間? 何の才能もない? そう考えるのはちょっとおかしいでしょう」
「……」
俺が、本当に、そんなことをしたのか。信じられない。畳み掛けるように話してくる光山さんがどこか遠く見える。彼女の言葉が頭をぐるぐる回って何かを考えることが出来ない。
「だから、君にお願いがあるの」
そうして、固まってしまった俺に止めをさすように光山さんはこう言ったのであった。
「田島勇人君、君の〔力〕と才能を小山原市のために貸してください」
思い出したように更新。本当に久しぶりですね。
いやはや文体が変わってしまってどうにもならないような気がしてます。