5月7日その3 〔力〕求めて
最初にお詫びします。まだ戦ってないです。
君にはこれから対UMA特別対策課の職員と戦ってもらいます。
確かに相川さんはこう言ったよな。えっと、対UMA特別対策課ってのは退魔課の正式名称で。その職員ってことは毎晩街の皆をUMAの危険から守っているわけで。なるほど。そんな人と俺は戦うのか。そうかそうか。よし。何て言われたのか飲み込めたぞ。
……え!
「え、そのそれって」
それはまずい。まずいぞ。しがない高校生が退魔課の職員と戦えるわけないじゃないか。そんなことを伝えなかったのだが。悲しいかな、混乱した俺の頭は論理的な言葉を紡ぎだすことはなかった。
「大丈夫です。田島君の安全は保障します。重傷を負ったり、死んだりすることは絶対ありません」
うろたえる俺を見て、光山さんがそう告げる。えっとその言い回しからすると、重傷は負わなくても怪我はするんだよな。やだなぁ。どうしてそこまでして俺の〔力〕を目覚めさせなくてはいけないのだろう。第一親の許可はとっているのだろうか。
「あの、親の許可は……」
「もう既にいただいています。大丈夫! 田島君は剣道をやっているのでしょう? それなら大丈夫ですよ」
母さんは許可したのか。母さんまでそこまでして俺の〔力〕を目覚めさせたいのか。いや、母さんのことだから俺の意志にまかせた、ということなのかもな。
それに光山さん。剣道をやっているからって退魔課の職員と戦っても大丈夫ってことはないと思います。そんなことは表立っては言えないけれども。
「田島君。もしよろしいのならここにサインを」
相川さんが頃合を見て紙とボールペンを俺に差し出してくる。一番下の空欄以外、紙の記入欄は全て埋まっていた。
もう決断しなくてはいけないのか。もう少し時間が欲しかった。いきなり退魔課の職員と戦えって言われても。ボールペンを握ってみたものの、空欄に視線が集中するばかりで手が動かない。
「あの、もう少し時間をいただけませんか?」
思い切ってそう言ってみる。このまま決めても、自分で満足できる気がしなかった。大人たちは頷くと、しばらくしたら戻ってくると告げて部屋を出て行く。そうして最後に光山さんが部屋を出る直前、いきなり話しかけてきた。
「君にはもうこの方法しかないと思うわ。……決断してね」
そう言うと彼女は俺の返事を待たずに部屋を出てしまた。いきなり口調が変わったので一瞬うろたえてしまう。彼女の口調はそれまでと違って親しげだったのに、とても冷たい物に感じられた。
ああ、やっぱりここの人達は退魔課の人間なんだな。当たり前のことだけど、何故かそう強く感じた。
「この方法しかない、か」
一人残った部屋でそうつぶやく。光山さんに言われたからではないが、俺もそんな気がしていた。なんというか、取っ掛かりがつかめない。まったく始まりを感じない。閉塞してしまって、変化がないというか……
自分でもよく分からない。自分自身で説明することが出来ない。でも、これまでやってきたような方法では無理だと感じていた。戦う、という手段が新鮮で刺激的だからかもしれないがこの感覚を打ち破るにはちょうどいい方法だと思う。
「でも……」
でも、でもだ。どうしてそんなことをしなくてはいけない? どうして〔力〕にこだわる必要があるんだ? たとえ今〔力〕が発動できなくても、いつか出来るかもしれないじゃないか。そうなるまで精神統一を繰り返していけばいい。わざわざ危険を冒して戦う必要があるのか?
自分で言うのも悲しいが、俺ははっきり言って弱い。そりゃあ剣道は人並みにはやっている。だけど腕前は大会で一回勝てればいい位のレベルだ。そんな物で戦闘のプロである退魔課の職員と戦えるわけがない。
それに相手は〔力〕を持っている。俺のようなあるのかないのか分からないような〔力〕じゃない。人々を襲う怪物を駆逐するための、訓練された強力な〔力〕だ。どうひっくり返っても俺が一方的にやられるのは明白だった。
俺はどうしたいのだろう。危険を冒してまで俺は〔力〕を手に入れたいのか。そこまでの覚悟が俺の中にあるのか。そこまでしなくてはいけない理由が俺にはあるのか。
無い。俺には危険を冒す覚悟も理由も無い。
でも、俺は〔力〕を手に入れたい。このまま何も変わらないまま終わりたくはない。
俺は「平凡」だ。普通の人間だ。だけど、〔力〕という可能性が俺の中にまだあるのなら、あきらめるのはまだ早いんじゃないか。まだ、一歩踏み出せるんじゃないか。
俺は「特別」になりたい。それはとても曖昧で、単純で、馬鹿みたいな思いかもしれないけれど。もう一度、挑戦してみるのもいいかもしれない。
「……よし! やるか!」
「それじゃあ田島君、だっけ? お手柔らかに」
あれ? 俺は気がつくとコンクリートむき出しの壁に覆われたバスケットコート2面分くらいの場所にいました。床は柔道場のような柔らかい素材なので転んでもあんまり痛くなさそうです。そんな床に靴を履いたまま乗っかっているのでなんだか違和感を感じます。
え〜と、目の前にいるのは退魔課の霧島さん。爽やかな笑顔が特徴のナイスガイ。歌のお兄さん、といった感じの彼ですが、夜になると街の皆を守るために毎日パトロールに出るそうです。
俺が退魔課の人と戦うと決めてからの展開は早かった。妙に活き活きし始めた光山さんと吉田さんにレガースやヘッドギア、プロテクターを装着させられ、地下に入るときに見た大きな扉の中に案内される。
中にあった柔剣道場の奥にひっそりとたたずんでいた扉を開けると、コンクリートで覆われた広い空間が待っていた。そこでいきなり霧島さんなる人物と二人っきりにされてしまったのである。
「あの〜、田島君? でいいんだよね……」
「あ、はい。大丈夫です」
なんというか、会話が続かない。もっとこう、しっかりと準備して始まると思ったのに、何だこれは! 後は若い者にお任せしますってか? そんな、お見合いじゃないんだから……
俺からはなれてストレッチを始めてしまった霧島さんを見て、俺もストレッチを始めてみる。男二人で無言でストレッチというあまりにも気まずい雰囲気を破ったのは、意外なことに光山さんの声であった。
「あ〜、テステス。霧島君、聞こえる?」
「はい、聞こえます。主任」
へ〜。光山さんって主任なんだ。意外と言っては失礼かもしれないが、思いもよらぬ事実に感心する。どうやらこちらとはマイクかなんかで話せるみたいだな。天井付近を見渡すと、思ったとおり監視カメラとおぼしき物体がくっついていた。あの控え室みたいな所のテレビとかはそういうことか。
そんなこんなで、天井から聞こえる妙に親しげになった光山さんの声に一通りの注意を受ける。
無理みたいだったらすぐに言うこと。だけど、〔力〕は所有者が危険に陥るほど発動しやすくなるので、出来るだけ我慢すること。特にルールはないが、金的や、目潰し、首への木刀での突きなどの今後の霧山さんの活動に影響が出そうな攻撃はやめて欲しいとの事。
あと、田島君は手を抜かずに思いっきりやっちゃいなさい。ということだそうだ。
「それじゃあ、田島君分かった?」
「はい、分かりました」
出来るだけ我慢か。まったく霧島さんの強さが分からないから不安だな。それに剣道とはまったく違うよな。当たり前だけど。ほとんど喧嘩のようなものだろうか。自信はないけどやるしかないんだよな。
「それじゃあ、主任。田島君も」
そういうと霧島さんは部屋の隅にあった白い何かが詰まった買い物籠を部屋の中央に持っていき、自分はその横に立つ。あ、始まるのか。どうしよう。今になって急に緊張してきたぞ。汗で木刀滑らないよな。
霧島さんに促されるままに俺も部屋の中央に歩いていく。霧島さんは特に構えを見せない。どうしよう? こんなときは構えないものなのか? それにどんな構えをすればいいのだろう? とりあえず無難に中段の構えを取る。
構えを取ると条件反射だろうか、意識が落ち着いた。いつものように対戦相手に視線が集中していく。面越しじゃない分視界が広くて集中しやすかった。
集中が高まりきる瞬間、広い室内に光山さんの声が響いた。
「始め!」
「せいややぁ!!」
声が響くと同時に強く踏み込む。反応させる隙を見せずに面を打ち込む。
が、しかし。
「がっ、はっ」
世界が揺れる。頭の中に鉄が入ったよう。姿勢は保てずふらふらと後退する。
何が起こったのか認識する前に、俺の身体はもう一度、強い衝撃に襲われていた。
予告を裏切る形になってごめんなさい。流れ的に次こそは戦闘シーンです。