5月4日その1 田島君の黄金週間
因果応報。何か行動を起こさない限り結果は起きない。そんなことは分かっている。
問題は、俺のどんな行動が原因で俺が〔力〕に目覚めたかってことだ。
今日は目覚ましの音を聞かずに起きることが出来た。上半身を起こして自室のカーテンの方を見る。そこからはまだ薄暗い光しか漏れていない。ゆっくりと時計に目をやると、まだ時刻は5時であった。
まだ早い時間であったが、二度寝する気にもなれない。なので親を起こさないよう、静かに制服に着替えて、部屋の電気をつけた。そういえば、昨日は帰ってきてから携帯を見ていなかった。制服のポケットの突っ込んだままだったそれを取り出して、変化がないか確認する。
「お、メールだ」
そう独り言ちてメールフォルダを開いた。委員長からのメールだ。今日、いつから暇かな?
選挙の話し合いがしたいんだけど。ということだそうだ。絵文字もついていて、なかなか見栄えがいいメールである。
今日は部活があるから、午後からなら暇です。と、意味も無く敬語になってしまった文章で返信を作成した。やっぱり絵文字とかも入れたほうがいいのだろうか? そんなことも気になったが、思い直してそのまま送ろうとする。
が、今の時間はまだ朝早いことを忘れていた。このまま送っても迷惑だろう。そう思った俺は、そのメールを保存して携帯を閉じる。
どうしよう。急にやることがなくなってしまった。とりあえず課題でも進めとくか。だらだらと鞄から課題を取り出すと、俺は机に向かったのであった。
「ふぅ。難しすぎる……」
2時間ばかり机に向かって数学の課題を解いていたわけだが、さっぱり進まなかった。基本問題は解けるのだが、こういう課題に出てくる応用、発展はさっぱりである。数列なんて考えた奴出て来い! 過去の偉人たちに怒鳴りたい気分だった。それとも、こんな課題をだしたほそちゃんに文句を言うべきか。
集中にも切れてきたので、ぱらぱらと教科書を流し読みしてみる。後に進めば進むほど、意味不明な記号がでてきた。このままで大学なんて受かるのかなぁ。そんなことを考えていると、親が起きたような物音がした。考えを切り替えて、俺はリビングに降りていくのであった。
「あれ、今日は早いじゃない」
リビングでは、パジャマ姿の母さんが朝食を食べ始めていた。母さんに挨拶をして、自分も朝食を食べ始める。今日はおそらく部活が激しいと予想されるので、パンをいつもより多めに食べる。ああ、部活を意識したら急に緊張してきたぞ。帝王のしごきが始まってしまう。部活さぼりたいなぁ。
朝食を食べ終わり、朝のニュースの時計を見ながら俺は刻一刻と近づいてくる審判の時を待っていた。どうか、このまま時間が止まりますように。そう願っていても、時計は無常に時を刻み続けている。
「ねえ、新聞とってきてくれない?」
……親とはこういうときに空気を読んでくれないのか。まあ、言い返しても論破されるだけだろうなぁ。ため息一つ吐いて、玄関を出て郵便受けに向かった。
郵便受けからはみ出るように突っ込まれた新聞を取り出し、郵便受けの中を覗き込んで封筒を取り出す。新聞を脇に挟みながら、幾枚か届いていた封筒のあて先を見てみた。親に気がつかれたら怒られそうだが、このくらいはいいだろう。家族の秘密を探る、ほどではないが、ドキドキしながら手紙のあて先を確認していると、予想外の名前を見つける。
「あれ、俺宛だ」
よく役所から送られてくるような、宛名のところだけビニールの長方形の封筒。ビニールの向こうに書かれていた宛名には、俺の家の住所の下に田島勇人様、と書いてあった。
直感的に退魔課からの手紙だと感じた。まあ、それ以外に俺に手紙を送ってくるようなところも無いわけだけど。俺の直感を裏づけるように、封筒の右下には小山原市対UMA特別対策課、と書いてあった。
今ここで開封したかったけど、ここで勝手に開けても親に文句を言われてしまうかもしれない。ここは気がつかなかったふりをしたほうがいいかも。俺は何もなかったことを装って、リビングへと向かったのである。
リビングに戻るとテーブルに新聞と封筒を放る。母さんが封筒からのぞき始めるのを、俺はテレビを見るふりをしつつ、横目で気にしていた。
「勇人、あんた宛。退魔課からだって」
予想通り。母さんは封筒を一枚取り出すとこちらに放る。まってましたと封筒を開封して中の書類を取り出した。
能力登録のお知らせ、A4ほどの小さな紙にはそんな見出しがついていた。5月7日金曜日の午前10時から、能力の登録を行うので保護者の方と一緒に市役所隣の退魔課の建物まできてほしい、ということが書いてあった。
金曜日……そういえば変則振り替え休日で学校は休みだけど平日だったっけ。部活は休まなくちゃいけないか。帝王になんて言えばいいんだろう。普通に言えばいいのか。ああ、面倒がまた増えてしまった。
密かに俺が苦悩していると、母さんに書類をよこすように言われる。言われたとおりに渡すと、母さんが小さく声を上げる。気になった俺が尋ねると、母さんはいかにも面倒くさそうににこう話した。
「金曜日、お友達とランチする予定なのに……」
……はいはい。そうでしたか。まともに相手にする気にもなれなかった俺は、母さんを無視してテレビに視線を移す。ランチが何だ、俺なんか帝王に話すんだぞ。テレビではゴールデンウィークの行楽地特集がやっていて、なんだかとてもむなしい気分になった。
行楽地の特集から高速道路の渋滞情報にニュースが移った。時計を見るとそろそろ部活へ向かったほうがよさそうな時間になっている。気が進まないけれど、いくしかないか。まあ、帝王は怖いけど、剣道をするのは楽しいしな。あ、その前に委員長にメールか。
「よし!」
委員長にボタン一つでメールを送信すると、一つ気合を入れる。勢いよく立ち上がって、勢いのままに部活へと向かったのであった。
「ありがとうございました!」
汗はだらだら、息も上がっているし、四肢は棒のようになっている。だけど、それを表に出しては一喝されてしまう。最後まで全力で。きびきびと挨拶をして、帝王が剣道場の外に出ると、剣道場は喧騒に包まれる。部員たちが更衣室に向かう中、俺一人だけ駆け足で剣道場の外に出た。
外に出ると、すぐに渡り廊下をゆっくり歩いていらっしゃる帝王が目に入った。帝王を目の前にして一気に緊張が高まって一瞬躊躇してしまう。だけど、このまま何も言わないわけにも行かないので、覚悟を決めて声をかけた。
「……っ。近藤先生!」
「……どうした」
さすが帝王である。とっつきやすいような笑顔を浮かべることは無く、ゆっくりとためると、威厳たっぷりに返してくる。できることなら、なんでもないです、と言って剣道場に引き返したい。でも、そんなことをしてはどうなるかは目に見えている。ええい、ままよと帝王に金曜日部活を休むことを告げようとした。
「あの金曜日」
「竹刀」
俺が話を始めると同時に、帝王は俺の話をさえぎって、俺が手に持ったままだった竹刀を指差す。まずい、まずいぞこれは。どうやら帝王は俺が竹刀を外に持ってきたことがお気に召さなかったようだ。
ぐるぐるぐるぐる。竹刀を剣道場に戻してくるべきか。だが、そうしてしまうと再び俺の話に耳を貸してもらえるのか。でも、このままここにいても怒られて話を聞いてもらえないに違いない。剣道場、竹刀、帝王。目線と身体の方向がぐるぐると変わる俺を見て、帝王は大きくため息を吐く。
それを見て身体の回転は止まる。そして俺の方針も決まった。帝王に竹刀を戻してくることを告げ、駆け足で剣道場へ戻ることにしよう。出来るだけ綺麗な気をつけの姿勢をつくり、帝王に話しかけようとしたところで、また彼にさえぎられる。
「……いい、話を続けろ」
「あ、はい!」
あれ、戻さなくてもいいのか? 困惑してしまうが、これはついているいるのかもしれない。気を取り直して、帝王に金曜日部活を休むこと、そしてその理由を告げたのであった。
「分かった」
「失礼します!」
帝王は俺の話を聞くと、特に感想を漏らすことも無くすぐに職員室に向かってしまう。自分で言うのも変だが、俺が〔力〕に目覚めたというのは結構なニュースだと思うのに。そこはさすが帝王、というべきなのかもしれない。深く礼をして帝王を見送った俺は、着替えるために剣道場の更衣室へと向かったのである。
「じゃ、お疲れ」
お疲れ〜というゆるい声の合唱を聞きながら剣道場を出る。いやあ、なかなかどうして部活は激しかった。いまさらながら疲労がたまってしまった身体を感じて、そう思う。これをやった後に勉強なんて考えられない。しかも、俺はクリスさんの選挙対策もやるんだよな。バックから携帯を取り出すと、自転車にまたがりながらメールを確認する。
「え〜と、1時に学校集合?」
委員長から届いていたメールにはそう書いてあった。個人的にはその文よりも、部活頑張ってねという一文が目をひいたわけだけど。ともかく、選挙対策は学校で行うようだ。 今は12時だから……ペースマートで昼飯買ってきて学校で食べるか。親にメールしておこう。簡単なメールを親に送ると、俺はペースマートに向けて自転車を向け始めたのであった。
スランプです。難産です。どうしたら面白くなるのでしょうか……